第8話 『轢っ殺大魔王』
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッッッッッッ!!!」
真千代は、走っている。力強くかつ早く、己の限界に挑戦するかの如く、走る、走る、走る--!!
「ぉぉぉぉぉッッッと水分補給ッッッ!!!!」
特に汗も掻いていないが、持ってきた特大のペットボトルに入った水で水分補給をする。
運動の時はこまめに水分補給、幼馴染家のおじさんによく言われたことだ。
「ぬッッッ!!!げほッッッ!!ごほッッッ!!」
勢いよく飲みすぎたため、水でむせてしまった。
真千代は苦しさに、思わず己の胸をドン、と叩く--
瞬間、世界が白に染まった。
「ぬッッッ!?なんだッッッ!?」
「はぁ……今度は自害とは違うみたいね……」
コツコツと足音を立てて、誰かが歩いてくる--ソワレだ。
「ソワレッッッ!!久しいな、どうしたッッッ!!!!」
「真千代君、さっきむせて胸を叩いたでしょ?それで呼び出されたわけ」
「そッッッ、そんな些細なことでかッッッ!?」
「大分デリケートなのよ、このシステム……まぁこうでもしないと私の出番少ないし」
なんと、それではむせた時軽々と叩けないではないか。
真千代はむせてしまう軟弱な己の体を呪った。
「呼び出してスマンッッッ!!!!ではすぐ戻してくれッッッ」
「あー、その前に真千代君、ちょっといいかな?」
「なんだ!?今俺は星一周マラソンの真っ最中なのだ!!!」
「ほ、星一周……そ、それどころじゃなくてね!アンファンスが今ヤバイことになってるの!」
「何ィッッッ!?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「魔王……か、その冗談は笑えんぞ小娘。 これから先は披露せんが吉だ……現にたった今、我の気を著しく損ねた」
「フン! 生憎、母上が真実しか言えん利口な口に産んでくれた故な! 生まれてこの方嘘をついたことは一度もない!」
……どっちも我口調で、とても紛らわしい。
少し冷静になってきたユウイチは、心の中でツッコんだ。
--そういえば、コフィンも魔王だったのだ。
上位の魔法は使えないし、詠唱は無駄に長ったらしいが、魔力はとてつもなく高い。この状況を、もしかしたら何とかしてくれるかもしれない。
--完全に他人任せ思考になる自分に嫌悪感を抱きながらも、ユウイチは二人のやり取りを目と耳に焼き付ける。
アルバーは明らかな不快を露わにし、コフィンを睨みつけている。
「……ともかく貴様如きが名乗っていい魔王の座ではないわ。 しかしその力を認め、今なら聞かなんだことにしてやろう……荷物を纏めてこの街から出て行くがいい」
「フン! どの口が言っている」
「……何?」
「魔王とは、常に余裕を持ち、なおかつ冷静であり、常に笑みを浮かべ王座に腰掛け、世界を見据える王の中の王!! 貴様のように感情剥き出し怒り任せで、魔王らしいのは見てくれだけのクレイジー器リトル背丈ジャイアントに魔王を語る資格など断じて無い! 」
「----」
アルバーの眉間に、より深い皺が刻まれる。
直後、手のひらからバレーボール大の炎の球体を作りあげた。
「-- 大灼熱魔法」
そしてその球体を、コフィンに向かって投げつけた。
--マズイ!コフィンは確かあのレベル……中級の魔法を放てない--!
