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友人が織田信長に転生したので負けじと転生し返したら俺も織田信長だった件

作者: てこ/ひかり

「ここは……?」


 目を覚ますと、俺は白い(もや)に包まれていた。

 さっきまで、確か退屈な授業を終え、下校していたはずだったのに……。

 辺りを見渡すと、まるで隕石でも衝突したみたいにひび割れた地面にうつ伏せになっていた。

「…………?」

 俺はよろよろと上半身を起こした。視界は五メートルどころか、一メートル先でさえ覚束ない程靄で真っ白だった。

 一体何が……?

 途方に暮れていると、時折、見えない景色の向こうから誰かの掛け声や叫び声が木霊して俺の耳に届いた。


「気がついたか」

「!」


 すると、突然地面にひれ伏す俺に、声をかける人物がいた。俺はぎょっとなって目を見開いた。いつの間に横に立っていたのだろう。全然気がつかなかった。俺は慌てて体を起こした。


「君は……明智委員ちょ……!?」


 その人物……甲冑を身に纏ったその少女は……同じクラスの学級委員長の、明智光代さんだった。いつもの見慣れた学校指定の制服姿、ではない。まるでコスプレ大会みたいに、あの真面目な委員長が何故か重々しい鎧や兜を身につけている。俺は両手を地面につけたまま、ぽかん……と口を半開きにした。


「明智委員長!? ど、どうしたんだよその格好……!?」

「明智……? フン、”現世”では、”俺”はそういう名前だったか」

「!?」


 いつも優しく、朗らかに挨拶をしてくれる委員長が、まるで男のような口調で俺に言い放った。

「今の俺は、織田信長だ」

「!?」


 俺は耳を疑った。決してギャグを言うタイプではない。キャラクターになりきって、友達とコスプレごっこでもしているのだろうか? 訳が分からず、俺はキョロキョロと辺りを見渡した。だが、白い靄のカーテンの向こう側では、ぼんやりとした影が蠢いているだけだった。


「驚くのも仕方あるまい。俺は”転生”したのさ」

「転生だって!?」

 やれやれ、とでも言いたげな顔を浮かべる委員長に、俺は大きな声を出した。

「そんなバカな……!?」

「そんなバカな、と言われても実際そうなんだから仕方あるまい」

「それにしては、見た目委員長のままだけど……!?」


 彼女の言っていることを上手く飲み込めないまま、俺は混乱する頭でまじまじと委員長を眺めた。仰々しい鎧を身につけてはいるが、顔や背丈は現実世界で会っていたクラスメイトそのまんまだ。黒髪は校則通りに綺麗に肩口で整えられ、トレードマークの淡いピンクの眼鏡もかけている。ハゲてないし、鼻も綺麗に整ってるし、楽市楽座とか言い出しそうな顔ではない。


「知らないのか? 今織田信長は、ものすごくバリエーションが豊富なんだぞ」

「織田信長の、バリエーション……!?」

「嗚呼。普通の織田信長はもちろん、ゲームキャラとして無双する織田信長、漫画・織田信長、ラスボス・織田信長、女子高生・織田信長だっている」

「な……!?」


 至極真面目な顔で委員長にそう言われ、俺は生唾を飲み込んだ。


「多すぎだろ……!? 織田信長ばっかりじゃねえか」

「仕方あるまい。かく言う俺もその一人だ。フム。さしずめ”明智・織田信長”と言ったところか」

「分かりにくいわ……。で、でもそれって漫画とかアニメとか、フィクションの中だけだろ?」


 俺は辺りを見渡した。もうそろそろ、クラスメイトが「ドッキリ大成功〜!」とか言って俺の前に現れやしないかと期待していた。委員長が、物分かりの悪い生徒をただすようにイライラと肩を揺すった。


