3.加速していく七不思議
<前回のあらすじを30文字以内で説明せよ>
美織「マジでケツバットしやがったあのゴリラ」
綺都「そんなゴリラに丸腰で立ち向かう女はそうそういない」
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教室に帰ると背の高い男子生徒が笑いながら綺都の方に近寄ってきた。
「よっ、アヤト。神崎とサボったらしいな!」
「サボったというか、屋上にいたら神崎さんが来て強制連行されたみたいな……」
「結局サボりじゃねえかよ!!」
わははと笑いながら頭をバンバン叩くこの背の高い少年、入江雄市は綺都と幼なじみで、保育園の頃からの腐れ縁だ。
強いて言えば彼が一番頼りにできる存在だと思っている。
昔からずっと一緒に登校したりしていたが中学に入ってからは雄市は野球部に入り朝練などのため、一緒にいることは前よりは減ってしまった。
全力で打ち込める何かがあるということは、良いことだと思う。
自分も何か始めようかなぁ……。
自身のか細い筋肉を見てため息をつく。
「そーいや、なにそのプリント?」
「あっ」
神崎さんの所に持っていくのをすっかり忘れていた。
せめてもの気遣いでそっと点数のところだけ見えないように小さく折り曲げる。
「神崎さんのだよ。渡しとくよう頼まれてて……」
「神崎なぁ…黙っとけば可愛いんだけどなぁあいつは。」
「雄市、神崎さんと仲良いの?」
「んーまあまあかな。家結構近いし、神崎の姉ちゃんが去年野球部のマネージャーだったんだよ。だから接点あったというか」
「へー……」
「持っていくなら今のうちが良いぜ。もう終礼だし」
「わ、わかった。」
終礼まであと5分しかない。
綺都は解答用紙を持って慌てて教室を出ていった。
「神崎さんって、いる?」
隣の教室に顔を覗かせて、近くの席に座っていた女子生徒に話しかけると、彼女は顔を赤らめて慌てた素振りを見せるので綺都は首を傾げた。
いないのだろうか。
「どこにいるとか、わかる?」
そう質問すると女子生徒は「保健室」と一言。
なんで保健室にいるのかは不明だが、とりあえず、ありがとうと女子生徒にお礼を述べて教室をあとにした。
保健室に入ると、女子生徒が言った通り本当に神崎美織はいた。
その光景を見て綺都は眉間にシワをよせた。
「……なにしてんの。」
彼女は所々に絆創膏を貼っていて見るからに暴れた跡がある。
打撲もしていて結構痛々しい光景だった。
「体育の松沢と闘ったら、勝てなかった。」
「なんで闘おうと思ったの。馬鹿なの?」
「作戦はバット奪って逆ケツバット作戦でしたが、失敗してしまいました。」
美織は罰が悪そうにチロリと舌を出した。
「はぁぁぁ……」
ため息しか出てこない。
彼女はどうしてこんなにも阿呆なのだろうか。
綺都は美織の傍にいき、解答用紙を手渡した。
「数学のテストの結果。先生に頼まれたから渡しにきた。」
「悪いねわざわざ。」
ははは、っと美織は笑い解答用紙を受け取り、開いて点数を見た。
「え、わるっ! ?」
「悪いどころじゃない。そんな点数初めて見たよ。」
「上杉くん何点だったの?」
「98」
「中途半端じゃん笑笑」
「お前の2点に言われたかないわ!!」
「流石違うね、天才は」
「……天才とか、言うなよ。」
綺都がうつむくと美織はベッドから立ち上がり綺都の顔を除きこんだ。
「え、」
今綺都の視界には美織の顔しか映っていない。
あまりの顔の近さに綺都は緊張して硬直してしまった。
「なに、神崎さん……」
呼び掛けても彼女は返事をせずに、ただずっと綺都の顔を見つめ続けている。
美織の瞳の中に、強張らせた表情をした自分の顔がはっきりとみえる。