ユウイチが戦慄し、コフィンの方を見ると--、
「やはり、矮小……堪えることもまともに出来んときた 」
コフィンの周りに、先程アルバーが披露したような、無数の炎の球体が集っていた。
「 灼熱魔法!!」
コフィンの合図と共に、無数の小さな炎が、アルバーの放った炎を襲う。
「ぬ……!」
直後、炎を中心に激しく爆発が起こり、あたりを熱風で蹂躙する。
アルバーは羽織っているマントで顔を覆い、熱風から身を守った。
「ほう、これは……」
「クックック、どうだ驚いたか? 驚いたな!? 」
コフィンが胸の前で腕を組み、「してやったり」といった笑みを浮かべた。
「中級魔法を下級魔法の嵐で掻き消すとは……成程、並大抵の使い手では到底できぬ所業……」
「本当は詠唱してやってもよいのだがな! 貴様如きに使ってやるほど安くはないのだ!」
余裕、といった感じで、コフィンがアルバーを挑発する。
「面白い……その挑発、あえて乗ってやるとしようか……」
そう言ってアルバーが、先刻と同じく、自分の周りに無数の炎の球体…… 灼熱魔法を展開する。
「フハハハハ!!!! いいぞ私を興じさせろクロウリアの魔王よ!」
コフィンも同じく、もう一度無数の 灼熱魔法を精製した。
刹那--両者、それを同時に放った。
ズドォォォォォン!!!!!
激しい爆音と共に、熱風がアンファンスの街を包んだ。
「ぐぅっ……!」
「うわぁぁぁっ!! や、やべぇ……!」
「な、なんて戦いだ……!体が吹き飛んじまうぞ……!」
目を開けていられないほどの熱風が、アンファンスの街を襲う。
中には吹き飛びかけている人も居り、なんとか付近の家屋にしがみついて耐えている様子が見受けられた。
「フハハハハ!!!! どうしたどうしたクロウリアの魔王! その程度かぁ!?」
「……………………」
--十数分にも渡る、 灼熱魔法の撃ち合い。その数は、おおよそ数千を超えているだろう。
先に尽きたのは--アルバーだった。
「っ……」
アルバーの周りに次々と展開されていた 灼熱魔法のペースが、ガクンと落ちている。
「ここがガラ空きだぞ?」
そしてその隙を、コフィンは見逃さない。すかさずコフィンは、アルバーの懐に潜り込んだ。
「……! しまっ……」
「我の勝ちだ……! 氷塊魔法!!」
コフィンの言葉と共に、コフィンの手に冷気が集まり--やがてそれが氷塊を形作る。
その氷塊が、アルバーの腹を貫いた。
「ぐぉぉおぉぉぉっ!!!!」
アルバーが、苦痛に声と表情を歪める。
氷塊の突き刺さった腹を抑え、地面に膝をついた。
「お、おい……やった、のか……?」
「は、はは……すげぇ! 魔王名乗るチビッ子がやったぞ!」
「すげぇぜ魔王っ娘! ごっこ遊びじゃなかったんだな!」
街の人々が、多少の子供扱いもあるとはいえ、コフィンを賞賛する。
「フハハハハ、まぁ慌てるな大衆共……仮にも魔王、この程度で終わるはずはないからな、止めをさしておくとするか」
うずくまるアルバーに手を向け、再びコフィンの手に冷気が集っていく。
沸き上がる大衆、もはや確定した勝利への安堵。
--その内いずれの感情も、ユウイチの中には無かった。
何かがおかしい。不意を突かれたとはいえ、魔王ともあろうものが下級魔法であそこまでダメージを受けるはずが……
そこまで考えて、ユウイチが身を震わせる。アルバーの、邪悪を湛えた笑みが、ユウイチの眼に入ったのだ。
「さぁ終われ、魔王アルバー!」
「貴様が終われ、下等魔族」
「えっ?」
瞬間、
コフィンの頭上に、超巨大な炎球が出現した。
灼熱魔法とも、 大灼熱魔法とすら比にならない、圧倒的な大きさ。
ユウイチは、これを知っていた。
S+魔力適正を持つ、ユウイチですら、熟練が足りず未だ使えない、対軍レベルの上級魔法--!