「だから、お主は”そう言う世界”に転生して来たのだ」

「は!?」

「お主……いや、フフフ……」

「?」

 何がおかしいのか、委員長が口元に手をやり小さく笑った。その笑い方は、現実世界の時と一緒だと気がついた。


「名前を聞くだけ野暮か。お主も後一ヶ月も経てば、記憶を無くし織田信長になってしまう訳だからな」

「はあ!?」

 俺はあんぐりと口を開け、ようやく立ち上がった。俺は明智・織田信長委員長に詰め寄った。


「ど……どう言うことだよ!? 記憶って……!?」

「危ない!」


 すると、突然彼女が俺を突き飛ばした。

 その瞬間、俺の目の前をビュンッ! っと高速で何かが横切って行く。

「!?」

「伏せろ!」


 委員長は突き飛ばした俺に覆いかぶさるようにジャンプして来て、起き上がろうとした俺の顔をバスケのダンクシュートよろしく地面に叩きつけた。


「グア……!!」

「敵襲だ!」

「て、敵……!?」

「フム。この世界には織田しかいないから、”織田襲”かもしれん」

「!?」


 委員長が俺の胸に顔を埋めながら叫んだ。それを内心嬉がる暇もなく、俺は、彼女の小さな指の隙間から見える、空中を飛び交う”何か”に目を奪われた。

「!」

 次の瞬間、横たわっていた俺の耳のすぐ横に”それ”は飛んで来て、土埃を撒き散らしながら地面を深く抉って突き刺さった。

 ”それ”は、矢だった。

 本物の、矢。錆びた鉄色に光る尖った先端は、当たったら痛いどころじゃ済まされない、本物の殺傷力を持った武器。俺は飛んで来た弓矢から目が離せなかった。心臓の鼓動が一段、いや二段跳ね上がるのを感じた。口の中に舞い上がった土を飲み込んでしまい、俺は思いっきり噎せた。

「見つけたぞォ!!」

「!?」


 すると、白い靄の向こうから影がぬっと現れ、下衆た笑い声を上げながら、またしても甲冑を着込んだ人物が現れた。


「き、君は……山田君!?」


 やって来たのは、これまたクラスメイトで生物委員長の山田君だった。山田君とは同じ昆虫クラブの友達で、良く放課後虫取り網を担ぎ、どっちが多く、そして早くカブトムシやクワガタを捕れるか競争していた仲だった。部員達からは、山田君は敬意を評して”最速の男”と呼ばれていた。


 そんな山田君が、今や虫アミの代わりに刀を両手に構え、鎧に身を包み大きな弓を担いでいる。俺はパクパクと口を動かした。なんだよ、山田君もコスプレ趣味があったのかよ。水くさいじゃねえか。だったら、言ってくれればよかったのに……。


「ここにいたのか、織田ァ!」

 山田君が委員長を睨んで吠えた。

「フン。お主も織田だろうが」

先ほどから俺と重なり合っていた委員長が、颯爽と立ち上がり負けじと言い返した。それから腰にぶら下げていた刀を抜き……。


「ええええ!? ちょ、ちょっと……!?」


 空気を切り裂く激しい音を立て、俺が見つめる前で、二人は刀を交え始めた。


「お、オイ!? 本気かよ……!?」

 目の前で幕を開けた殺陣に呆気に取られ、俺はオロオロと弱々しい声をあげた。馴染みのない、刃物と刃物がぶつかり合う鈍い音が二、三度俺の耳に響く。俺は思わずぎゅっと目を瞑った。明智委員長と山田君は、やがて刀同士を交差させギリギリと互いの身を近づけて睨み合った。


 これじゃ、本物の殺し合いだ。


 恐る恐る目を開け、俺は息を飲み込んで二人を見守った。

「本気!? 本気じゃない織田信長が何処にいる!?」

「そうとも! 戦国の世を勝ち抜いてこそ、本物の織田信長よ!!」


 山田君の咆哮に、明智委員長も応えるようにその細い腕で刀ごと相手を押し込みながら叫んだ。一体どこにそんな力を隠し持っていたのだろうか。白い歯を剥き出しにして食いしばり、鬼の形相で相手を睨みつけるその姿は、まるでいつもの学校での姿とは違っていた。

