第62話
アルヴアート邸で話し合いが行われている最中、アウストラリスのエルリンデ邸にて……
「――と言う事になりました、はい」
「それは良かったです、それに婚約の決定おめでとうございます」
「ありがとうございます、エルリンデ侯爵」
アルナと侯爵は2人で密会とは言わないが夜分遅くに侯爵の執務室でお話し合いを行っている。
「それで……彼らと友人という事はアルナ様も勇者なのですか?」
「……」
正直、あの場でそこまで考える事が出来なかったアルナは黙り込んでしまう。あの時は感極まって周りを見る事が出来なかった、セリカやアルヴアート家の人ならば元々の正体を知っているから良いのだが、赤の他人だった者に聞かれるのは大変な事である。
「……勿論、誰にも喋りませんし……」
「ふぅ……俺は勇者ではないよ。でもただの人間でもない……そんな所かな」
神の使徒である事はこの国の貴族全員に知られている。勿論目の前にいるエルリンデ侯爵もだ。
「分かりました、私もあまり深く聞かない事にします」
眉間に皺を寄せて唸るように侯爵は言う。
その表情、絶対分かってないよね?
アルナは軽く欠伸をしながら心の底で思う。そのまま立ち上がり、執務室のドアに向けて歩き出す。部屋のドアを開けて侯爵に言う。
「取り敢えず、俺は寝ますね。明日から例のダンジョンを攻略しないといけないので……」
「はい、私の要望も叶えていただけるようで何よりです」
利害が一致し、侯爵はとても嬉しそうな顔をしているのだが、それとは対照的にアルナは既に疲れた顔をしている。
早く寝ようと廊下に出るとそこには――――就寝したはずのセリカがいた。
「あの……一緒に寝ませんか?」
「勿論だよ、両親公認になったんだし…………ね?」
「はいっ!」
アルナとセリカはお互いの手を、指を絡ませて繋いで部屋まで歩いて行った。そしてアルナは部屋に着き、ベッドに倒れ込んだ。セリカがアルナの傍に来るまでにはもう寝ていて安らかな寝息をたてていた。
「まったく、頑張り屋さんなんだから」
セリカはアルナをきちんとベッドに寝かすとその横に入り込み、ベッドに横になった。そしてアルナの頬にキスをするとセリカも深い睡眠に入っていったのだった。
――――――――――
「勇者の暗殺に失敗しました」
「そうか……仕方ない…………」
平伏した顔にはあまり憂いが感じられない。会話は続く。
「奴らに武芸に通じているとは思いませんでした故に」
「気にするな、お前たちは余の最終兵器なのだ」
「はっ! ありがたき言葉にございます」
鎧を身に着け、腰には禍々しい雰囲気を纏う剣を差している人物は憎しみを含んだ声で冷淡に話し出す。
「それよりアルヴアートを潰すことだけを考えろ」
「既に魔剣を全員に付与済みでございます」
「よし、作戦開始は3日後。それまでに用意しておけ」
平伏しっぱなしだった曲刀を差す騎士は早々に出て行く。
このような会話が行われているのはこの場にいる者以外知らない。
――――――――――
「へっくしゅ……さむっ…………」
アルナはベッドから上半身だけを起き上がらせる、アルナには少しも布団が掛かっておらず、セリカが布団にくるまっていた。寝言だろうがごにょごにょ呟いている。
「うふふ、だぁいすき」
ボンっと顔から火が噴き出そうになる。慌てて自分の頬に手を当てると熱を帯びているのが分かった。
「……セリカ、朝だよ。起きて起きて」
アルナは恥ずかしさを誤魔化すかのようにセリカをゆらして起こそうとする。実際、部屋にある時計を見ると朝の7時を回っている、ちょうどいい時間である。
「むにゅっ…………あれ……おはようございます」
「ん、おはよ」
寝ぼけたセリカの服の胸元が乱れていることに気づいたアルナは慌てて目を逸らして言う。
「ちょっ! 隠して隠してっ!」
「え? ああ、見ますか?」
ピラピラと見せびらかすように胸元を見せたりしているので、余計にアルナは拒絶の反応を見せる。
「いいからっ! しまってよっ!」
「むぅ、残念。襲ってもいいんですよ?」
「うっさい、それは夫婦になってからでいいでしょ?」
「見た目に反して初心なんですね?」
もうめんどくさいね、無視だ無視。
「ねえ? ちょっとアルナくん?」
「…………」
「ねえってば、何か言ってよぉ」
「…………」