「コフィン!! 避けろぉぉぉぉぉ!!!」
「-- 最大灼熱魔法」
ズドォォォォォォォン、と巨大な音と共に火球が落ち--コフィンを包み込んだ。
「こ……コフィィィィィィン!!!!」
「うぁー! あちち! あちちちち! 不意打ちとは卑怯な!」
「生きてるーーーーー!」
炎の中から、少し焦げてはいるが、形を保ったままコフィンが出てきた。
髪の毛は漫画でよく見るようなチリヂリのパーマに成り果てていたが、服は大丈夫だった。
「今のを耐えるか……『下等魔族』は訂正してやろう」
「ふん! 女神から賜った《魔封じの衣》が無ければ死んでいたぞ……!」
どうやらコフィンが転生時に女神から貰ったものらしい。
その防御力は、今見たとおりの折り紙付きのようだ。
「だかしかし、何より不愉快なのは--アルバー!! 貴様、全くのノーダメージだな!」
ハッとしてユウイチがアルバーを見る。
すると、さっき氷塊に貫かれたはずの傷は、綺麗さっぱり無くなっていた--いや、まるで元から無かったかのように消えていた。
「ダメージを受けた演技とはいやらしいジジイめ……! 」
「ふん、ノーダメージは貴様も同じことだろう?魔王ともあろうものがあの程度でダメージを受けるはずがない、そうよなぁ? 」
「……ここまで不愉快なやつは勇者クレイドル除いて貴様が初めてだ! 」
「ククク……そして、魔王を名乗る癖に小娘貴様、『魔眼』を持っとらんとはな……それ、見ろ」
言って、アルバーが髪をかきあげる。
その額にはなんと、3つ目の眼が存在していたのだ。
「この『魔眼』を通して見た者は、我に一切の攻撃を通せなくなる--貴様の攻撃は、完全無意味だということだ」
「 氷塊魔法!!」
ザクッと、コフィンが再び氷塊を精製して、『魔眼』とやらに突き刺した。
「人の話を聞け小娘!」
「煩い! 弱点を話すほうが阿呆なのだ! 我は悪くない!」
「ふん……見ている限りは通じんと言っておるだろう」
「なっ……!」
しかし、その攻撃でも『魔眼』には傷一つ負わせられていなかった。
どうやら『魔眼』自体への直接攻撃すら無効らしい。
「では小娘……そろそろ終わりにしてやろう」
「何度やっても同じだ! 我に魔法はあまり通用せ……………ん…………」
言いかけて、コフィンは絶句すふ。
アルバーが再び、先程と同じく無数の炎の球体を作り出したのだ。
--数は変わらず無数、大きさを何十倍にも変えて。
「む、無数の…… 最大灼熱魔法だと……」
「戯れにしては中々だったぞコフィンとやら……だが惜しかったな、貴様がいかに強かろうと、こちらは存在の『次元』が違うのだ」
「あ、ぁぁ……」
この光景には、流石の自信も喪失してしまったのだろう。
コフィンの目から光が消え、恐怖で体が震えだした。
「余興、ご苦労だったな……せめてもの褒美、華々しい葬式をくれてやろう……」
「くっ……お、おのれぇっ……!」
準備が整った。
アルバーが腕を前に突き出し、滅びの言葉を口にする。
「《モザエ--》」
瞬間、
「う……うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
--ザクッ……
「ぐ、ふぅ……!?」
その痛みにアルバーは、今度こそ演技ではない、本物の苦悶を口にした。
それと同時に、宙に浮かぶ無数の 最大灼熱魔法が消滅する。
--『魔眼』の範囲外、背後からの攻撃。アルバーの胸に刺された剣は--『聖剣』だった。
「き、貴様………!」
アルバーが睨みつけた先。
そこには、『聖剣コールブランド』をアルバーの胸に突き立てた主--ユウイチが、息を切らせて立っていた。
「お、お、俺のせい、なんだ……せめて、せめてこ、これぐらいは……!」
--自分達を守るために戦った、コフィンのため。
ほんの僅か、なけなしの勇気が、ユウイチを突き動かした。
「おのれ……だが心臓一つ潰された程度……! 単なるかすり傷も同然!!」
アルバーが剣を無理やり引っこ抜き、ユウイチを剣ごと乱雑に投げつける。
