第57話
「到着いたしました、ここがエルリンデ侯爵様の屋敷にございます。」
2人の目の前にはアルヴアートの屋敷よりも豪華で大きい庭園と屋敷が広がっていた。
海に映える純白の壁が夕刻の夕日に反射し、幻想的な雰囲気を放っている屋敷に圧倒されたアルナは呆然としてしまう。
「アルナくん??」
「……ああ、ごめんごめん。案内をお願いします。」
「畏まりました。門をお開け下さい」
エルリンデ侯爵の門を警護する近衛兵は声を掛ける兵士の言葉に首を縦に振るだけで応対する
ガチャンと金属が擦れる音が鳴り響きながら豪華な装飾が施してある門が開く。
門から玄関までの舗装された道を歩いていく。途中には薔薇のような美しい赤い花が咲き、きちんと整えられた芝生に眼を奪われる。
玄関についたと思うと内側から扉が開く。2人の護衛に加え1人の秘書を従える女性が佇んでいる。
深いスリットの入った際どい白いドレスに身を包み、美しい肢体を惜しげなく晒している。加えて海のように碧い長髪に碧い瞳、造形されたような顔をしている。
その女性が口を開き2人に話しかけて来た。
「ずいぶんと遅い到着でございました。アルナ様。それに……セリカさん」
「いや色々ありまして……わざわざお出迎え、ありがとうございます。エルリンデ侯爵」
「予定外の私まで……寛大なお心に感謝致します」
「いいのよ、アルナ様のお連れだもの。さあこちらへ。」
少し緊張した空気が流れ始めるが侯爵は2人を見てから屋敷の中へ入っていく。2人は侯爵に着いて行く、そして連れていかれたのはどうやら客間のようだ。流石侯爵、と言わんばかりの広さでアルヴアート邸よりも広かった。
2人は侯爵に促され、提示されたソファーに座る。その対面に腰をかける侯爵は使用人に声をかけてお茶などを用意してくれた。
「まずは自己紹介といきましょう。
私はディアノール=アウリス=エルリンデと申します。初めまして、アルナ様、それにセリカさん」
「俺はアルナ=アルヴアート。冒険者として派遣された、よろしく。ディアノールさん。」
「私はセリカ=エルトネーゼと言います。アルナくんのパートナーとして行動してます。」
3人がそれぞれ自分の事を軽く相手に話すと弛緩した空気が流れる。用意された紅茶を飲んで口を潤す。だがその紅茶が予想以上に美味しくて紅茶を見つめるアルナを見てふふっと妖艶な笑みを浮かべたのはエルリンデ侯爵だった。
「お口に合いましたか?このアウストラリス一の紅茶をご用意させていただきました。」
「そのようで……口当たりの良さと香りが俺の好みでとても美味しかったです。それより……」
「……なんでしょう。」
弛緩した空気が再び引き締まり、いや今まで以上にピリピリした空気に変わる。しかし侯爵は動じないようで少しアルナは眉を顰める。
「不穏な魔力を感じるのですけど……何かあるんですか?」
回り道をせずに直球に聞くアルナ、その様子を見て護衛をしている兵士は腰に下げた剣の柄を握る。
セリカはその兵士の行動を見て細剣を抜こうとするがアルナに止められる。
アルナの質問に少し動揺をしたのか、無の表情を取り繕っていたのが剥がれ落ちる。
「そ、それがどうしたのですか?」
「いーや?何もないですよ」
その言葉の裏には、話さないなら少し痛めつけるよ、という意味が隠されているのをアルナの歪んだ笑みから感じ取った侯爵は顔を引き攣らせながら、
「……はぁ、貴方には隠し事は出来ないようですね。」
「失礼な、俺はいつでも純粋無垢なだけですよ」
侯爵はさっきの表情を見て、セリカは今までの言動を省みて、そんな訳ないだろう!と心の中で思った。
「昨日の事です。レイザル方面から小型の船が漂流して来たのですが……」
侯爵の話によると、その漂流して来た船に乗っていたのは3人の男女で、身体には無数の傷と、男は右腕が無かったようで、船内には多量の血で溢れていた。ただの人ではないと判断した見つけた漁師は直ぐに侯爵に報告して、侯爵は保護をしたそうだ。
「右腕の欠損に、多量の血……反乱でもあったんですかね」
「私には分かりかねますね、それよりも古代魔法の使い手であるアルナ様に彼らを見て欲しいのです。」
「いいですよ、取り敢えずそこ部屋に行きましょう」
アルナは端的にそう告げ、直ぐに行くよう促す。
アルナもその3人に興味があるし、レイザルの情報について手に入る可能性が少しでもあるなら【回復魔法】を使う価値は充分にある。
「では、行きましょう。」
侯爵もアルナの意図に気が付いたのか直ぐに移動を開始してくれた。
護衛の兵士を先頭に侯爵、セリカ、アルナの順で進んで行く。
客間から離れた一室に案内される。中に入ると包帯でぐるぐる巻きにされた3人の男女が3台のベッドにそれぞれ寝ていた。
「うそ……だろ……。なんで…………」
目を見開き3人を凝視するアルナの表情は悲しみと嬉しさ、両方を含んでいたのに気が付いたのはセリカだけだった。
「悠馬、それに佳奈、沙織……どうして……」
そう、3人はアルナいや裕也の友人であったのだ。彼らとの付き合いは中学から続いており、高校も同じクラスという運命極まりないものだった。
