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悪遮羅剣劇帖  作者: 狛脊令
第一章
9/12

祇怨閣の決闘・其の一

カレー粉まく輩のせいで、赤坂離宮の受付でミネラルウォーターと緑茶を飲むことに。

 一柳群には大里逗家所有のチューダー様式の洋風の別館がある。

 来賓用の大広間で盛大なパーティーが催されていた。

 「初お嬢様、おめでとうございます!」

 「悪遮羅姫襲名、心よりお祝い申し上げます!」

 大いに盛り上がる中、主賓席の初は醒めた顔で祝いの言葉を聞き流す。

 この一時間だけで何度おめでとうと言われたことか。正月でもここまで言うまい。

 左に二歩下がった位置に控える忠太も複雑な表情を浮かべている。


 「ありがとう。宝剣を取り戻せたのも皆の協力があってこそです」

 愛想笑いが苦手な娘に代わって、米留が礼を言う。

 「お手柄ですよ初、これで本家の面目も保てます」

 「実力で勝ったわけじゃないのよ」

 よくここまで上機嫌になれるものだ。我が母ながら嫌気がさす。

 「策を用いるのも立派な兵法ですよ。伊良に色じかけを命じたのはあなたでなくて?」

 「確かにあたしだけど……こんなんじゃなかったのよ」


 そう、自分は勝った。ズルをして。

 富嶽の忠太への関心につけ込んで。片岡安珠を批判しておきながら。

 痺れ薬と幻術で、前後不覚にまで陥った富嶽を打ち取った時、初は悟った。自分が望む勝利はこんなものではなかったはずだ、と。

 「お母様、やっぱり――」

 継承は延期しようと言いかけた時だ。狼狽しきった使用人が駆け込んできて、夫人に何事かを耳元でささやいた。

 「富嶽が山から下りてきたですって⁉」

 大声に酒宴の列席者らの酔いもいっぺんで吹き飛ばされた。


 「そうこなくっちゃ!」

 初だけが目を輝かせた。

 「どう対処しているの?」

 「手練れを数人迎撃に向かわせましたが……」

 そう聞いた一族の動きは速かった。誰もがせわしなく動いて戦支度を始める。

 初も忠太を振り返って立ち上がった。

 「あたしたちも行くわよ!」

 「……はい」


─────────────────────────────


 「怪我を厭うならお通しを!」

 樫の大剣を振るって富嶽は山道を突き進む。末家の娘ふぜいに悪遮羅姫の座を明け渡すまいと立ちふさがる門弟たちを切り散らかして。

 もちろん本当に斬り殺しているわけではなく峰打ち止まりだ。

 後に続く五一も残像を生み出す敏速さで攪乱する。


 「この人間ゴリラ! 今日という今日は血反吐はかせてやるわよ!」

 妻木と桜井を一太刀で倒すと、両腕に鉄の爪を装着した片岡安珠が、忿怒に燃えた目で真上から襲いかかってきた。

 「失せーい!」

 まともに相手をするのも刀の穢れ、木剣のフルスイングで夕空に瞬き始めた星の仲間に加えてやる。


 敵の数は道を埋め尽くすかと思えたが、無明の時から帰還した勇婦を止める術などあるはずもなく、ブルドーザーに押し分けられる土砂も同然であった。

 『悪遮羅大明神』の額縁をいただく石造りの鳥居が見えてきたところで数本の筒を束ねた物が飛んできた。火花が散っている。

 「富嶽さん伏せ――」

 伏せるなど論外、とっさに五一を体の下に敷いた。

 爆風をやり過ごすと、煙の中から立ち上がる。着物が焦げた程度でダメージなど軽微なものなのは一目瞭然。


 「発破まで使うとは……」

 額に種子キリークが浮かぶ。いよいよ富嶽も本気で怒った。

 「私になら相当無茶をしても許すが、他人を巻き込む手段は許せん!」

 「わあっ……!」

 怯えて逃げ散った連中を追いかけ回し、頭に一発くらわせてのばしていく。最後の一人をやっつけた頃には、百人を超す本家の配下が参道に身を横たえた。

 篝火が焚かれる境内に足を踏み入れる。木製の新垣に囲まれた本殿と、神楽舞台でもある拝殿があるばかりで、初も忠太の姿もなかった。


 門弟の一人を締め上げると祇怨閣にいると言う。

 「昨日から中道剣を持ったままなのでしょうか初さん」

 「旧図書館から引きあげたときはずっと持ってたけど……」

 「それはまずい。まずいですよ」

 「どうまずいの?」 

 「中道剣は誅道剣とも呼ばれていたのですが……道々解説しましょう」


 祇怨閣とは、悪遮羅の首が落ちた場所に建てられた供養塔である。

 過去四度火災で消失、現在のものは昭和6年築の鉄筋コンクリート造りの五階建て。二階の石垣の上に三重塔を乗せた構造で、銅葺きの流れ屋根には突端で翼を広げた鶴の山鉾がそそり立つ。