「うわぁぁぁっ……!!」
「一番乗りで死にたいらしいな、強欲な人間め……! いいだろう、リクエストに応えてやろうではないか……!」
アルバーが掌に 最大灼熱魔法を精製し、ユウイチに--
「 灼熱魔法!!」
「 氷塊魔法!!」
「 放水魔法!!」
「むっ…… 」
放とうとした時、またも背後から奇襲が襲う。
順番に、炎、氷、水といった下級の攻撃魔法の数々。
今度の攻撃の主は、街の冒険者達だった。
「魔王っ娘だけってわけにはいかねぇよな……!」
「ど、どうせ死ぬなら、抵抗してやる!」
「魔王アルバーカアーホマヌケクソボケカスタコハゲ!!」
思い思いの言葉を口にだし、冒険者達がありったけの魔力で魔法を放つ。
コフィンとユウイチの攻撃を皮切りに、怯えていた街の冒険者達が動き出したのだ。
しかし--
「はぁ全く…………うっっっっっっとぉしいぞネズミめらぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「アルバーが、それら全てを怒号だけで掻き消す。
「わぁぁぁぁぁ!!!」
「ひぃぃぃぃバカとか言ってすみませんんんんん!!!!」
アルバーの手がワナワナと震え、今日一番の怒りを露わにする。
「もう許さんぞ虫けらめらぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!よっぽど派手な葬式に拘りたいと見たぁぁぁぁぁぁ!!!」
「あ、ぁぁ……」
「お、終わった……完全に怒らせちまった……」
これが、魔王。
全ての希望を踏みにじる、絶望的な災厄。
人の理を超越した、圧倒的な力。
この時、誰もが生きることを諦めていた--
……………ドドドドドド。
「……………ん? 何か地響きが聞こえねぇか?」
「じ、地震か? 災厄は重なるもんだなぁ……」
皆、そこまで大きく気にすることは無かった。
魔王が怒っているのだ。地響きなど、それに比べれば屁のようなものであった。
--しかし、ユウイチだけが違った。
(こ、これは……まさか……)
--では日課の星一周マラソンに出かけるッッッ……
ユウイチはなぜか、先ほどのやり取りを思い出していた。
(…おいおい、まさか……)
--ドドドドドドドドドドドド。
(あいつ、こんな早くに…!! )
--ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……!
地響きが、どんどん強くなる。
--否、近付いてくる。
やがてそれは極限まで近づき--、
「覚悟しろ人間!!! この街だけでは済まさんぞぉぉぉぉぉ!!!! いっそ貴様ら人類今すぐ根絶やしに……」
「到着ッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!」
「ぐっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?」
--突然、巨大なナニカが、背後からアルバーを轢いた。
その勢いはとてつもなく、アンファンス向こうの山まで吹き飛び--やがて、山ごと崩れ去った。
「「「「「「……えええええええええええええええええええ!?!?!?!?!?」」」」」」
街の人々は、驚愕の叫びをあげる。
何が起きたのか、なぜアルバーは吹き飛ばされたのか。
「お、おい見ろあれ!」
「え?……う、うわぁ!? 怪物!?」
煙が晴れ、中から現れたモノを、冒険者の1人が指差す。
「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅいい汗を掻いたッッッッッッ!!!!!中々楽しめたぞクロウリア一周マラソンッッッ!!!!……それで魔王とやらは何処だ?」
アルバーを吹き飛ばしたナニカ。
それは、つい一時間程前に星一周に出かけたはずの筋肉の塊--
「ま、真千代……!?」
「真千代だがッッッ?」
真千代だった。