25 勝利、そして
岩でできたであろうそれは、何かを叫んだり、異様な音を放ったりはせず、ただ静かに腕のようなものを私達めがけて振り下ろした。
避ける、なんてコマンドがあれば、きっと避けられただろう。
足がすくんで、その場から動けない。
何かを考える余裕も無く、目の前から降りかかって来るそれから目を逸らそうとした。無理、だ。こんなの、倒せる訳ない。
その瞬間、武器を構えた折木君の目の前に馬のようなものが現れた。
振り下ろされる岩をめがけて、頭でぶつかっていく。
よく見れば、水で出来ているような、そんな生き物だった。
「水之江、そのままガードして。攻撃はこっちでする」
後ろから緋色君の声がした。
召喚獣。そんな言葉が頭をよぎる。
「一旦下がりなさい」
セカイが私の腕を引っ張る。磁石で地面にくっついていたみたいな足はいとも容易く動かされた。
「大丈夫……?」
緋色君が心配そうに私の顔を覗きこむ。きっと酷い顔をしてるはず。
現実味が全くなかった。危険なんて言ってても、そんなの在り得ないって、調子に乗ってた。
一歩間違えれば……。手の震えが止まらない。興味本位で首を突っ込んで、そのまま死んでしまう。
そんな人間になってしまうところだった。
「君なら出来るよ。鶴木さん。自分を信じて。僕達がサポートするから」
緋色君は私の手を握ってそう言ってくれた。
震えは次第に引いていく。
よくわからない勇気が湧いてくる。
「ありがとう、緋色君」
魔武具を武器に変えて、前を向く。
よく見れば、セカイも折木君も戦っている。
きっと、私がここで立ち止まってても、皆責めたりしない。むしろ大丈夫かと心配してくれるだろう。
でも、そんなのって格好悪い。
そんなの、私のなりたい私じゃない。
「いっくよー!!!」
岩の魔骸の前に行き、剣を振り下ろす。
体が大きい分、動きは遅い。
それに、皆がサポートしてくれている。
私に攻撃は当たらない!多分!!
私の剣は岩の魔骸を正面から真っ二つに切った。
そんなに軽く切れるものかと思ったけど、切れていた。
地面と剣の間には歪な形の青い石が挟まっている。
きっと、これが魔石。
私はそれを手に取って見つめる。みんなの方を振り返る。
「やったよセカイ!!見てみて、これ!」
「あーあー、そんな大声出さなくてもわかるわよ、あんたにしては良くやったんじゃないの?」
「ふっふーん、もっと褒めてもいいんだよ?」
「調子に乗るんじゃないわよ」
キルファさんが筒状の物を持って、こちらに来る。
「おめでとうございます。さぁ、それをここに入れてください」
「それは?」
「これは魔石を魔力に変換するタンクです、百聞は一見に如かず。お試しください」
私は恐る恐る、魔石を筒に入れる。カラン、と音を立てて魔石は落ちて行った。すると、その装置に付いているゲージが5mm程上に上がった。
「こうして、この装置一杯に魔力がたまると、ゲージが上がりきるわけです」
「今のでこれくらいだから、満杯になるまでには……」
「30個くらいかしらね」
「えぇ、大体そのくらいでしょうね」
「で、私達が帰るために必要な魔力は……」
「1人通るのに大体これが4本くらい必要になります」
「ってことは……」
「さぁ、頑張りましょうね」
キルファさんが笑顔で答える。思ってたよりも大変かもしれない。もっとすぐ終わるものだと思ってたのに。でも、挫けてはいけない。頑張らないと。
結局その日は、10体程の魔骸を倒して終わった。魔骸によって、魔石の種類は変わってくるらしい。狂暴化してる魔骸ほど多くの魔力を取り込んでるから、魔石が大きくなる。何だか本当にゲームの世界みたいだ。
それから私達は毎日洞窟へ足を運んだ。思うように成果が出ないときもあったし、沢山の魔石を集められる日もあった。そうして、5日くらい経った頃。ようやく、3本目のタンクが一杯になって、4本目のタンクに魔石を入れ始めていた。なぜか、その日だけ緋色君と折木君が別行動になって、私とセカイとキルファさんの3人でいつもの洞窟へ向かった。2人がいないことを心配してたけど、意外と何とかなっている。
「ふぁあー、お腹すいたー」
「もうそろそろお昼だものね」
そんなことを話していると、突然地鳴りのような音が響いた。軽く地面が揺れる。
「地震?」
「この世界にもそういう現象があるのね」
「……これは」
突然キルファさんは私達の腕を掴んで走り出した。
「ちょっ、キルファさん!?」
「急いでください!説明は後でします!」
そうして洞窟の外に出た私達の目の前に飛び込んできたのは、空に浮かんでる島。その島を光の輪が覆っている。
「やっぱり……予定より早いじゃないか」
キルファさんは独り言のように呟いた。何が起こっているかはわからないが、何だかただならない、大変なことになっている。そんな空気を感じた。
「行きます、着いてきてください」
真剣な顔をしているので、こちらからは何も言えない。私達は黙って着いて行く。