 「ほっといたら、お嬢も人を斬って回るのか⁉ そりゃ大変だ!」

 「あれを持って変わらないのは私ぐらいでしょうね」

 鋼製の扉を開けて内部へ突入する。階段の壁や天井には、敦煌壁画を参考にしたとされる仏法説話から題材を取った絵が描かれている。

 釈迦の誕生と入滅、七色の毛皮の鹿の話、自身を虎に食わせた行者の話。時間があれば、ひとつひとつゆっくり見て解説でもしてやりたいが、今は極彩色の仏画に見とれている余裕はない。


 一気に五階まで駆け抜けるつもりが四階でストップがかかる。

 「通しません、通しませんよ富嶽」

 般若も裸足で逃げ出しそうな悪相の米留夫人が薙刀で階段を叩いた。

 「今は奥様の相手をしている時じゃないんです」

 「ここは僕が、富嶽さんはお嬢と忠太のところへ」

 五一が何有槍を突き出す。米留がさっとかわした隙間を巨躯がすり抜けてゆく。

 「ありがとう五一くん」

 「待ちなさい富嶽!」


 一人最上階にたどり着いた富嶽は、異様な空間に眉をひそめた。

 外部から想像できる以上に広い部屋には、ずらりと並ぶ奇妙な動物の石像。

 等間隔で置かれた膝の高さの石柱に、ワニのような顔をした獅子や、翼の生えた象など、どこか愛嬌のある怪獣たちが座し、頭に火のついた蝋燭を乗せている。


 「来たわね富嶽」

 怪獣像の間に立つのは幽鬼。いや、純白の道着姿の少女。

 「……初さん?」

 富嶽は寒気を覚えた。相手のただならぬ殺気、あるいは妖気に。

 両目が灯す赤い輝きは鬼女アシャラと同じだ。和館の庭で米留夫人が錯乱した時の目とも似ている。やはり中道剣に込められた呪怨が持つ者を狂気に駆り立てるのか。

 そして、妖気を放つ者がもう一人。


 「忠太くん……」

 初と同じく白装束に身を包んだ忠太も帯刀していた。

 彼の後ろに立てかけられた厨子を見る。〝試し斬り〟の儀式前日、ほんの十日ばかり前まで、技芸天と毘首羯磨が描かれた蓋の奥で中道剣は静かに眠りについていたのだ。

 「悪遮羅姫の称号はお譲りしてもいい。だが、その剣は手放すべきです」

 「呪われた剣なんでしょ? 忠太から聞いたわ」

 「知っていてどうして……一の姫の末路も聞いたのでしょう」

 「呪いの力を借りなきゃいけないほど、あんたの実力を認めてるってことよ。あたしが中道剣に支配される前に奪い取れるかの勝負よ」

 「これで水に流してくれると約束してくださるなら」

 「当然よ。これ以上、お母様がグダグダ言うなら親子の縁を切ってやるわ」

 「さすがです」

 木剣を床に置き、腰の脇差に手をかける。

 魔性の武器を手にした宗家令嬢、助太刀もいるなら相手にとって不足なし、そう考え抜刀して正眼に構えた直後、信じられぬことが起きた。

 いきなり忠太が初の手から中道剣を奪い取ったのだ。


 「何をするのよ⁉」

 初を蹴り倒し、両眼の赤い輝きが忠太に移行する。

 「親友同士で戦うなどあってはなりません。私も五一を相手に殺し合いなどできない」感情を殺した口調で少年はつぶやく。

 「どちらが倒れても悪遮羅流にとって大きな損失です。私にお任せを」

 四尺の直刀を小さな体でかざした。

 そういうことか――富嶽は少年の覚悟を解した。

 自分にも初にも傷ついてほしくない、親友同士で共倒れになってほしくない、すべての汚れ役を引き受けようというのだ。


 「いい気なものだ……」

 最も片山富嶽という女を傷つけることであると知ってか知らずか。

 「あなたには教育が必要ですな」

 健気だが愚か、それが富嶽の出した結論。

 「もっと私が頼むに足る人間だと信じさせる教育が!」

 富嶽は猛然と踏み込んだ。

 刃と刃が噛み合い、青い火花が散った。



挿絵(By みてみん)

奇特にもお読みいただいてる方、話自体はすでに完成しているのに、私事にかまけて更新が遅いことをお詫びいたします。


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