「フンッ……!」

 山田君も負けじと、持ち前の腕力で明智委員長を押し返した。どちらかと言うと、体格的に山田君の方が有利だ。同じ織田信長に転生していても、体格は現世のままなのだ。

「あ……あぶな……ッ!?」

 やがて力負けした明智委員長が地面にひれ伏した。

「く……!」

「覚悟……ッ!!」

 山田君が、勝ち誇ったように刀を天に振りかざし、ニヤリと唇を釣り上げた。その目は……本気だった。本気で、クラスメイトを仕留めようとしている。俺の背中にゾッと冷たいものが走った。

「オイ!?」

 考えている余裕はなかった。

 咄嗟に地面に刺さった矢を引っ掴んだ俺は、そのまま二人の間に飛び込むようにタックルした。

「ぐああああ!?」

 俺の突き出した矢の先は、運よく甲冑の間をすり抜け、山田君の膝に突き刺さった。

「ぐああああああ……!?」

「……!?」

 山田君はそのまま、後ろによろめき、白い靄の向こうに消えて行った。

「はぁ……はぁ……」

 俺はその場にガックリと膝をついた。寒くもないのに、ブルブルと両手が震えだした。覗き込んだ俺の手のひらには……赤黒い鮮血の跡が見えた。冷や汗が止まらない。同級生の悲痛な表情と叫び声が、目と耳にこびりついて離れなかった。俺は……俺はたった今、同級生を刺した……?


「おい」

「!」


 すると、俺の首元に何やら冷たく重い感触が走った。

 いつの間にか背中に立っていた委員長が、俺の首に刀を当てた。俺は息を飲んだ。


「…………!」

「俺は……いや、俺達は……」


 俺は固まったまま、動けなかった。委員長もまた、息切れしたように荒い呼吸をしていた。刃の切っ先は、まだ俺の頚動脈に当てがわれたままだった。


「故意か不本意か、ここに集められた、俺達転生・織田信長は……皆本気で戦ってる」

「…………」

「地位や名誉のため……莫大な富のため……自分の力を証明するため……皆人それぞれだ……」

「…………」

「ここに転生した際、俺達は現世の記憶を奪われ戦うことを強いられた。だけど皆、真剣だろうが巫山戯ていようが、本気で戦ってることには変わらん。ここは”織田信長だけの世界”。強い者が織田信長だ。戦いに情けなど要らぬ……ッ!」

「…………ッ!」


 首に当てられた刀に力がこもるのが伝わってきた。俺はゴクリと唾を飲み込んだ。


「俺も彼奴も、お互い決闘で死ぬのは覚悟の上だ! それを貴様……ッ!」

「そんな覚悟いるもんか!」


 俺は刃も気にせず振り返った。俺が動くと思っていなかったのか、委員長がピクリと眉を動かし少し後ずさった。恐らく刃が皮膚を裂いたのだろう、首の周りがチリチリと痛んだ。


