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第四話


 学園に帰ってきたビアンカは桜井教諭にレシートを渡し、早速フィッティングがしたいと申し出た。時刻は午後の四時で、まだ校舎には生徒は残っている。当然、体育館も入学式の片づけを終えた生徒が部活で汗を流していた。


 故に、桜井教諭が選んだのは来客用の地下駐車場だった。乗用車百台くらい収容出来そうな広さの駐車場だが、文化祭の時は保護者たちの車で一杯になる。


 真ん中には三台分の駐車スペースごとに並ぶように支柱があり、まるで長方形で「回」の字を作ったようだ。ジャンプの練習には持ってこいだとビアンカは喜んだ。


 職員用の車は校舎裏の駐車場なので、特別な来客が無い限り此処を練習場として使用出来ることとなった。


 校舎に戻る前に四人は寮へ寄り、既に学校のジャージへと着替えていた。まずはレーザーガンを持つ前に、ここで稼働練習をさせてもらう事になった。


 準備体操を追え、まずはビアンカが見本を披露することになった。しかし、その前に男二人がどうしても気になって仕方ないことがある。


「ブルマかよ」


 ビアンカは上は普通に学校指定のジャージだが、何故かトリッカーを装着した時にズボンを脱いでいた。そして何故かその下はブルマ、日本における学生の遺産だ。しかも、赤なのか。ちなみにこの高校の体育着は短パンで、ブルマなんてどこで手に入れたのだろうか。


「日本の男は好きなんだろ、ブルマ!」


「っていうか寒くないの?」


 暖かくなってきたとはいえ、四月の日本の気温は涼しい。いくら屋内とはいえ、太ももからトリッカーのブーツ部分まで生足を晒すのはどうなのだろう。


「それでもイタリアよりかは暖かいぞ」


 ビアンカはイタリアの北部にあるトリノの出身で、緯度が北海道よりも上なので当然東京の方が暖かった。


 慣れた足つきでビアンカはガチャリ、ガチャリと片足づつカカトのグリップを踏んで、サスペンションの準備をしていく。


「お前、プロテクターは?」


 生足でやる気かよとミナユキは言う。


「言ってなかったっけ、トリッカーってジャイロ機構が付いてんだけど」


 試合で肩、ひじ、膝につけるプロテクターは防護の為ではなく、関節ロックの為のものだとビアンカは説明を始めた。


 トリッカーにはジャイロによる安定機構が付いていて、どんな体勢から落ちようと、ちゃんとカカトから着地出来るようになっている。


「じゃあ、ちょっと見ててね」


 ビアンカはスケートのように軽快に走り始めた。駐車場をぐるりと一回りして、ユズキ達の前までスピードを乗せてきた。


「それじゃ、やるよ」


 その声と同時にビアンカはユズキ達の近くの壁に向かって飛ぶ、右足を壁に向けて上げた状態だ。靴底のグリップを壁に叩きつけた瞬間、ガシャンと大きな機械音が駐車場に響く。


 壁を蹴り上げたビアンカはそのまま「くの字」を描くように飛びあがり、今度は反対側の支柱に左足のグリップを叩きつける。ガシャン、再び機械音。


 そしてビアンカは壁と支柱を交互に蹴り上げていき、駐車場の奥までジグザグに進んでいく。三人は滑走しながら着いていくが、ビアンカの動きが速くてユズキだけが着いていくのに精いっぱいだった。


 駐車場の突き当りまで飛んできたビアンカ。このまま着地して終わりかとユズキは安堵するが、彼女の猛攻はそれで終わらなかった。


 左足で支柱を蹴り上げ、くの字の軌道。駐車場の端なので、ビアンカの正面には壁が迫っている。右の壁を蹴り上げると間違いなくぶつかるだろう。


 するとビアンカは右の壁に左足のグリップを当てた。ガシャン、機械の音と共に左足で右の壁を蹴り上げる。十二時の方を向いていたビアンカの顔が九時方向になる。そして再び右足で壁、左足で支柱をジグザグに蹴っていく。


「まぁ、慣れればこんなことも出来るってわけ」


 跳躍中にも関わらず、余裕の声を出すビアンカ。慣れていれば壁蹴りなんて余裕と先ほど教わったユズキだが、こんな動きが自分に出来るのだろうかと不安になる。


 そして、ビアンカが壁蹴りで駐車場を半周したくらい。軽快な動きで地面に着地したビアンカは、スケートのように車輪を横に滑らせて静止した。


「スタミナつけないとなー」


 ビアンカは額の汗を拭いながらそう言った。


 話を聞けば彼女は受験の為に半年間、勉強に集中していたとのこと。久しぶりだからブランクがあるのも仕方ない。


「それじゃ、ソフィアもやってみる?」


 ソフィアは小さく頷くと、ストレッチのように足首と手首を軽く解す。そして、準備が出来たよと合図するようにガチャリと踵を交互に踏んだ。


 ビアンカ同様、軽快に走り出すソフィア。十メートルくらい後ろを三人はゆっくり追従する。どうやら彼女もビアンカと同じように、一周してから始めるようだ。


「なんでスピードがのってから飛ぶかというとね。そのほうが足の負担が軽いし、勢いもつくから」


 走り幅跳びや棒高跳びみたいなものだね、とビアンカは言った。


 駐車場一周を終えてスピードが乗ったソフィアは、驚くことに地面をグリップで蹴り上げた。


 ガシャンという機械的な音と共に彼女は右に飛び上がる。ビアンカはジャンプして壁蹴りを始めたが、ソフィアはジャンプの段階でグリップを使って床を蹴ったのだ。


 ユズキが驚いていると今度は彼女は足を揃え、右の壁に両足をグリップした。ガチャンという機械の音が重なった。ビアンカ同様、空中でくの字を描く。


「ツイングリップとはやるじゃん、ソフィア!」


 今度は左の支柱に向けて彼女は両足を向ける。グリップ、機械の音、くの字の軌道で飛び上がる。そして、ビアンカのようにジグザグに進んでいく。


「え、あれどういう動きなの?」


 ユズキの問いにビアンカが興奮気味に答える。


「さっきも言ったけど、ライトボディは全然パワーが無いんだよ」


 この駐車場の壁と支柱の距離は車二台分はある。ソフィアが最初にジャンプせずに床をグリップで蹴ったのは、初めて使うトリッカーのサスペンションのパワーチェックだった。片足だけで壁から支柱まで飛ぶにはパワー不足と見做したソフィアは、両足で跳躍する方法に切り替えたのだろう。


