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第一話


 「スカイウェイブ・コンバット」とは、アイススケートブーツの靴底の刃が四つの車輪となった「トリッカー」と呼ばれるブーツを装着し、スカイウェイブを使った道具で得点を競い合うスポーツである。主にインドアフィールドや屋内駐車場を競技場とし、四人一組のチームで戦うルールが多いスポーツである。


 競技に使用する道具から出るスカイウェイブの光源を用いて、相手の身体に装着されている「ターゲット」に当てた数で得点を競い合う。


 ターゲットはゼッケンに着けるタイプと、プロテクタータイプのものと二種類。試合ルールによって内容は異なるが、公式戦だと両方を装着して戦うルールが多い。


 ゼッケンタイプのものはその名の通り、ゼッケンにセンサーが取り付けられているもの。胸部と背番号に縫い付けられた二ヶ所の布部が、ターゲットと化すシンプルなものとなる。


 両肘、両肩、両膝に着けるプロテクタータイプのものは特殊な機械になっていて、スカイウェイブにセンサーが反応すると「ロック状態」と化してしまい、関節部の可動が不可能となってしまう。


 そして試合時間終了後、残り選手のターゲットの数で勝敗が決まる。


「これがスカイウェイブ・コンバット。通称、SWC」


 桜井教諭は得意げに言ったが、スカイウェイブ・コンバットの教本を片手に朗読しただけである。一試合通してちゃんと見たことはないけれど、ユズキ個人としては何度かテレビでプロのスカイウェイブ・コンバットの試合は見たことがあった。ルールはなんとなくだけど知ってはいたつもりだ。


「というか、さくさん。SWCのルールとか知らないわけないっしょ」


 一緒に話を聞いていた級友の若葉田ミナユキが悪態をついた。彼は桜井教諭に対して敬意を持ちあわせるようなタイプの生き物でないので、こういった態度を平気で取る。


「うるせえ、くたばれ」


 と、桜井教諭は返した。この二人を見ていると教師と生徒というよりも、年齢の離れた兄弟みたいだった。


「ところで桜井せんせ」


 このまま二人で話させるとキリが無さそうだったので、ユズキは本題に戻す質問をした。


「何故、僕らにSWCの話を?」


 今は放課後で、ユズキ達の現在位置は部室棟の空き部屋だった。桜井教諭に呼ばれた二人はここに通され、スカイウェイブ・コンバットの説明をされた。それだけでも謎なのに、大きな疑問が二人にはあった。それが桜井教諭の隣に座っている女の子の姿であった。


 華奢で白くて銀髪の彼女は明らかにこの国の人間では無い、あるいはユズキのように混血か。ただ黙って桜井教諭の話を聞いていたので、言葉は通じるようだった。


「もしかして、そこの女の子に関係でもあんの?」


 ミナユキも口を開いた。彼なんかはユズキより女好きの生物だ、さっきから気になって仕方なかったのだろう。


「おう、関係ある」


 と、桜井教諭は銀髪の彼女の方に手をやった。


「この子はソフィア・レキル。SWCを学びにノルウェーから留学してきた。学年は一年、俺のクラスだ」


 ソフィアと紹介された彼女は、恭しい感じでペコリとこちらに一礼。物腰の柔らかい姿勢に心象を良くしたユズキは、笑顔でそれに応じた。


「オレは若葉田皆由貴、ミナユキ・ワカバダって言った方がいいか。んで・・・」


 そう言って、ミナユキはユズキに振る。


「僕は柚希・シャンベルタン・千葉。こんな見た目だけど二年生、フランス人の母と日本人の父を持つハーフです。よろしく」


 ユズキの身長は百五十ちょいセンチ、高校生どころか小学生にも見えかねない。ソフィアという少女と背丈は多分、そんなに変わらないのかもしれない。


 二人の紹介に再びソフィアはペコリと一礼。先ほどから物静かな彼女の様子に、もしかしてという一つの予測がユズキの頭に浮かぶ。


「あ、ソフィアちゃんって……」


「日本語、分かりはするけど話せはしないってことか」


 言いかけたユズキにミナユキが口を挟む。ユズキとしては言いづらいことだったので、こういう時に出張ってくれるのは彼の役に立つ所だ。


「そういうことだな」と、桜井教諭はせせら笑うように言った。


「だから、ソフィアと一緒に新しくSWC部を立ち上げて欲しいんだ」


「ん?」


 ユズキは今の流れをもう一度、頭の中で反芻した。


 彼女の名前はソフィア・レキル。スカイウェイブ・コンバットを学びに、ノルウェーから留学してきた。彼女は日本語を理解することは出来るが、話すことは出来ない。


 ここまでは大丈夫、問題は次の桜井教諭の台詞だ。


 だから、彼女と一緒にスカイウェイブ・コンバット部を作って欲しい。


 ちょっと、ユズキには意味が理解し難かった。


「え、なんでオレらが?」


 ユズキの代わりにミナユキが真正面から疑問をぶつけてくれた。


 例えばこれがどちらかが、スカイウェイブ・コンバットの経験者なら分かる。しかし、ユズキはトリッカーも履いたことは無いし、ミナユキが競技経験者だという話を聞いたこともない。