「ぐすん…………酷いよ、アルナくん……バカっ…………」
急に泣き始めてしまったセリカを見て、アルナは慌てて駆け寄って慰めるように話しかける。
「ごめんごめん、ちょっと悪戯しただけなんだ」
「ぐすっ……ほんとですか?」
「ああ、怒ってなんかいないよ、セリカは俺の奥さんなんだから」
「もう、調子いいんだから」
ツーっと流していた涙と袖でごしごしと拭うと輝かしい笑みを浮かべる。その笑顔を見て、今日も頑張ろうと思うアルナ。
そんなタイミングでドアがノックされ、ドア越しに話しかけてくる声が……。
「ディアノールです、入りますよ」
「ええっ! ちょっと待って!?」
そんなアルナの静止も聞かず、ドアをバタンっと盛大な音を立てて部屋に入ってくる。年不相応なやんちゃな所があるようで悪気の無い笑みを浮かべている。
アルナとセリカはいきなりの事で呆然として、驚きのあまりお互いの身体に抱き着いている。
「あらぁ、お邪魔しちゃったかしら?」
「俺は待ってって言ったんですけど」
「聞こえなかったわぁ、それより彼らも起きているみたいで、朝ご飯でも一緒にどうですか?」
「……分かりました、よろしくお願いします」
この人苦手なタイプや……
アルナは侯爵に対してそう思う。とっとと朝ご飯が食べたいのでセリカを起こしながら立ち上がる。侯爵はいつの間に出て行っており、この部屋には昨日会った侍女が隅の方で佇んでいた。アルナがその人の方を向くと口を開いた。
「公爵様よりご案内を仕っております。どうぞ私めについてきてくださいませ」
「え…………ああ」
思ったよりも固い口調でビックリするアルナ。流石に階級が上になると口の利き方も変わるものだ、と言わんばかりの眼を強気に見せる侍女はすぐに部屋を出て行ってしまう。慌てて上着を羽織り、アルナとセリカは彼女を追いかけるように部屋を出る。
彼女についていき、少し歩いたところで立ち止まる。目の前には開けた大きな部屋があり、そこが目的の場所なのだろう。彼女はアルナ達に早く行けと目配せをし、それに気づいたアルナはセリカの手を取り一緒に部屋に入っていく。
そこには既に侯爵と友人が席に座り、どうやらアルナ達を待っていたようだ。侯爵以外の3人はシャワーでも浴びたのか、顔が火照っている。
ああ、いつもの鍛錬をしてたんだな。俺はここに来てからやってないからそろそろやらないとな。
アルナはそんな事を思いながら、口を開いた。
「遅くなってすいません。」
「ゆーく……アルナくん、気にしないでいいよ」
「そうよ、貴方は朝弱いモノね」
心なしか佳奈と沙織はセリカに目を向けてドヤ顔をしている。バチバチと火花が上がっているだろうがアルナは何をしているのだろうと、気にせずに席に着く。慌ててセリカも彼女らとのバトルを切り上げ、アルナの隣に陣取る。
今度は逆になったようでセリカがドヤ顔をしている。それを見て彼女らは引き攣った笑みを浮かべている。その様子を傍から眺めている悠馬は呆れたようにしびれを切らして彼女らの頭を小突く。
「「いたっ」」
「バカな事してないで、俺は朝飯が食べたいんだ。」
「俺もお腹すいた」
悠馬とアルナがそう言うと、侯爵は侍女に朝食を持ってくるよう目配せをすると侍女は頷いて調理場に行く。帰ってくるときには片手に料理を乗せたお盆を持ってきた。
朝ご飯はどうやら焼き魚らしい、香ばしい匂いが漂い、どこからかお腹が鳴る音がする。テーブル一杯に食器が乗り、朝ご飯の用意が整った。
日本人の習慣はまだまだ健在のようで両手を合わせて、アルナと勇者3人は
「いただきます」
と言い、箸を持ち食べ始めた。その光景を目にした侯爵は目を丸くして、何をしているんだと言わんばかりの表情をしている。
「食べ物に感謝と言う意味で使うんですよ」
「……確かに食べ物になってしまった生き物に感謝しないと私達も生きていけませんからね」
この人はほんといい人だわ。
しみじみ思うアルナは食事中終始ニコニコしていた。しかし、その笑みは不審がられていたのに気づかない。
(ねえ、アルナくん、悪い事でも考えているのかな)
(分からないけど、ロクでもない事は確かよ)
何もしていないのに、気味悪がられるアルナだった。
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