六話 お風呂を作りました。
深い深い森の中。
柔らかい日光に浴びせられた池の畔に、銀色の髪を垂らした美少女の姿があった。
言わずもがな、それは俺だ。
どうもアリスです。
オンラインって銘打ってるくせに一人用ゲームという詐欺タイトルをプレイしていたら寝落ちして異世界に飛ばされました。
そして丁寧に性別まで変えられてました。
まあ、俺は別に構わないけどね。
むしろラッキーというか。
あ、別にオカマになりたいって言ってるわけじゃなくてな。
TSモノのラノベとか漫画は結構好きなんです。
……はい。
あの、そこのお嬢さん。冷たい目で見ないでください。
背筋がなんかゾクッとして――いや別にマゾってわけじゃないですよ!?
誤解しないでくださいね!?
「……って、俺は誰に弁解を求めてるんだか」
とうとう俺の頭も末期を迎えてきたか。
森の魔力、恐るべしだな、ほんと。
はい。
てなわけで、無事ウルボアの解体が終わったので、ちょっと水浴びをしたいと思います。
なんか、あのイノシシの内蔵。
あの六本足のキモいやつね。
アレの内蔵を傷つけないように、慎重にナイフで腹を割いていたわけなんですが。
ちょいとミスりまして、大腸と膀胱が破れましてですね。
手がなんか凄く臭くなっちゃいまして。
急いで《ウォーターボール》で洗い流したけど、まだなんか手とか生臭いんだよねぇ……。
そういうわけで、俺はこれから服を脱いで水浴びをしたいと思います!
どうせなんで、そこのきれいな池でゆっくりと水に浸かっていたいな……とか考えてます。
「……ほんと、誰か人いないかな……」
あまりにも人と接触しないから、なんか気が狂ってきそうなんだ、うん。
これはきっと、何かの状態異常に違いない。
だがそんなのは後回しだ。
まずはこの臭いを洗い流したい。
俺は装備欄を開くと、全装備解除のボタンをタップした。
僅かな燐光を放ち、すべての装備がアイテムストレージへと移動する。
そして、その淡い光が収まった頃には、そこには一糸纏わぬ美少女の姿があった。
「……なんかほんと、変なところリアルだよな……この世界は」
ゲームの頃は、何とかって法律のせいで鼠径部のグラフィックはデザインされていなかったのだが、リアルになった今では、ちゃんとそこまでグラフィックが用意されていた。
「毛、まだ生えてなかったんだ……」
自分の体のはずなのに、見ていてなんだか申し訳ない気持ちになってくる。
昔はよくこのアバターで処理してたのにな……。
俺は頭を振ってそんな感慨にも似た変な気持ちを振り払うと、早速池の水に足を踏み入れた。
「冷たっ!?」
が、どうやらそこに浸かるには些か冷たすぎた。
「《炎熱操作》でお湯にするか?
いや、でもMPもったいないしな……」
俺は全裸で淵にしゃがみこんで、どうするか悩む。
「うーん……。
あ、そうだ!《クラフト》で池を区切ればいいんだ!」
そうだよ。
《クラフト》があるじゃないか!
《クラフト》はメイジレベル25で習得できる土魔法だ。
簡単な武器や道具を作成できるが、慣れてくれば複雑な物体も作ることができる。
ただし、材質はすべて鉄に固定されるので、使いどころは限られる。
俺は早速《クラフト》を使って、池を区切ることにした。
⚪⚫○●⚪⚫○●
「あ〜、極楽極楽〜♪」
そういえばお風呂で極楽なんて口ずさむなんて初めてだな。
「それにしても、すごい開放感だわ〜。
今だけは周辺に人がいなくて感謝かな……」
もしここに人が通りかかりでもしたら、何て言えばいいのかわからない。
「……あ、人で思い出した」
そういえば俺、何か呪いっぽい状態異常かかってそうだったんだよな……。
俺はステータスを開くと、状態異常や他に変化がないかどうか確認する。
しかしそこには、別に特筆するようなことはない。
ちょっとMPが減ってるくらいだ。
……そういえばさっき、召喚魔法使った時に凄い魔力消費したよな……。
そんでそれとほぼ同時にあのズルっていう感覚がした。
つまりあの何かが抜けた感じは、多分MPの多量使用によるものだと思う。
今まで何も感じなかったのは、おそらく消費量がかなり小さかったからだろう。
「……もしかして、ラノベみたいに『俺の中に魔力を感じる……!』みたいなことできたりして」
ま、この検証も後回しかな。
と、そんなことをしていると、気を切り倒していない方の森の中から、何かが動く気配がした。
「もしかして人か!?」
俺は勢いよくその場から立ち上がると、索敵スキルと鑑定スキルを行使して、気配の招待を探った。
目の前にホロウィンドウが展開する。
⚪⚫○●⚪⚫○●
ウルボア ×1
⚪⚫○●⚪⚫○●
……どうやら魔物だったようだ。
「ちっ」
俺は舌打ちをすると、ストレージから《アンスール・ロッド》を引き抜いて《ロック・バレット》で乱れ打ちにした。
「俺の期待を返しやがれ!」
まったく。
本当に人類滅んだんじゃないだろうな……?
俺はため息をつくと、ストレージに《アンスール・ロッド》を放り込んだ。
「……寒っ」
(湯冷めには気をつけないとな……)
池の水に冷やされた風が、俺の体を撫ぜていった。