アルナは無意識にも涙を流している、嗚咽も含めながら。セリカはそんなアルナを背中から首に腕の回して抱き締めていた。
「お知り合いなのでしょうか……」
「……ぐすっ、えぇっと、古い友人なんだ。」
「それはそれは……」
侯爵はアルナの心境を思ってか、そのまま喋りかけるのはやめたようで、彼らの世話をしていた侍女に話を聞いている。
「どう?今の状況は……」
「どうやら魔力量の多さに助けられているようです。ポーションを数本飲ませたので恐らく大丈夫だと思うのですが……」
「なるほど、じゃあアルナ様に頼むしかないわね」
「《古代を司る者》様の?」
侍女との会話は一旦打ち切ってアルナの側まで近づき話し掛けた。
「……あの、アルナ様。大丈夫でしょうか」
「えぇ、お見苦しいところを……それで?」
「彼らに何か特効薬になるような魔法はありませんか?」
「ありますよ。ここだけの内緒にしてくださいね」
「え??」
アルナの内緒にする理由がいまいち分からない侯爵は次にアルナがやる事にその理由を悟った。
アルナはまず、右腕を失った男――悠馬の傍まで行くと、敷かれた布団を取り、半裸の身体に両手を乗せる。こうすることによって効率よくそして早く魔力が伝わるのだ。
乗せた両手にアルナは魔力を流していく、彼の魔力が反射して逆流してこないと判断したのか急に多量の魔力を両手に集め始める。
そんな光景を目のあたりにした侯爵と付きの護衛、侍女は驚きに目を見開く。人が操れる魔力の量じゃないと。セリカは一度どころかエルフの国で治療していた光景を思い出したのか、そんなに驚いてはいないがあまり頻繁に見る事が出来ないのでじっと見つめている。
「【再生】、【回復魔法】発動。」
アルナはボソッと呟いたかと思うと、アルナの魔力が彼の身体を、欠損した右腕を包み込んだ。全身が淡い光に発光したかと思うと次の瞬間、閃光が部屋を照らした。
閃光が収まるとそこには欠損したはずの右腕が修復されていた。
この出来事に侯爵と護衛、それに侍女は魔力の時よりも驚きに目を見開き、そして恐れ慄いた。ここまで出来てしまう古代魔法に、そしてアルナという一人の人間を。
「……よし、終わりました。あと2人か」
「一応魔力ポーション飲んどいてくださいね」
「ああ、ありがと。」
そんな4人の思惑には気づかないセリカとアルナはいつも通りに夫婦のような会話に花を咲かせている。セリカは【収納魔法】から魔力ポーションを取り出しアルナに渡す。
すぐにそれを飲み干したアルナは2人目の治療に移る。流石に女性の肌を直に見て触るのは憚れるので、腕を軽く掴むだけで治療を開始した。
セリカにも怒られちゃうし……知らない人ならまだしも知り合いにって……
数分後、ポーションを飲んだとはいえ多量の魔力を消費したアルナは額に汗を浮かべ、椅子にだらんと腰かけていた。
「慣れないなぁ、この脱力感……」
「アルナくんは保有魔力量が多いですからね。」
「それもあるのか~、めんどうな身体だな~」
隣に座っているセリカが冷たい水を出してくれたので喉を潤すために飲ませてもらった。
アルナとセリカは3人の負傷者がまだ眠っている部屋で待機するよう侯爵に言われたので2脚の椅子を持って来てもらい座っている。護衛の1人はここに残ってくれたようだ。無粋な態度を取り続けるのでとても話しかけずらい。
まあ、特に話すことは無いんだけどね……
「……んん…………いたっ、はっ!ここは……」
「ここはクレトリア王国のアウストラリスって所だよ。」
「……ッ!誰だッ!」
男――悠馬は体の痛みによって起きたのでアルナは彼の質問に答えただけなのだが、いきなり背筋を伸ばしすぐさま寝ていたベットから這い出るように脱出するとアルナとセリカ、護衛の3人に対して警戒の声を露わにする。
しかし、失った血はすぐに回復するわけではなく彼は貧血で再び倒れてしまう。アルナは彼を介護しようと思ったのだが、
「いいっ!俺に触れるなっ!」
「いたっ!」
悠馬の力加減を考えない力で振り払った手はアルナの差し出した手を弾いた。思いがけない事に驚いたので痛みは皆無に等しいのに関わらず、声を上げてしまう。
見た目は、女性でかつとても綺麗に整っている為、男だと気づかない悠馬は呆気にとられ、身じろぎひとつできないくらい固まっている。
「……どうしたの?」
「い、いや……その……ごめん」
「大丈夫だよ、それで……君達は?」
「……え?」
それだけは絶対に言えないという雰囲気が出ていたのだが、2人の連れの様子と自分の欠損したはずの右腕を見て、呆然とするが、再びアルナを見る。
「俺が回復させておいたよ、悠馬くん」
「ッ!?どうして俺の名を!」
「それだけじゃない。佳奈さんと沙織さんでしょ?寝てる2人は」
「……」
「無言は肯定と判断するよ」
少し歪んだ笑みを浮かべるアルナを見て、悠馬はゾッとする。自分達の生死はあの人に掛かってるというのが分かっているようで額に汗をかき始め焦っている。
そこにアルナは爆弾を投下した。
「君達は知っているだろう?小野裕也を……」
次回の更新は2日後前後になります。




