第6話 『名誉の代償』
「き、今日は散々な目に合った……」
アンファンスにある宿屋の一室のベッドの上で、ユウイチが今日の疲れを思いっきり吐き出す。
何が悲しくて空から降ってきたマッチョの世話をして、その上気合い砲をぶっ放されなければいけなかったのか。
「と、とにかく早く寝よう……」
ユウイチが明らかな疲れを見せながら布団の中に潜る。
と、その時、部屋のドアがコンコン、と鳴った。
「えぇ〜……誰だよもぉ〜〜………」
しぶしぶ立ち上がり、ユウイチが扉を開ける。
「ゆ、ユウイチ……」
「ユウイチさん……」
そこには、顔を紅くしたアイシャとエリザヴェータが、もじもじしながら立っていた。
ユウイチはすぐさま猫を被り、爽やかな青年を装う。
「どうしたんだい?二人とも」
「あ、あのね……眠れないだろうから、一緒に寝てあげてもいいわよ?」
「ちょ、ずるいですわ!ユウイチさんは私と寝るんですのよ!」
「何よ!」
「ハハハ、まぁまぁ喧嘩しないで、二人とも一緒に寝ようよ、ね? 」
「「は、はい……」」
そうだった。
自分にはこのチョロイン二人組がいたのだ。先に惚れさせておいてよかった。
ユウイチはなんとも下衆な思惑を胸に、しかしそれを絶対に表にださず二人を部屋に迎え入れる。
「さ、二人ともおいで」
「ね、寝る前に前世のことについてまたお話聞かせてちょうだい!」
「ああいいよ、いくらでも聞かせてあげる!!」
「私、ユウイチさんとついすたーげぇむというのをやってみたいですわっ」
「ハハハ、それはもう少し夜遅くなってからね」
「プロテインはやはり3本一気飲みに限るなッッッ!!!そうは思わんかユウイチッッッ」
「そうだねプロテうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
ユウイチが大声を出して後ろにひっくり返る。
扉の前に、口にプロテインの瓶を3本一気に咥えた筋肉魔人が立っているのだ。驚かないほうがおかしい。
「いやはやこの世界にもプロテインがあるとはなッッッ、凄まじく助かったぞッッッ!!!……しかし言語も同じなのはどういう理屈なのだッッッ」
「あっ!お前渡した宿泊代でプロテインを……うわぁぁぁぁ入ってくるな部屋に戻れ戻れオィィィィィィ!!!!」
ズンズンズンと、遠慮なく部屋に上がる真千代にドン引きしつつ、ユウイチは真千代の入室を全力拒否する。
「ぬぅ……しかし眠れぬ夜は『こいばな』とやらをするのではないのかッッッ」
「女子か!どこの世界にプロテイン飲みながらする恋バナがあるんだよ!!」
「その世界を今から作ろうというのだッッッ!!!!さぁぁぁこいばなこいばなッッッ!!!!」
「わぁぁぁぁやめろ!!!アイシャ、エリザ助け……いねぇ!!!」
もうすでにチョロイン二人組は部屋に戻ってしまったらしく、扉の前には影も形も無かった。
「では恋バナを始めようッッッッッッ!!!!俺の初恋は5歳の頃ッッッ、ここのあたりの筋肉に恋をしたのだッッッ!!!」
「筋バナじゃねぇかぁぁぁぁぁ!!!!!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「そして俺はこの辺の筋肉に魅入られ……ぬぅ!?もう太陽が昇っているではないかッッッ!?」
「つ、疲れ……」
結局あの後朝まで恋バナ?に付き合わされ、精神、肉体共にユウイチはボロボロになっていた。
これはあれか、今まで日本でニートしてきた罰か。もう少しボランティアとかしてれば、違う未来もあったのだろうか。
ユウイチは浅めに己の今までの行いを後悔していた。
「では俺は日課のマラソンに出かけるッッッ……すまん、地図を持ってるかッッッ!?」
「え……あぁ、ほら、これ」
ユウイチが鞄を弄り、中から世界地図を取り出す。
クロウリアの隅から隅までが載っている精巧地図だ。実に地球の数十倍の広さはあるらしい。
「よしッッッ!!!では日課の星一周マラソンと洒落こんでくるッッッ!!!!また会おうッッッ!!」
そう言って真千代は部屋から出て行き、凄まじい勢いで宿から飛び出していった。
(多分本当にしてくるんだろうなぁ……)
この1日で植え付けられた真千代の絶対的パワーへの信頼を胸に、ユウイチはようやく眠りについた……