私達は街に着いた。ギルドへ向かうと、受付のお姉さんに通される。関係者しか通れない場所のようだ。部屋の一室で、キルファさんは杖を扉にかざした。すると、扉は自然に開き、中には球体の装置。魔力を溜めるタンクにどこか似ている。私達が部屋に入ると、扉は閉じた。キルファさんが球体を操作する。タッチパネルのように何かを入力している。入力し終わったのか、今度はその球体に杖をかざした。すると、球体から放たれた光が部屋を包み込んだ。光が消えると、キルファさんは扉を開いた。先程居たギルドの廊下ではなく、別の廊下。でも、見覚えがある。
「ここは、私の研究所です。私の研究所からなら、すぐに行けるので」
「行けるって、どこにですか?」
「あなた達の世界です」
キルファさんは早口で話す。タンクはまだ全部が揃っている訳じゃない。なのに、キルファさんは私達を帰そうとしている。初めて来た道を通って、転移ゲートのある場所まで行く。ゲートの扉の前で、立ち止まった。
「もうすぐ2人が来ます。それまで待機していてください」
「じゃあ、それまで説明してもらおうかしら。一体どうなってるのか」
セカイが腕を組みながら、睨むようにキルファさんを見つめる。確かに、何もわからずに連れてこられたから、少しくらいの説明はほしい。
「すみません、何の説明もせずに。実はもうすぐ隣の国との戦争が起こるんです」
「戦争!?」
「えぇ。こちらでは魔戦と呼ばれています。そして、魔戦にはルールがあるんです。民間人を殺してはいけない、戦争に参加する人間は中立機関が関係値により選ぶ。選ばれた人間はそれを拒否してはならない。そんなルールが」
「なるほどね……。でも、それならボク達が急いで戻らなきゃいけない理由はないじゃない?その魔戦とやらに、一番関係ないでしょ」
「それが、この魔戦に至ってはそうではありません。魔戦というのは元来、一つの問題を二国間で話し合い、解決できないものを決めるためのものです。」
「その問題ってのが、ボク達に関係あるってわけ?」
「ええ。今回の問題は、あなた達の住む世界を消滅させるかどうか」
キルファさんの言葉に耳を疑う。セカイも驚いているのか、眉をひそめている。
「この世界は魔力によって支えられています。我々が使う魔道具も、魔族の生命力も、全て魔力から成っているものです。しかし、その魔力は年々、この世界から消えていることがわかりました。研究の結果、消失しているのではなく、どこかへ流れ込んでいることが判明しました」
「……まさか」
「……この世界の魔力は、あなた達の世界へと流れ込んでいます。少しずつ、しかし確実に。このままではそう遠くない未来、この世界は魔力の満ちぬ荒廃した世界になるでしょう」
「なんとか、なんとかならないんですか!?」
「魔力の流出を止めることはできません」
「それじゃあ……」
「それじゃあ、向こうの世界と大々的に交流しよう。どちらの世界でも生きていけるように共存していこう。それがキュエリス王国の意見」
「そして、元々はこちら世界の魔力なのだから、向こうの世界をこちらの世界と全く同じように作り変えてしまおう。あちらの世界にあったものは捨ててしまって。それが隣国アルギュートの意見」
「緋色くん、折木くん……」
キルファさんの後ろには、タンクを6本持った二人が立っていた。
「間に合いましたか」
「ギリギリですけどね」
二人はたった1日で6本分のタンクを満杯にしてきた。
「すごい、こんなに……」
「ありがとうございます、お二人とも。無茶をさせてしまい、すいません」
「いえ、二人の為ですから」
緋色君が手慣れた手つきでタンクをゲートに設置していく。
「準備できました。いつでも起動できます」
「それでは、お二人ともこの数日間は色々巻き込んでしまってすみませんでした」
「え、え、ちょっと待って、緋色君と折木君は?」
「僕達はここに残るよ。元々、その為にここに来たんだ」
「それって……」
「……魔戦でアルギュートと戦う。僕等の世界を、僕等の手で守るために」
「そんな、だって……二人が残るなんて……」
「行くわよ」
「ちょっ、セカイ!」
「ボク達が残っても足手まといになるだけ。たかだか何日間か教わっただけのボク達に何ができるっていうの?」
「でも!」
「あんた、さっきの魔戦の話聞いてた?”民間人を殺してはいけない”って裏を返せば関係者は殺してもいいってことよ?あんた殺されるかもしれないのよ?その覚悟があるの?」
「それは……」
「ボク達は、こっちにいる人達の負担にならないように、向こうで待ってればいいの」
「……」
「私の言いたいことは、全て言ってくれました。お二人が無事でいてくれると、我々も安心します」
「キルファさん……」
「さぁ、ゲートに入って。今日までのことは長い夢だと思って、普通の暮らしに戻ってください」
「キルファさん、お世話になりました。二人も、気を付けてね」
3人は笑顔で私達に手を振った。私とセカイはゲートに入って、元の世界へと帰る。二人を置いて行ってしまうのは、心苦しいけれど、仕方がないことなんだと言い聞かせる。みんな、無事でいてくれますように。