七話 フィールドボスは亜種モンスターでした。
どうもアリスです。
この世界に来てまだ数時間しか経っていませんが、とても人恋しい思いをしています。
さて、お風呂から上がった俺は、とりあえず召喚魔法で呼び出した下僕――もといリビング・メイルに家を作らせてみました。
湯冷めするのは嫌なので、現在は《炎熱操作》で体周を熱で温めながら作業しています。
そうそう、《炎熱操作》をずっと使ってたときにわかったことですが、あまり魔力を使いすぎると頭がフラフラしてくるみたいです。
さっきステータス画面開いてみたら、二十万あった魔力の四分の一が減ってました。
……四分の一でフラフラし始めるんだったら、一体半分を切ったらどうなるんでしょうね……?
というわけで、リビング・メイルに働かせている間に、MP回復ポーションを作っていきたいと思います。
「しまった……。
材料がない……」
俺は薬品作成スキル用の窓を操作しながら、ポツリと呟いた。
心なしか、リビング・メイルの動きも一瞬止まったような気がする。
「……しかたない、採りに行くか」
俺は《クラフト》で作られた椅子の残骸を蹴り飛ばすと、切り株から腰を上げた。
……え?
その椅子の残骸は何かって?
いやぁ、まぁね。
座るところないから、《クラフト》で椅子作ってそこに座りながら《炎熱操作》で体温めてたんだけどさ。
段々椅子が熱持っちゃって、熱くて座れなくなったんだよね……。
《クラフト》で作れるアイテムは全部鉄製だからな。
こういうところが、この魔法は不便だ。
とりあえず邪魔なので、素材変換スキルで鋼材に変えておいた。
閑話休題。
それじゃあ早速、MP回復ポーションの材料を探しに行こう。
MP回復ポーションに必要なのは、薬品10ポイント(説明していなかったが、素材である鋼材とか薬品などはポイント制なのだ)と、紅玉草という消費アイテムが3つ。
紅玉草は赤いユリみたいな植物系のアイテムで、そのまま使用してもMPは回復するが、ポーションにすると回復できる量が段違いに増えるのだ。
「お、紅玉草発見!」
探し始めて数分後。
紅玉草の群生地を発見した。
「いやぁ、すごいね。
一面が真っ赤だわ」
俺は森を抜けたところから見える真っ赤な海に、ほぅと感嘆の息を漏らした。
その情景は、まるで真っ赤な海だった。
ゲーム時代だと、こういう群生地には大概フィールドボスが設定されていた。
「……ていうことは、多分ここにもいるんだろうな……」
ここのエリアには、ウルボア――イノシシの魔物がよく出現した。
終末世界オンラインに似せて作られたこの世界なら、多分ここに出るだろうフィールドボスは、でかくて赤いイノシシだな。
あのゲームには、フィールドボスの形状は、そのマップによく出没する魔物と同系統のフォルムをしている傾向にあるのだ。
俺は用心のため、ストレージから水を取り出してぐいっと呷った。
戦闘中に喉が渇いて魔法が発動できませんなんて、シャレにならないからな。
(MPは……どうするかな)
四分の一減っただけで、頭がフラフラするのだ。
これ以上減るのは好ましくない。
かと言って、物理攻撃系のスキルは持ち合わせていない。
強いて言えば豪腕くらいか。
(でもあれレベル2だしな……)
俺はう〜んと眉値を寄せて唸ると、そういえばあれがあったことを思い出した。
「――よし、準備完了!
いざ、参る!」
数分の準備を終えた俺は、気合を入れるようにそう告げると、赤い海へとその足を踏み出すのだった。
⚪⚫○●⚪⚫○●
紅玉草を摘みながら歩くこと数歩。
どこからかグルルルルル……という唸り声が響いてきた。
(ほらやっぱり)
俺は手に持った紅玉草をストレージに収納すると、《アンスール・ロッド》を構えて、油断なく周りを見回した。
この世界は現実だ。
だから、死ねばどうなるかわからない。
この世界は変なところがゲームのままで、変なところが現実的だからな……。
俺はゴクリと生唾を飲み込むと、まだかまだかとそのボスの姿を探す。
索敵スキルによれば、もうあと20メートルほどの距離か。
どんどん足音が大きくなり、近づいてくる。
そして、しばらくの後。
目の前の茂みの奥に、巨大な真っ白な毛が見えた。
(あ、これ亜種っていうパターンだわ……)
亜種――。
終末世界オンラインには、フィールドボスがかなりの低確率で“亜種”と呼ばれる個体としてポップする場合がある。
そして亜種は大概の場合、普通のフィールドボスより強く設定されているのだ。
「グルラァァァ!!」
「うわっ!?」
一際草むらが大きく揺れたあと。
高速の白い塊が、俺めがけて突進してきた。
――ガツン!
「くっ……!?」
(重……っ!?)
イノシシの牙が、《アンスール・ロッド》にぶつかって、空洞を響かせるような甲高い金属音をあげる。
「《ピアシングランス》……っ!」
俺は歯を食いしばると、ゼロ距離からの魔法を放つ!
《ピアシングランス》は、マジシャンレベル82で取得する上位火魔法だ。
速度、威力共に申し分ない魔法で、ゼロ距離から放てば、どんなにAGIが高かろうがまず外すことはない。
――のだが。
「グルルッ!」
白いイノシシは、俺が魔法名を唱え始めた段階で回避行動を始め、結果俺の魔法は遠く彼方まで吹き飛んでゆき、数十メートル先で巨大な爆発を起こした。
「な……っ!?」
さすが新マップの亜種。
仕様が鬼畜になってる。
ゲーム時代だとゼロ距離でこの魔法を躱すモンスターは居なかったが、リアルになって仕様が変更されたのだろう。
俺は気を取り直すと、もう一度杖を巨大な白イノシシに向けた。
(火魔法はやめておこう。
山火事になったら、俺の逃げる場所がなくなる!)