「両足同時にグリップしないとバランスが崩れるからね」


 なかなかの高等テクニックだとビアンカは息巻いた。そして、ソフィアはなんと壁蹴りだけで駐車場を一周してしまった。


「おいおい、一周したよ……」


 両足のグリップをし続けたソフィアは、意外にスタミナのある選手だとビアンカは説明した。


「ね、ね、ビアンカちゃん。僕もやっていい?」


 ソフィアとビアンカの動きに見せられたユズキは、自分も試してみたいと申し出た。


 すると意外にもビアンカは難色な顔になる。ミナユキにならともかく、ユズキにあんな不満げな表情を見せるのは初めてだった。


「あたしはね、ユズちゃんのその綺麗な肌を傷つけたくないの」


 実際やるにはもっと段階を踏んでから、と言いかけたビアンカを遮るように駐車場の奥から声が響いた。


「やらせてみろよ」


 桜井教諭が野球用のヘルメットとサポーターを手に奥の階段から現れた。


「さくさん!」


 ビアンカが驚きの声を出すと、桜井教諭はユズキにヘルメットとサポーターを手渡した。これなら万が一を避けられる。


「監視カメラでずっと見てたんだけど、そろそろ千葉か若葉田のどっちかがやりたいって言い出すんじゃねーかなと思ってよ。野球部に寄ってきた」


 まさか言い出したのが運動に興味なさそうなユズキだったのは、桜井教諭の嬉しい誤算だったらしい。


「んで、アンティーニが千葉の後ろに着いててやれ。それでいいだろう?」


「ビアンカちゃん、僕からもお願い」


 それでもビアンカは渋った顔をするので、桜井教諭が溜息を吐いた。


「アンティーニ。俺はなこの二人を半ば強引な手口でこの部に入れちまった」


 存在は知っていたとはいえ、未経験の世界にいきなり二人を入れて少しは桜井教諭も悪く思っているようだった。


 その競技の片鱗を見せて、少しでも自分がやりたいと希望出来るようならば、教師として自分のした事は間違っていなかったのではないか。


「それに失敗から覚えさせないと、後でもっと痛い目に遭う」


 スキーだって転び方から覚えるものだろう、桜井教諭はそう言って笑った。


「分かったよ」


 さくさんの言うことも一理あると、ビアンカは渋々納得した。


「ありがとう、ビアンカちゃん」


 まずは片足づつサスペンションの準備をする。初めに普通に駐車場を一周することから始める。先程はビアンカとソフィアを追いかけるために走ったが、基本はスケートと同じだ。走るように両足を交互に使って車輪を転がしていく。五メートルくらい後方でビアンカが不安な顔で着いて行く。


 一周を終えたころ、意を決したユズキは壁に向かって飛び上がる。右足のグリップを右の壁に向ける。たったそれだけの作業だが、現実は甘くなかった。


「ああっ!」


 壁に当たったのはなんと車輪部分、バランスを崩したユズキは肩から壁にぶつかってしまう。


「ユズちゃん!」


 悲壮な声を上げたビアンカが、音速に勝る勢いでユズキの元へと駆け寄った。倒れそうになるユズキの手を取り、不安そうな表情を浮かべた。


「ご、ごめん。ビアンカちゃん」


 自分のわがままで年下の女の子になんて顔をさせてるんだと、ユズキはバツの悪い気持ちになる。


「大丈夫? 怪我してない?」


 ユズキがシャツの首元をめくって肩を見せる。細い首と整った鎖骨と肩、全く無傷の白い肌だった。


「やべー、ユズちゃん。本当に男かよ……」


 そう呟いたビアンカが涎を垂らしていたのは何故なのか、ユズキは気にも留めなかった。


 安全機構はあるが、もう少し練習の段階を踏んでいこうかと言うビアンカの意見に部員は頷く。


 そして、彼女の提案した練習法をユズキもミナユキも実践することに。


 静止の状態で壁を蹴り、グリップを当てる練習だ。隅で壁をガンガンと蹴っていく地道な練習だ。


 最初は車輪部しか当たらなかった二人だが、数十回するとグリップが当たるようになった。上手くカカトだけを突き出すのがコツのようだった。ユズキとミナユキに飛んでみたいという気持ちが生まれたが、ビアンカはまだ禁止した。


「百回やって、百回ともグリップを蹴れない内はだめ。危ないからね」


 厳しいなと思いつつも、ビアンカが自分達の安全を優先してるのをユズキは分かっていた。それに先ほどの彼女の表情を思い出すと何も言えない、意外と思うのは失礼だが優しい女の子なのだろう。


 しばらく壁蹴り練習をしていると、奥の階段で仕事をしていた桜井教諭がネットブックを閉じて立ち上がる。そろそろお終いにしろとのこと、時計を見ると既に時刻は六時を半分も超えていた。結局この日は壁を蹴るだけで練習は終わった。


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