第48話
遅くなりました、ごめんなさい!
「では、まず両手に魔力を集中させて下さい。」
アキがセリカに言う。セリカは言われた通りに魔力を両手に集める。一瞬にしてボワっと淡い光がセリカの両手を包み込む光景を目にし、アキは驚愕する。
「殿下は魔力の制御に秀でているのですね……羨ましい限りです。」
私情を挟みながらセリカを褒めるアキに……
「これで私の全力なのですが、そこのアルナくんはこれが当たり前のように、いやこれよりもあと3倍くらいは濃密に扱ってましたよ?」
エルフは魔力の操作に秀でている種族で、魔力の操作に関しては右に出る種族はいないとされる。それを知っているアキは驚愕よりも先に畏怖の感情を覚える。エルフの頂点に近いセリカにここまで言わせるアルナに。
この方は一体…………
「それよりも、この後はどうするのですか?結構きついので早めにお願いします。」
「ああ、申し訳ありません。アルナ様の胸に手を当てゆっくり魔力を身体全体に馴染ませるように流していって下さい。」
「分かりました、ん…………い、いやあ!」
言われた通りにアルナの身体に魔力を流し始めたのだが、セリカの魔力をなぜか異物認定され、セリカの魔力を拒むようにセリカ自身の身体に逆流した反動か、軽く吹き飛ばされ尻餅をついてしまう。
「だ、大丈夫?セリカ。」
「殿下!ご無事でっ!?」
「え、ええ。大丈夫です。それよりも私の魔力でも拒まれてしまうとは…………ん?」
セリカは不穏な魔力の流れを感じアルナの方を向くと、空気中にどす黒くくすんだ可視化された魔力がアルナを包み込んでいた。
「え!?アルナくんっ!」
「だ、ダメです。殿下!」
「セリカっ!アキの言う通りにしなさい、あとここから出ないとまずそうよ?」
アキの静止を振り切りアルナに近づこうとしていたセリカはオルターの怒声を耳にし、我に返る。アルナの今の状態はあの時の……オーク戦に近い雰囲気が漂っている。恐らく今目を覚ましても人格の変化によって殺される可能性が高い。もう一人のアルナは敵味方関係なく蹂躙する姿がすぐに目に浮かぶ。
「アキさん、早く逃げないとヤバいです。今の彼は優しくない。」
セリカの絶対にブレない決意の声を聞き、彼には他の秘密がある事をすぐさま悟り、部屋から退出していく。
「……戦闘に関しては素人の私でも彼が、その……ヤバい事は分かりますから…………」
「えぇ、それこそエルフが滅ぶ可能性もありますから……。」
「えっ……!?」
驚きの声を上げた時はもう3人とも部屋の外に出ていた。しかし部屋の中では既に魔力の暴風が起こっているのかガタガタと物が散乱する大きい音が鳴り響いている。
魔力の暴風を感じたのか数十秒後にエルフの戦士がアルナの部屋の前に駆け付け、オルターとアキを守るように陣取る。
「陛下!ご無事でっ!?」
「母さん!」
「私は無事です……それよりも……」
オルターが目線をアルナの私室に目を向けた瞬間ーー
「……っ!……がぁあ!ぐぅうう!ああああぁぁ!」
「アルナくんっ!?」
「アルナっ!」
アルナの突然の悲鳴に全員が弾けるように部屋の内部に入ったがーー
「……[重力増加]」
「ぐっ!」
「うわっ!?」
ボソっと呟いた感情の籠っていない詠唱によりこの場の空間全てに重力が加わり、部屋に入った全員が地面に叩きつけられ、這い蹲っている。
アルナはベットで横になっていたが、まるで重力を感じさせない動きで腕を使わずに起き上がる姿は幽体離脱したようであった。
「あ、アルナくん!私です、セリカでーー」
「……黙れ」
「ひっ…………!」
今までモンスターや敵に向けられてきた殺意の感情が自分達、エルフに向けられている。
セリカはアルナに鋭い眼光とともに睨まれ、悲鳴を上げる。しかし、声音はアルナのいつもの少し高い声ではなく、今は低いが太い声に変わっている。
「誰だ……我の眠りを妨げた者は…………八つ裂きにしてやろうではないか。」
ドスンっと重々しい言葉が部屋中に響き渡る。アルナが口を開けたと同時にアルナの周りに魔力の嵐が吹き荒れる。特に詠唱していないのにヒュンヒュンと鎌鼬のようにセリカ達に襲い掛かるがすんでのところでニーズヘッグとフェニス、キルライトによる魔力障壁の多重展開、約100枚がセリカ達を守ったが鎌鼬の勢いは止まらない。いやさっきよりも勢いは増している。
「……くっ!強すぎ…………」
「これはまずいですね…………」
「召喚主、戻ってきてぇ!」
アルナの召喚獣である神獣たちしかこの空間を自由に動く事が出来ない、それにアルナの攻撃を防ぎながらセリカ達をこの空間から移動させることはかなり厳しい。それこそ八つ裂きにされてしまうだろう。