『勉強?しなくてもなんとかなるって!大丈夫大丈夫』
『落ちたか…まぁなんとかなるっしょ』
『金もうねぇな……まぁ、そのうちなんとか……』
『なんだよ……なんで上手くいかねぇんだよ……俺は……』
『楽して生きたいだけなのに』
「はぁっ!!」
眠りについて、1時間後。
冷や汗を大量にかきながら、ユウイチは飛び起きた。
「……チッ、嫌な夢を……」
もう帰りたくはない、前世の夢。
ユウイチにとっては、二度と思い出したくないものだった。
その時、
「ユウイチッ!!大変よ!!」
バンッ、とアイシャが部屋の扉を開けてきた。
「なに……どうしたのアイシャ……」
「そ、それが街の門にヤバイ奴が来て……」
「やばい奴……?」
真千代だろうか。
よく見ると、アイシャはもの凄い汗を掻いていた。
その目には深い恐怖が刻み込まれており、今にも泣き出しそうである。
「一体何が……」
「あ、アルバー……」
「……えっ?」
「そいつ、名前を聞いたら、「私はアルバーだ」って……!」
一瞬、ユウイチはまだ夢を見ているのかと思った。
『アルバー』。
その名を聞けばこの世界---『魔導界クロウリア』の人間なら、誰もがたった1人を思い浮かべる。
クロウリアの人類の脳裏に刻み込まれた、恐怖の象徴。
世界に無数の魔物を放ち、幾多の命を蹂躙した災厄の権化。
---『魔王アルバー』。
邪悪の頂の、その名だけなのだから。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
始まりの街、アンファンスの門前。
いつものこの時間なら守衛しか立っていないそこには、この朝だけは様子が違った。
「はぁっ……はぁっ……」
ユウイチがそこに着いた時には、既に街中の人々が集まっていたのだ。
そこにいる人々の目線が集中する先を、ユウイチは寝ぼけ眼を凝らしてじっと見つめる。
--そこには、異形がいた。
2mを優に超える、人間ではまずありえない身長。
老齢らしく、深く皺の刻まれたその顔にはしかし、有無を言わせぬ威厳と荘厳さがありありと映し出されている。
全身を覆うのは巨大かつ漆黒の鎧、背に纏うは烈火の如く紅いマント。存在の異質さを知らしめる、頭に左右一つずつ生えた、大きくうねった紫紺の角。
--そして何よりも、全身から溢れ出す、立っているだけで意識が持っていかれそうになるほどの濃い魔力。
この場にいる誰もが、確信していた。
これは、次元の違うものだと。
「あ、あいつが……」
「……怠惰なる愚物共よ……今一度問おう……」
万物を怯ませるほどの威圧を含み、異形が軽蔑と共に言葉を発した。
「……我が名は『アルバー』……我がこのような小さき虫共の巣窟にわざわざ出向いた理由は他でもない……」
こんな時に呑気だが、とても口が悪い。
(……そうだ、理由……理由があるはずだ、なんで魔王がここに……)
「……この場に、人間という下等な存在でありながら、我が眷属を手にかけた命知らずがいるようだ……よって我が手ずから身の程知らずめらに裁きを下しに来た……」
「なっ……!!」
ユウイチの目が完全に覚め、その顔に驚愕を露にした。
事もあろうに、あの魔王のペットに手を出したなんて。そしてその馬鹿がこの街にいるという事実。
巻き込まれた、そう思いユウイチは舌をうつ。
(昨日のうちに街を出て行けば、巻き込まれなかったのに……!)
散々迷惑をかけられた真千代と、魔王のペットを殺した馬鹿を呪いつつ、ユウイチはボリボリと頭を掻いた。
「……さぁ名乗り出ろ人間……我が眷属を……
『黒龍あんちょびー』を殺した愚かなる人間よ……!!」
瞬間、ユウイチの時が凍りついた。
尋常ではない汗が体から吹き出て、足が子鹿のようにガクガクと震えだす。
街中の人間達も、ザワザワと騒ぎ立てる。まるで、その犯人が誰であるかを知っているように。
--おい、黒龍だってよ--
--あんちょびーってなんだ……?
--ま、まさかそれって……いや、絶対そうだ--
--『龍殺しのユウイチ』……だよな……えれぇ事してくれやがった……!
『黒龍』。
それは先日、ユウイチが退治した、文字通りの漆黒の龍。
理由は単純、『名声のため、凄そうな奴を狩る』。
--『龍殺しのユウイチ』の名と引き換えに彼が失ったものは、計り知れないほど大きいものだった。