第7話 『一方的な憤怒』
「人間共、三度は言わぬぞ……1分数える内に名乗り出よ。 さもなくば……」
アルバーが、指先に小さな炎の球体を精製する。
そして、街近くの山に指先を向け--そこに、炎を放った。
--ズドォォォォォォォン……と、けたたましい爆音が響いた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「きゃあぁぁぁぁぁ!!!!」
アンファンス門前まで衝撃波が届き、街の人々が、耳を抑え体をうずくめる。--やがて爆音が鳴り止み、炎が放たれた山の方を見ると、先程まで存在していたはずの山が跡形も無く消滅していた。
アルバーがニヤリと、邪悪に顔を歪め--、
「貴様ら諸共、この小さき街を煙に変えてやるとしよう」
人々の顔が、一斉に青ざめる。
「ひっ、ひぃぃぃぃぃ!!!!」
「じょ、じょぅ、冗談じゃないわよぉぉぉぉぉ!!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」
街の人々達の叫びやざわめきが、更に大きくなる。
子供や女性は泣き喚き、男達も頭を抱えて絶叫をあげる。
「あ、あ、あぁ……」
またそれは、この騒ぎの発端たるユウイチも例外では無かった。
膝は崩れ落ち地面につき、目元からは涙が流れ落ちている。
その涙は、街の人々を巻き込んだ罪悪感--では無かった。
「お、俺、こ、ころ、殺され……」
順風満帆で、名誉も、女も、何もかもを手に入れた異世界生活。
それが今ここで終わろうとしている事実に、彼は耐え難い恐怖と絶望を感じていた。
「そ、そういえば……昨日『龍殺し』の奴、アンファンスに来てたよな!?」
「ま、まだいるはずだ!! 早く!! 早く探せ!!」
「あっ!! あそこだ!! あそこにいたぞ!!」
「ひっ……!」
そしてついに、ユウイチの恐れていたことが起きた。
ユウイチがここにいるという事実は、昨日のサクラで露見されていたのだった。
「あ、アルバー様! こいつです! この男が黒龍を……」
1人の男が指をユウイチに向けて指を指した--瞬間、その男が炎に包まれた。
「がぁっ……! あぢっ……あづぃぃぃ!!!」
「……人間風情が気安く我の名を呼ぶな…… 蛆にも劣る下等生命の分際でつけあがるでない」
炎を放ったのは、アルバーだった。
憤怒の表情を浮かべ、男を見下すように睨みつける。
理不尽かつ、一方的。残虐さが、より恐怖を引き立てる。
「ま、まずいわ……! 早く回復を……」
アイシャが男に駆け寄り、回復の魔法を唱える。幸い一命はとりとめたらしく、徐々に傷が回復し始めた。
「ほぉ……人間にもマシな治癒の使い手はおったようだな……我が炎の一撃を癒すとは……」
アルバーが顎を撫で、感心したようにアイシャを見つめる。
「……さて、そんなことはどうでもよいとして……貴様か?」
ギロリと、アルバーがその鋭い双眸でユウイチを睨みつける。
ビクッと、ユウイチは震え上がり、首を大きく横に振った。
「ちちち、違う! 違います!! お、おお、俺じゃ……俺はやってない、やってません!! 本と……がはぁっ!!」
瞬間、アルバーがユウイチの腹に蹴りを入れる。
ユウイチの体が大きく吹き飛び、家屋に激突した。ガラガラと音を立てて、家屋があっけなく崩れ去る。
「う……うぅ……」
女神ソワレの加護によって防御力が上がっているユウイチですら、そのダメージは甚大だった。
身にまとった鎧は砕け、腹には蹴られた痕が残っている。
ゆっくりと、アルバーがユウイチに歩み寄る。
「嘘を申すな人間……その程度のことを我が見抜けぬと思うたか? ……その背の聖剣は飾りではあるまい、貴様がやったのだろう? 黒龍を」
「う、ひ、ひぃぃぃ……」
ガクガクと、ユウイチの体が震え上がる。
涙の勢いが更に強まり、恐怖が露骨に浮かび上がる。
アルバーがユウイチに近づき、顔をユウイチの顔面寸前にまで持ってきた。
「あのサイズまで育てるのは苦労したぞ? 初めは小さな龍でな、人間を何千と食わせ、更には1000年の歳月をかけてあのサイズまで育てあげたのだ……。 10メートルを超えた時は感動したぞ? とうとう大台に乗った、こいつもここまで大きくなったとな……それがなんと一瞬だ。 ついこの間少し目を離した隙に、絶命していたのだ。 これには寛大な我も怒ったさ、ああ、怒ったとも……傷を見たところ剣……それも神がかった加護を受けた聖剣クラスのものだと分かった……それ以来血眼になって探し続けたのだ……一週間かかって見つけ出したのだ、貴様を。 分かるか? 貴様の軽率な行いのせいで、我の貴重な一週間、七日、百六十八時間、一万八十分、六十万四千八百秒が無駄になったのだ。 ……醜く、強欲で傲慢で怠惰で矮小かつ無能で無力な人間が我の時間を無駄にしたという事実。 それのなんと腹立たしいことか……! あんちょびー……! 我の可愛いあんちょびーを……! ……聞いているか? え? ……この我に屈辱を味あわせた事について、貴様はどう思っておるのだ?なぁ?おい……」