ニーズヘッグが体を張って皆を守りつつこの状況を変えようと模索していると、だんだん鎌鼬の軌道と勢いが落ちてくる。
ニーズヘッグは何事かとアルナの方を向くと、アルナは両手で頭を押さえていた。
「き、貴様ああああ!……っ!?……チッ、後で覚えているがいい…………」
いきなり罵声を上げたかと思うと、身体がドクンと心臓の鼓動に呼応するように跳ねる。しかし舌打ちをし、捨て台詞を吐くと同時に殺気が消えた。アルナの身体から放出されていたドス黒い魔力が空中に、禍々しい雰囲気が霧散したが、その出来事の中心にいたアルナはドサッと地面に倒れこみ、魔力の使いすぎか、動かなくなった。
アルナが倒れたと同時に空間中の重力が元に戻る、エルフ達は助かったと思ったが今はそれよりも重要なことがある。
「アルナくんっ!ねえってばっ!起きてよぉぉ!」
「お、おいっ!アルナっ!?」
重力に押しつぶされそうになっていたにも関わらずセリカとアメリアは倒れて全く動かないアルナの傍まで駆け寄る。セリカはアルナの口元まで耳を近寄せ、耳を澄ました。
本当に僅かながら呼吸をする音が聞こえる。恐らく耳が良い種族であるエルフにしか聞こえないほどの音量である。
「……はっ!アルナくん生きてるっ!」
「本当か、セリカ!…………良かったああ……」
ドサッと音を立てながら地面に腰を下ろすアメリアに釣られ、慌てて駆け寄ってきた戦士たちも同じように腰を下ろした。
「そういえば……ニーズヘッグ、ありがとね。あの攻撃から守ってくれて。」
「そうだった、ありがとうございます。私だけでなく部下も守ってくれて……」
今まで忘れていたような言い方だがニーズヘッグはあまり気にしていない様子で口を開く。
「いえ、お礼には及びませんよ。私の為すべきことをしたまでですから。それよりもアルナ様のご容態は??」
「アキさん、もう一度診察お願いしてもいいですか……って…………」
「魔力がほとんどなかったのに古代魔法を使い、しかもあんな大規模に魔力を操作するなんて…………」
セリカの声も聞こえないくらい独り言に夢中のご様子である。ブツブツ呟く彼女の気持ちも分からなくないセリカ。
保有魔力がほぼゼロであるはずのアルナは魔力消費が多々に及ぶ古代魔法を先ほど使用していたのだ、しかも疲労を顔にも出さず……それにいとも簡単に魔力を形ある姿に変え、攻撃方法として構築していた技量は尊敬ではなく畏怖に値する。
「あ、あの…………アキさん??」
「どこから魔力が…………ん?どうしたのでしょうか、殿下。」
「呼んでいたのだけど、聞こえなかった?」
「……え?そそ、その!申し訳ありませんでしたっ!診察ですよね?勿論やらせて頂きますぅ~!」
いったん集中すると周りが見えなくなる所はアルナに似ていて不快感は覚えなかったが、アルナの状態を早く確認して欲しかった為か語調が強くなってしまい、アキは怒らせてしまったと勘違いしていた。
「いや、その……怒ってるわけじゃないの。ただ早く診てほしくて……」
「そうだったのですか、ちょっと焦りましたよ。未来の旦那様ですものね?」
「え!いや、その、そうなんだけど!ああ、からかわないで下さいよ~!」
ふふっと好ましい笑みを浮かべるアキはすぐにアルナの傍に歩み寄り魔法を使った。
「【分析】」
アキのアルナにかざした両手から微量の魔力が集まり、魔法を構成したかと思うとそのまま体内に入っていく。そこからは時間との勝負らしくアキは額に汗をかきながらも診察を続けてくれた。
数十秒たったかと思うと軽い溜め息をつきながらアキはアルナを診ていた顔をあげる。どうやら診察は
終わったようだ。
「終わりました、殿下。アルナ様のお体に異状は見られませんでした。魔力もゆっくりではありますが回復していますし……恐らく明日には目を覚ますかと思います」
「そっかああ…………よかった……アキさん、ありがとうございました。」
そう言って頭を下げるセリカ。一国の王女としてあまりにも相応しくない行動に出てアキは狼狽してしまう。
「頭をお上げください、殿下!私は仕事をしたまでですから。」
「謙虚なのですね、私の未来の……ううんっ。今日はお休みくださいな、もう日も落ちそうですし。お城の方で過ごして下さい。」
「ほんとですかっ!ありがとうございますっ!パルテノのお風呂に入るのが夢だったんですっ!」
「そうだったんですか?じゃあ、もう行きましょう。ニーズヘッグ、フェニス、キルライト。アルナくんの事お願いします。」
アルナの召喚獣、もとい神獣3体を見回す。全員が頷き、セリカはアキと共に城の中に進んでいく。
エルフの風呂は特殊な工程を経て作られる為か、効能が人族の王城よりも格段に上らしいのだ。
激動の一日がやっと終わるのだった。
次回の更新は30日前後になります。




