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第三話

 トリッカーの専門店に向かう電車の中でビアンカは、初心者二人にスカイウェイブ・コンバットの個人指導をしていた。桜井教諭に教えられた店は隣街にあったので、電車に慣れてないソフィアの学習を兼ねての団体行動だ。


「ミナユキ、お前体重いくつだ?」


「九十」


「レスラーかよ」


 ビアンカの言う通り、ミナユキはレスラーみたいな体格をしている。BMIの数値で見ればただの太い男だが、彼の腹筋は割れている。肩も太モモも筋肉で膨れあがっているのをユズキは銭湯で確認している。おまけにプロレスが大好きとくれば、レスラー扱いされて奴も内心喜んでいるだろう。


「やっぱり重いとダメなの?」


 先ほどの話にもあったが、軽い方が有利なスポーツのようで、身長もあって筋肉質のミナユキは選手としてどう扱われるのかユズキは気になった。


「駄目ってことはないけど、戦い方が限定されることが多い」


 悩むように考えながら、ビアンカは説明を始める。


「だから……筋力的に地上だったら、そこそこイケると思う。問題は空中だな」


 トリッカーは「グリップ」と呼ばれる踵の特殊ゴムを使って、壁を蹴ってジャンプすることが出来る。ビアンカのいう空中というのはその動作を指しているのだろう。


 グリップを使ったジャンプは体重が軽ければ軽いほど機敏に行え、スピードも出るし負荷も軽い。身長百七十五、体重九十のミナユキは不利な部類に入る。


 これが例えば「ゼロヨン」と言われる単純な地上でのスピード勝負であれば、ミナユキは優秀な選手かもしれない。ただ、スカイウェイブ・コンバットの要は地上でのスピードではないのだ。


「ミナユキはサスペンション強いのしか選べないな、こりゃ」


「そんなのあんのか」


「うん。あ、ついたみたい」


 目的駅に電車がついたので、ビアンカは歩きながら初心者二人に愛のレッスンをすることにした。


 トリッカーはスケートブーツと違い、ブレードの踵に「グリップ」と呼ばれる強化ゴム製のブレーキがある。


 グリップの使用方法は二つ。地上を走ってる時に止まる動作を行うブレーキの役割と、壁に飛んでグリップの部分で蹴って跳躍する役割だ。そして後者の役割はその名の通りグリップと総称され、戦いにおいて重要なものとされている。


 グリップの内部には「サスペンション」と呼ばれる大きな強化スプリングが内蔵されており、壁にグリップした際の衝撃でサスペンションが跳ね、大きな跳躍を可能としている。


「バネで飛んでたんだ」


 テレビで見る試合のプロの選手は、てっきり足の筋肉で壁を蹴ってたとばかり思っていたユズキ。それはミナユキも同様だったようで、感心の表情を見せた。


「ビアンカちゃんの足をみなさいよ、こんな綺麗な足で自力で蹴れるわけないじゃん」


 得意気にビアンカは足を見せた。確かに筋肉が重要な競技なら、必ずしも女性よりのものとなる事は有り得ない。


「ソフィアは何使ってたの?」


 隣を静かに歩くソフィアに話を振るが、喋れないことを思い出したビアンカは一つ一つ聞いてみる。


「フルボディ?」


 ソフィアは首を横に振る。


「なわけないね。ミディアム?」


 またも首を横に振る。


「ということは、ライトか」


 イエスという意思表明か、彼女は静かに頷いた。


「フルボディ、ミディアム、ライト?」


「そう、ブーツには種類があってね」


 ユズキの問いにビアンカは三度目のレクチャーを始める。


 トリッカーには重量級であるフルボディ、中量級のミディアムボディ、軽量級のライトボディの三種類がある。


 違いは単純に本体重量とサスペンションのパワーであり、フルボディはパワーがあるが重い。ライトボディは軽いがパワーがない、ミディアムボディはその中間である。


「ミナユキはフルボディを使ってもらうか」


 ライトボディのサスペンションは細く非力で、体重のある男性では跳躍距離が伸びないとかもしれない。


「そうなると、オレみたいな重いやつはトリッカーの選択肢が狭まるってことか」


 軽いやつは軽いもの、重いやつは重いものかとミナユキは問う。


「そんな感じかな、まぁ戦い方で決めてるみたいだけどね」


 体重のある人がライトボディを使うことはまず無いが、体重五十キロ未満の人がフルボディを使うことは戦略的に十分ありうる話だとビアンカは説明した。


 気が付けば桜井教諭のお勧めしていた店の前まで到着していた。


 駅から降りて徒歩十分強、都道沿いにあるそれはコンビニ程度の広さだった。日本の店は小奇麗なんだね、とビアンカは妙に感心していた。


 中に入ると壁に沿うようにトリッカーの展示。奥にはガンとプロテクターの売り場がひっそりとあったが、どちらかというとトリッカーの品ぞろえに力を入れている店のようだった。


「プロテクターとガンはレギュで決まってるからね」


 トリッカーは安全規格に則ったものならある程度何を使おうと自由だが、ガンやプロテクターなどの道具は勝敗を左右する為、レギュレーションで決まったものとなっている。ほぼほぼ選択肢というものは無いと言っていい。


