内気な片想い
サリル・ヒンドスタはどうにかしてアリトラに話しかけようと、店の前をうろついていた。
扉を開けて、ただ話しかければいいだけなのに、何故かもう一歩が踏み出せない。幼い頃からの憧れの少女は、扉の向こうで楽しそうにホットサンドを客に運んでいる。
「………う」
何度か扉に手をかけては引っ込めることを繰り返していた刹那、突然後ろから肩を叩かれた。
「お前、何してるんだ」
「ヒッ!」
サリルは後ろを振り返り、そしてそこで怪訝そうな表情を浮かべている男を見ると溜息をついた。
「な、なんだ。ライツィですか」
「ん?あー、お前サリルか。相変わらず根暗なオーラが満載だな」
何が可笑しいのか笑いながらいうライツィ・ニーベルトに対して、サリルはうんざりとした表情を浮かべた。
良く言えばおおらか、悪く言えばガサツなライツィは、サリルの天敵とも言える存在だった。
商店街のガキ大将。悪戯は日常茶飯事。服を汚す程度なら及第点で、一週間に一度は服を破いて帰ってくるような子供。それがライツィという男であり、大人になった今も根本的には変わっていない。
「誰が根暗ですか」
「お前だよ。アリトラに用事か」
「違います」
「違うなら此処に突っ立ってんなよ」
ライツィは双子とは幼馴染であるが、そのきっかけと言うのも、庭で二人で遊んでいた双子を見かけたライツィが、「キョウダイ?双子?珍しい!」と遊び場に連れて行ってしまったことが発端らしい。双子も昔から人懐っこいものだから、何の抵抗もなく下町の子供達に馴染んでしまった。
この男がいなければ、自分のほうがアリトラと仲良くなれていたかもしれない、とサリルは何度歯噛みしたかわからない。
「おい、サリル。何て顔してるんだお前」
「なんでもありません」
「じゃあどけ」
その途端に脛を蹴り飛ばされて、サリルはその場に転倒した。
勢いあまって店の前の看板まで巻き込んでしまい、その音に気付いたアリトラがドアを開けて顔を出す。
「あ、ライチとサリル。何してるの?」
「邪魔だから蹴り飛ばしたら吹っ飛んだ」
正直が取り柄のライチの台詞に、アリトラは慌ててサリルの傍にしゃがみ込んだ。
「サリル大丈夫?」
「あ、うあ……その」
「ちょっとライチ。サリルはお坊ちゃんなんだから優しくしてあげなよ」
「軽く蹴っただけで転ぶほうが悪いだろ。良家ってのは下々の者に代わって戦うから強くないといけないって、昔習ったぞ」
「それは武人の家系だよ。サリルがそんなこと出来るわけないじゃない。リコリーより運動神経悪いんだよ。立ってるのが奇跡」
「そ、そこまで運動神経は悪くないつもりですが」
「あ、ほらぁ。擦りむいてる」
アリトラは無造作にサリルの腕を持ち上げた。
看板に擦ったのか、赤い線がそこに浮かび上がっていた。無論それは半分ほど、サリルの緊張と興奮によるものだが、アリトラはそんなことは知る由もない。
アリトラはいつも持ち歩いている小さな軟膏を取り出すと、それをサリルの手に塗った。
「あとはライチに治してもらって」
「なんで俺が」
「ライチ、治癒魔法は得意じゃない。あ、それ注文してたチーズ?もらうね」
ライツィの手から包みを受け取ったアリトラは「じゃあねー」と手を振って店に戻って行った。
取り残されたサリルは未だに高鳴る胸を抑えていたが、その視界に急にライツィが割り込む。
「よかったな、アリトラに会えて」
「べ、別に私は」
「まぁこのぐらい放置してても治るけど、アリトラ怒らせると怖いからな」
サリルが胸の前で組んでいた手を、乱暴に掴んで引きはがしたライツィは、反対側の手で自分の精霊瓶に手を添える。
「あ、ま、待ってくださ……」
「治れ」
短い詠唱の後、軟膏の下の赤い擦り傷は完全に塞がった。
呆然としているサリルの手を解放すると、ライツィは立ち上がる。
「よし、次の配達先行かないと。じゃあな、サリル。もう少し踏ん張れるようになれよー」
笑いながら去って行ったライツィを、サリルは座り込んだまま睨み付けていた。
しかし何に苛立っているのかを口に出せないあたりが、現状を生み出しているとも言える。小さい時分から素直にアリトラと遊んだり、素直に下町の子供達の誘いに乗ったり、素直に素直にしていれば、こうして床で嘆くこともなかったに違いない。
「あのガサツ男……!」
「サリル、どうしたの。こんなところに座り込んで」
入れ違いに現れたリコリーが声をかけると、サリルは決死の表情でその服の裾を掴んで叫んだ。
「リコリー!今すぐ彼と幼馴染だった記憶を消して下さい!」
「だ、誰のこと……?」
END