羞恥心に耐えられなくなってしまった綺都は目をそらし、緊張の糸が途切れたかのように大きく息を吐気だした。
まだ心臓がドクドク鳴っている。
「上杉くん。」
咄嗟に自分の名前を呼ばれたので美織の方を向く。
綺都の視界に入ってきたものは、誰もが振り向くような端正な顔をしたいつもの親友の顔ではなく。
最早美少女の顔など消え失せたひどい変顔をしている親友の顔だった。
「ぶはっっ!」
不意討ちだった為、口元に手を押さえきれずに綺都はおもいきり
美織の顔面に吹き出してしまった。
「うおおおおおきたねぇええ!!」
美織が悶絶する。
「お前がいきなり変顔するからだろ!しかもレベル高いな!」
「イケメンの唾でも流石に無理!!あっ!でもなんか高く売れそう!!イケメンの唾!ってかなんかそんな曲名ありそう!」
「もうお前黙っとけ!!!」
「保健室ではお静かにぃぃいいいいい!!!!」
「「ぎゃあああああああああああああ!?」」
突然鳴り響くゴツい怒号。
扉のほうを見ると養護教員の釜崎先生が立っていた。
「もう!美織ちゃん元気なら早く教室帰りなさい!ほら上杉くんも終礼はじまっちゃうわよ!!」
慌てて綺都は立ち上がる。そんな綺都と対称的に美織はその場で立ち上がらずに勢いよく挙手した。
「先生自分足痛いから歩けないっす!!」
「もおおおおんしょうがないこねえええええん上杉くんっ!」
「はい?」
咄嗟に名前を呼ばれて綺都はびくっと肩が硬直する。
保健の先生がびしっ!とイスに腰かけている美織に向かっておもいきり指を指すとこう叫んだ。
「美織ちゃん教室まで運んであげてちょうだい!!」
「はああああ!?」
「よし、突撃や上杉号。世界一周を目指すぞ。」
「てめぇ何勝手に背中に乗ってんだよ!」
「敵は3組教室にあり!!」
「時代を合わせろ時代を!!ってか重おっ!」
予想以上に重かったため思わず綺都はしゃがみこんだ。
やはり筋力をつけた方がいいのだろうか……。
「あっ!女子に向かって重いはないっしょ!?」
「そーよ上杉くん!!女の子にそーいうこと言うんじゃないわよ!!」
「先生は女の子じゃないっすけどね!(笑)」
「んんんんん美織ちゃん!!!言うんじゃないわよ!!!文字だけだから美人教師になりすませたのによぉこの野郎!」
二人の会話をガン無視して黙って扉へと足を進める。
扉を片手で開けて保健室に向かってお辞儀をして静かに保健室から出ていった。
「あばよ~とっつぁ~ん」
「お大事にねえええええん!」
後ろから保健の先生の野太い声が聞こえる。
離れていく度にデクレッシェンドのように彼の声が小さくなっていく。
「……神崎さんいつも保健の先生とあんな感じなの?」
「おう、戦友だからなあの釜崎先生、略してオカマです」
「あだ名悪意ありすぎだろ」
「というかさ、上杉くん。」
「ん?」
綺都が顔を後ろに向けると美織がニヤニヤと悪意を含む笑みを浮かべている。
「問題、私は今おんぶされています。君は両手が塞がっています。」
「うん……」
何が言いたいのだろうか。
「今私の手は、上杉くんの胸の前にありますな」
「……うん?」
「私は今から何をすると思う?」
胸の前に両手?
自分の両手が塞がっている?
何をすると言われてもこの変態馬鹿のやることはわからな……
変態、馬鹿……
あっ。
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
その日放課後の渡り廊下に再び少年の悲鳴が聞こえたと同時に、少女の苦しそうなうめき声が鳴り響いたという。
その悲鳴の主達が学校一の美少年と美少女だという事実を誰も知る由など無かった。