「ビアンカちゃん、僕はどうすれば?」


「せっかくだから、お揃いにしよー」


 そう言ってビアンカは、ユズキを反対側の棚へと案内する。すごい量の陳列を一つ一つ見回してみると、どうやらこの一画はイタリア製のものらしい。赤や黄色といった派手な色のモデルが多いのは、国民性なのだろうかとユズキは思った。


「やっぱビアンカちゃんは、イタリアのブーツがいいの?」


「まーねー、他の国のは地味だから」


 ブーツを作っているブランドで有名なのはスコットランド、イタリア、日本あたり。米国のものも有名なのだが、女性用でも日本人の男性のサイズとなるので他国で見かけることは稀である。


「だから欧州でもスコットランドかイタリア、もしくは日本のブランドが中心なんだよね」


 ブランドの説明をしながら、ビアンカは棚を食い入るように見ていく。どれにしようか悩むというよりも、何かを探しているようだった。


「あ、こっちにあった」


 レジ側の棚の方にビアンカは手を伸ばす、彼女が手にしたブーツは赤くてポップなデザインだった。車やバイクが赤が好まれる国だから、ビアンカも赤を選ぶだろうとユズキは少し予想していたが、思ったよりどぎつい色のものでなくて安心する。


「CMPR社の最新モデル、スプモーニ・テルツォ!」


 これ本国に居た時から狙ってたんだ、ビアンカは無邪気に微笑んだ。


 あの国だから高価なんだろうなとお値段を見ると、他のものより少し上なくらいでユズキは少し驚く。


「ほら、赤くて高くてカッコ良くて壊れやすいってイメージがあったからね」


「それは否定しないんだけど」


 さすがのビアンカも、これには苦笑いするしかない。


「ただ、自動車やバイクと違ってトリッカーは全てのパーツの規格が統一されてるから、日本製のパーツ使って直すことが出来るの」


「それは便利だね」


「まぁ、それやると売るときに査定がだだ下がるんだけどね」


 始める前からそんなことを気にしていても仕方ないと、ビアンカは微笑んだ。


 ユズキも折角だからと、ビアンカと同じモデルにさせられたが、流石に色まではお揃いにしなかった。ビアンカが赤で、ユズキが黄色。


 自分達のトリッカーが決まったビアンカとユズキは、二人を探しにライトボディのコーナーへと足を戻した。するとソフィアが純白の綺麗なブーツに、子供のような顔で見惚れていた。


「やっぱりライトにするの?」


 何気なく近づいたビアンカの問いに、ソフィアは小さく頷いた。


「というか、僕らはミディアムで良かったの?」


 と、ユズキ。初心者なので、いまいち方便が分からない。


「ライトボディだと、シビアな動きが要求されるんだよ」


 ビアンカやソフィアのように身体が小さく軽い人は、グリップを使った壁蹴りの多様性が重要視される。ライトボディは軽くて素早いが、パワーが無いので瞬時の判断が求められるとのこと。


「それでソフィアはどれにするの?」


 ソフィアは目の前の白いブーツを手に取った。肌の白いソフィアにピッタリの綺麗な色で、光の加減ではパールのような輝きを見せる。


「日本製ね、いいんじゃない」


 ライトボディは軽いが故に耐久性が低い、ブランドによっては故障の多いものがある。


「というよりライトに限っては、日本以外の国は脆いって言っても過言じゃないね」


 出身の自分が言うのも嫌なんだけど、自国トリッカーブランドのライトボディの故障率の高さは世界トップクラスだ、とビアンカは苦い顔をした。事情をよく知らないユズキも、なんとなく同意せざるを得なかった。


「さて、残りは筋肉馬鹿だな」


 三人がフルボディのコーナーへと向かうと、ミナユキが二つの箱を持って難しい顔をしていた。二つに絞った候補を天秤にかけているようだった。


「フルボディなんてどれも大して変わんねーんだから、適当でいいんだよ」


 ビアンカがミナユキに声を掛ける。どうやら、日本ブランドのものとスコット・ブランドものでお悩みとのこと。


「じゃあ、スコットにしろ」


 そうビアンカは提案した。ミナユキが手にしているスコット・ブランドのスペイ社は、サスペンションのパワーが未成年用でも十分強い。強度は日本ブランドに劣るが、そもそもフルボディは無茶な使い方をしない限りは壊れることはない。スペックの勝る方を選ぶのが定石だ。


「ああ、ただな……。これしか在庫ねーみたいでさ」


 ミナユキがスペイ社のブーツの方の箱を開けて、ビアンカ達に見せた。ビアンカやソフィアの選んだものよりゴツくて大きいが、何より三人が気になったのがそのカラーリング。


「ラ、ライム……グリーン」


 派手な色使いにユズキの顔はひきつる。日本のバイクメーカーにこの色を採用している会社もあるが、なにしろ目を引くカラーリングだ。


「まぁ、あの国だからな。センスは察しろ」


 ビアンカもこれには苦笑いするしかなかった。



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