俺はそう考えると、即座に別の魔法を発動した。
「《イサ・ハガル》!」
「グルルッ!」
魔法名を唱えた瞬間、俺の持つ長杖の先に少し大きめの魔法陣のエフェクトが出現し、そこから大量の白い雹の弾丸が無数に白イノシシを襲った!
しかしイノシシは、一鳴きするなり、猪突猛進に駆け抜けながら雹の雨を柳に風とこちらへ接近する。
「うっそぉ!?」
まるでマシンガンのように雹の弾丸を連射しながら、白イノシシに照準を向ける。
ヤツは体に何度雹礫を受けようが怯みもせず、文字通り猪突猛進する。
これじゃ埒が明かない。
いくら魔法を撃とうがMPの無駄だ!
そう判断した俺は、イノシシの突進から逃げるように横へと飛んだ。
同時に《風圧操作》で飛距離を伸ばす。
「グルオォォ!」
間一髪白イノシシの突進を避けきった俺は、それが木にぶつかって暫く動きを止めている間にもう一度、今度は違う魔法を放つ。
「《ピアシングジャベリン》!」
マジシャンレベル50で習得できる上位光魔法《ピアシングジャベリン》。
威力は、直撃後爆発を起こす《ピアシングランス》に比べて低いが、速度とコストはこちらの方が良い。
俺が魔法名を唱えると、空中に光り輝く巨大な槍が出現し、甲高い音を立てて白イノシシへと落下した。
大気を斬り裂いて、天空から垂直に突貫した光の槍が白イノシシの背中を貫き、赤い花畑をさらに赤く彩る。
「ブギヒャァァァッ!?」
白イノシシの断末魔の叫びが、森獣に響き渡る。
拙い足運びで、ヨタヨタとこちらを振り向きながら、忌々しげにこちらを睨む白イノシシ。
息をするたびに口から血の塊が吹き出し、穴の空いた腹からはぼたぼたと血液が流れ落ちる。
火で焼かれなかったからか、傷口は焼いて塞がってはくれないようだ。
「うっわ、ちょっとグロいな……これ……」
思わず自分のした事に忌避感を覚えるアリス。
ゲームの頃はこんなにダメージ描写はリアルじゃなかったんだけどな……。
(イノシシ捌いた時のグロさとはまた別のグロさがあるな……)
思わず吐き気を催すが、今は戦闘中。
吐くのは安全が確保されてからだと自制する。
「グルルルルル……」
白イノシシは鋭い眼光で睨みつけると、まだ闘志は消えていないのか。
ガツ、ガツと蹄で地面を蹴って、突進の準備をしていた。
「……悪くないな」
最後の足掻き。
この一撃が外れれば確実に死ぬと、この白イノシシは理解しているのだろう。
ならその一撃、真っ向から受け止めてやるのもやぶさかではないかもしれない。
「……来いよ」
俺は不敵な笑みを浮かべ、口元をニッと釣り上げると、両手に構えた《アンスール・ロッド》を白イノシシに向けた。
少女とイノシシの間に、沈黙が生まれる。
その沈黙は、いわばある種の友情、もしくは絆とも言える何か。
一瞬で散って、一瞬で消える。
それが今、ここにある……!
白イノシシはブルルッと武者震いを一つすると、意を決してこちらへと突進を開始した!
「グルアァァァァァァ‼‼」
咆哮一閃、白イノシシは猪突猛進にこちらへと突っ込んできた。
到達まで残り3秒の距離。
俺は彼の全力に、自身の全力を持って答えることにした。
「《ルーク・オブ・ソリサズ》!」
次の瞬間、俺とイノシシの間に巨大な、そして強固な白亜の城壁が出現した。
終末世界オンラインの魔法ツクールで作成した、俺のオリジナル究極魔法、結界術。その中でも物理防御において右に出るものはいない性能を誇る防御魔法だ。
Wi-Fiでトーナメント戦をした時、この結界術を破られたことは無かったし、ネットでも攻略法が何人ものプレイヤーによって模索され続けたほどのチートスキルなのだ。
これが全力と言わずして何になるか!
軈て、その城壁に白イノシシがぶつかった音が耳に響いた。
それは、形容するならばグシャっという、何かが潰れる音だった。
「……」
俺は、深呼吸をしてから《ルーク・オブ・ソリサズ》を解除すると、先程まで壁があったところで朽ちている、白い塊に視線を向けた。
「……お疲れ、白イノシシ。
よく頑張ったな」
俺はそう言うと、その白イノシシに鑑定スキルを行使した。
⚪⚫○●⚪⚫○●
ハガルボア・ロード(亜種)の死骸
⚪⚫○●⚪⚫○●
「ハガルボア・ロード……か」
そういえばいつか、終末世界オンラインの資料集で見たことがあったな……。
えーっと……何だっけ?
かなり前だから覚えてないな……。
「……ま、そんなことはどうでもいいか」
とにかく、俺はこいつと戦ったことを忘れないように覚えておけば、それだけでいいんだ。
何となくそんな事を思った俺は、その白い体毛に手を触れて、素材変換スキルを使うのだった。