「はっ……ひぃぃ……」
「……………………答えろこのクズ虫がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
「ひぃぃぃぃぃ!!!!た、た、たいへん……もも、申し訳、な、なく……」
「聞こえんぞ貴様の口はなんのために付いておるのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ひぃぃぃ!!!!!!」
まるで取り付く島も無い。
ユウイチの首根っこを掴み、振り回し、次々とユウイチに罵詈雑言を吐き散らす。
そして、ユウイチを無造作にドサッと路地に放り投げた。
「ユウイチ!」
「ユウイチさん! 」
アイシャとエリザヴェータが、ユウイチの下へ駆け寄り、抱きかかえる。
これで満足したか、と街中の人々が少しの期待を抱くが、直後アルバーが、自らの頭を激しく搔きむしる。
「あぁぁぁぁぁぁぁ腹立たしい腹立たしい腹立たしい腹立たしい腹立たしい腹立たしい腹立たしい腹立たしい!!!!! 腹立たしいことこの上ないぞ人間がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 我をここまで怒らせるというその事実もまた腹立たしいわぁぁぁぁぁ!!!! 例えこの男を引き裂き砕き燃やし凍らし千切り埋め立て消し去り斬り刻んだとしてもこの怒り晴れることは無いであろうなぁぁぁぁぁ!!!!!! …………………………というわけでさらばだ、人間共」
言い終わると、アルバーの周りに無数の球体が現れた。……先程山を吹き飛ばした、あれと同じものが。
「この男の情けなさ、腹立たしいことこの上無かったわ……よってこの街は今日限りで灰化決定だ。 精々苦しんで逝け、愚物共」
アルバーが、死の宣告を言い放つ。
街中の叫び声が今日一番に膨れ上がり、耳が裂けんばかりの絶望で埋め尽くされる。
「や、やめろ!! 死にたくない死にたくない!! アイシャ!!エリザ!! た、助け、助けぇぇぇぇぇ!!!」
「ゆ、ユウイチ……」
「ユウイチさん……」
もはや精神的に壊れかけているユウイチの姿を、哀れむような目で見てから、アイシャとエリザヴェータがあたりを見回す。
街にいる冒険者達に、抵抗の意思は見受けられない。誰も彼も青ざめた顔で震え上がる、または頭を抱え蹲る者ばかりだった。
「あ、あんなのが街中に放たれたらおしまいですわ……! なんとか私の水の魔法で……!」
「や、やめなさいエリザ! 殺されちゃうわよ!」
「どの道お終いなら最後まで抵抗してやりますわ……!」
エリザヴェータが食い止めようと攻撃を仕掛けようとする……が、もう遅かった。
「さぁ逝け、人間共……! 我の手によって散れた事を地獄で存分に誇るがいい!!」
「アルバーが高く、高く笑い、ついに炎を放つ--
瞬間、無数の炎が、跡形もなく消滅した。
否、掻き消された。
「……何?」
アルバーの眉がピクリと動いた。
目を閉じ、覚悟をしていた街の住人達も、何事かと思い目を開く。ユウイチ、アイシャ、エリザヴェータも、今の状況が分かっていなかった。
とっくに死んでいるであろう今、なぜ生きているのか。
--その答えは、1人の声によって証明された。
「クックック……見事な演出だったぞ、クロウリアの魔王よ……おかげで我の登場がより際立った」
大仰な雰囲気を体から剥き出しにして、1人の少女が群衆から歩き出してくる。
しかしそれはただの少女というには少し異質で……頭左右に、二本の大きなツノが生えていた。
「しかしまぁ、先程から聞いていればよくもまぁあそこまでの罵詈雑言を軽々吐けるものだな、人権尊重という言葉を知らんのか? ……器の小さいこと小さいこと 」
「……我の炎を掻き消すとはな……小娘、貴様人間ではないな? 種族と名を聞いてやろう、申せ」
アルバーが怪訝な表情を露わにして、少女に尋ねる。
「その言葉を待っていた」とばかりに、少女がニヤリ……否、ドヤァと笑い--
「『魔王』、コフィン・デア・ブロス」
高々と、畏れなく、己を誇示した。