 例えばこれがどちらかが、ノルウェー語が話せるというなら話は別だ。しかし、ユズキが話せるのはフランス語と日本語、授業で習っているイングリッシュが少し分かるくらいか。ミナユキは論外。


 すると桜井教諭が二人に向けて満面の笑みを浮かべる。初めて見る彼の笑顔にユズキは何やら薄ら寒いものを感じた。見やればミナユキも同じだったようで、どことなく青ざめていた。


「先生は、お前らの、寮監だ」


 確かに桜井教諭は二人の住まう学生寮の寮監をしていた。ただ、それが何を意味することだかユズキにはピンと来ない。


「寮監はな、ゴミがちゃんと分別されてるかチェックするんだ」


「あっ」


 ミナユキの声が漏れた。心当たりがあったのだろうか、この男は一体何をやらかしたのだろうかとユズキは不安になる。


「バース・ピエール・エール」


 その一言でユズキにも衝撃が走った。バース・ピエール・エールとは、先週末にミナユキと部屋でティーパーティをしたときに使った銘柄だ。やらかしたのは自分もか、ユズキとミナユキは同時にテーブルに激しく突っ伏した。


「なんで、あれの缶がゴミ袋から出てき」


「協力させてください!」


 桜井教諭が言い終わる前に、ミナユキが顔を上げて声を張り上げた。あまり授業中で耳にすることのないタイプのハキハキとした口調だった。


「僕もです」


 ユズキも顔を上げ、決意の表明を見せた。


「よろしい」


 二人の態度に桜井教諭は、非常に満足げな表情を見せた。


「……ただ、三人じゃ同好会ですね」


 部活を作るにあたって必要なのは五人の部員で、今ここに居るのは三人だった。おそらく顧問は桜井教諭で、部室はここの教室であろうから他の条件は整っている。


「ああ、だから助っ人を呼んである」


 そう言って桜井教諭は無煙パイプを口にした。校舎内は禁煙だから、彼が無煙パイプをくわえていることは多々ある。しかし、授業中はどうなのだろうとユズキは思う。


「そもそも、俺がSWC部を立ち上げる気になったのは条件が整ったからだ」


「条件?」


「そう、一つはソフィアの留学。実はな、ソフィアの父親に昔、お世話になったことがあってな。日本に留学の際、SWCを教えてあげるように頼まれたんだ」


 なるほど、とユズキは理解した。担任の先生とはいえ、一人の生徒の為に部活まで面倒を見るというのは余り聞かない。どことなく覚えた違和感が晴れたユズキだった。


「もう一つは俺のクラスに……」


「たのもー!」


 桜井教諭の声を遮る声と共に大きなドアの開ける音、いきなりの出来事に全員の視線が入り口へと向いた。


 視線の先には金髪の女の子が居た。ユズキと同じような青い瞳で、ソフィアと同じくらい華奢な女の子だった。見かけない顔だったので、どうやら彼女も新入生だろうとユズキは思った。どうやら、今年は留学生が多いようだ。


「来たなアンティーニ」


「そりゃ、カワイイ女の子が居ると聴いて、黙っていられるビアンカちゃんじゃないよ!」


 すると、金髪の彼女はユズキと目が合うなり、ずんずんと笑顔で近づいてきた。


「この子だね! かっわいー!」


 そう言って、彼女は飛び込むようにユズキに抱き着いてきた。椅子から転げ落ちたユズキは、完全に彼女に覆いかぶされる形となる。


「え、え?」


 頭が真っ白のユズキとは裏腹に、彼女は嬉しそうにユズキに頬ずりする。


「あたし、こういう子タイプだよー。というか、金髪だね。欧州の子? あたしはイタリアなんだけど、同じだったらうれしーなー」


「おい、アンティーニ」


 桜井教諭が(おそらく)彼女の名前を呼ぶ。


「なんだね、さくさん」


「そいつ、男だ」


 桜井教諭の台詞に驚くように顔を上げる彼女。狼狽する表情で、ユズキをあらゆる箇所をキョロキョロと見回す。


「嘘?」


 すると、あろうことか彼女はユズキの股間に手を当てた。驚愕が続き、ユズキは絶句が止まらない。


「ええええ!」


 ユズキの代わりにミナユキが声を上げた。


「な、なにやってんだ、こいつ!」


 ミナユキの声も意に介さず、彼女はしばらくユズキの股間をポンポンやった後に起き上がり一言。


「男だ!」


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