「同級生と殺し合う覚悟なんて、いるわけないだろ! 少なくとも俺にはないよそんなもん!!」

「……この織田世界では、要る」

 委員長の目は、どこまでも冷たかった。俺は、自分の顔が奇妙に歪んで行くのが自分でも分かった。

「……委員長、思い出してくれ。君は虫も殺せなかったじゃないか……」

「フン。そんな現世のことは覚えてない」

「俺がプレゼントしたカブトムシやクワガタやダイオウグソクムシを、あんなに可愛い可愛いって……」

「……覚えてない」

「山田君とも、一緒に虫取り行っただろ? なのになんで……」

「……覚えてない」

「なんで……」

「…………」

「…………」


 気がつくと、俺は目に涙を浮かべていた。


 一体どうして……。

 大体転生したら、可愛い奥さんとかもらって、チート無双とか、弱くて勝てる相手とだけ戦って、畑とか耕してのんびりスローライフできるんじゃなかったのか……。

 なのになんで、俺だけこんな”登場人物全員織田信長”みたいな修羅の世界に……。

 皆こんな殺伐とした奴じゃなかったはずなのに……。


 ひび割れた地面に、俺の汗と涙がボトボトと溢れ土を湿らせた。

 しばらくすると、明智委員長が呆れたようにゆっくりと刀を鞘に収め、くるりと踵を返した。俺は涙と涎を拭き、慌てて顔をあげた。


「委員長! どこに……!?」

「”北”に行く」


 やがて話しているうちにだんだんと、白い靄が晴れてきた。俺はどうやら、小高い丘の上にいたようだった。周りは崖に囲まれていて、下を覗くと、転がり落ちた山田君が気絶しているのが見えた。俺は首をさすった。

「!」

 そして、ようやく晴れ渡った景色には、緑豊かな草原と……たくさんの甲冑を着込んだ兵達が、そこら中で揉み合っている姿が写っていた。青い空を何本もの矢がアーチを掛け合い、刀を持ったたくさんの織田信長達が小競り合っている。俺は息を飲み込んだ。


「これは……!?」

「合戦だよ。皆、我こそは本物の織田信長だと証明するために、日々戦っているんだ」

「待ってくれよ! ”北”って……!?」

 俺は委員長を振り返った。委員長は振り返らずに、歩き出しながら答えた。

「北には、安土城がある。皆、そこを目指しているのさ。この戦国の世を統一した者が……真の織田信長として……」

「……?」

 委員長が言葉を詰まらせ立ち止まった。

「噂では……現世の記憶を取り戻せるらしい」

「!」

 

 ふと、俺は委員長の背中が小刻みに震えているのに気がついた。もしかして……委員長は覚えてないことはあっても、忘れてないこともあるのかもしれない。再び歩き出そうとする委員長に、俺は立ち上がって叫んだ。


「待ってくれ! 俺も連れて行ってくれ!」

「なんだと?」 

 委員長が訝しげな顔で振り返った。俺は彼女の元へと駆け寄った。

「俺も行く。このまま訳も分からず、自分の記憶を奪われてたまるか」

「……フン。無駄な足掻きよ。お主もいずれ、一月も経てばその顔は修羅に染まる……」

「だったらその前に……」

 俺は委員長に顔を近づけて、思いっきり息を吸い込んだ。

「俺が織田信長になって、天下を統一する!」

「!」


 委員長が驚いたように目を丸くした。俺は本気だった。戦いたくはないが、このまま黙って織田信長になんてなりたくない。罪もないホトトギスを、鳴かないからって殺すような大人にはなりたくない。俺の目をじっと見つめていた委員長は、やがてフンと鼻を鳴らして低く嗤った。


「……冥土の土産に聞いておこうか。お主、現世の真名は……?」

「……豊臣。豊臣秀吉男」

「豊臣か……豊臣・織田信長か。分かりにくいな……」

「お互い様だろ……明智委員長」

 俺は目を逸らさないように委員長をしっかりと見つめ、手を差し出しながら笑い返した。

「……仕方あるまい。着いてこい。お主なら、弾除けくらいにはなるかもしれん……」

「え? 戦国時代って、鉄砲あるの?」

「……お主、現世では学生じゃなかったのか? 何を学んでおったのだ?……」

「…………」

「…………」


 こうして俺達の……いや織田信長達の……記憶を巡る旅は始まった。これからどんな敵が待ち構えているのだろうか。どんな人と出会い、どんな人と別れ、そして戦うのだろう。それはまだ分か……分からない。織田達の旅はまだ、始まったばかりなのだから……。


《続く》

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