第15話「ブルドーザー0泊1日空の旅」
「お、おい見ろよあの娘!!ばりめんこくねえか!?」
「うわマジだ、べらんめえめんこいじゃねえか」
__街の住民たちの注目が、一人の少女に集中していた。物語の世界から飛び出してきたかのような美しい顔立ちに、最高級の絹で編みこまれたかのような艶やかな純白の毛髪。そして、それらから彷彿とさせられる清純なイメージとは真逆の印象を思わせる、左手に持った禍々しいオーラを放つ紫色のオーブ。否が応でも、人目に付く格好だった。__もっとも、注目の大半は、鎧ではなく少女の顔立ちに向けられていたのだが。
(……ジロジロヒソヒソと気疎いったらありゃしないわね、劣等種共が)
一方その注目の的本人は、美貌からはとても想像できないような毒を心の中ではきながら、不快げな表情で、街を歩いていた。少女は手に持ったオーブに視線を移し、それに映し出された、小さな一つの光の点を見つめてにやりと笑う。
(やはりこの街にもいるわ……『転生した魔王』が……この世界の魔王軍連中は中々便利なもんもってるじゃない)
少女の持つオーブの名は『アルバーレフト』。
万象を読み取り、嘘を見破るといわれる、クロウリアの魔王アルバーの左目に由来する、クロウリア中のあらゆる場所への行き方、生物の反応を映し出すことができる魔道具である。別名『プライバシーブレイカー』と呼ばれており、個人情報保護の観点から、帝国政府からは使用禁止の禁断魔道具として指定されているのだが__当然、政府の手が及ばない無法地帯である魔王軍がそんなルールを守るはずもなく、アルバー直属の三魔将は、このオーブによって人間達の勢力を把握、一方的な蹂躙を可能としていた。
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『……で、アルバー様の仇を討つ代わりに、このオーブを貴様に渡せと?』
『ええ、それは私の目的に必要不可欠なものだからね、それくらいはできるでしょ?』
遡ること1か月前、少女は、魔王アルバーを喪い大打撃を受けた魔王軍に乗り込み、このオーブを手に入れるための交渉を持ちかけた。この交渉に目を顰めたのは、三魔将の一人であるバルマスであった。
『……アルバーレフトは我ら三魔将が魔王様より直接賜った信頼の証……それを手にすることの意味は、当然理解しているのだろうな?』
バルマスの苦言に、少女はうんざりといった表情で肩をすくめる。
『しっつこいわねライオンもどき、オーダーは必ず遂行するのが私の主義なの、それを破ることは誓ってしないわ……信頼できないやつもいるから、報酬は前払いだけどね』
『ライオンもどき……』
少女の罵倒交じりの返答に傷つきかけるも、バルマスはこほんと咳払いをし、自らの懐からアルバーレフトを取り出し、手渡した。
『…持っていけ、どうとでもするがいい』
『話がわかって助かるわ』
『ただし貴様が約束を果たせなかったそのときは……わかっているな?』
『安心しなさい、約束は必ず果たしてあげるわ』
(すべての魔王を葬ったあとでね…)
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そして、今に至る。
(転生して間もない存在は種族しかわからないようだけど、相手が魔王ならそれで十分すぎるわね……それにしても)
ふと、少女が気だるげにため息をつく。
(予想以上に骨が折れるわ…ネクロレイブで死んだ魔王はみんなここにきてるらしいけどこれだけ多いなんてね…あの人の依頼はめんどくさいのが多すぎる…)
少女は頭をボリボリと掻いて、再びアルバーレフトへと目を向ける。
(この反応にある魔王を倒しちゃったら少し休むか、幸い期間の指定はされてないし…)
「よし、そうしよう」と少女がつぶやいた、次の瞬間、
「はあっ…はあっ…!」
「うわっ!?」
突然、ドンっ、と、少女の体に物理的な衝撃が走った。
目の前から走ってきた人物が、少女にぶつかってしまったのだ。相当急いでいるのか、その人物は少女にぶつかったことには気づかず、走り去ってしまった。
「ちょっとあんた!詫びの一つも……」
そこまでいいかけたところで、少女は思わず言葉を失った。ぶつかり走り去って行った人物の背中、頭に生える特徴的な二本のツノ、それらに酷く見覚えがあったからだった。
「あれは…コフィン!?なんで……いや、そういやあいつも死んだからここにいるのは当然か…」
少女は「一応確認」とつぶやき、アルバーオーブにあった魔王の反応を指した光を確かめる。
その光は、彼女が『コフィン』と呼んだ人物が走り去って行った方向へと連動して動いていた。
「く、くくっ、あははっ!」
少女は堪え切れず、口から不気味な笑いを零した。
(これはラッキー、今までで一番チョろいやつがきたわ…!一人じゃ中級魔法も使えないような落ちこぼれ、軽く叩いて砕いてくれる…!)
__突然だが、ここでネタばらしをさせてもらう。
この少女、数秒後に不慮の事故で上空30000mにぶっとばされてしまうこととなる。
(でもただ殺すのも味気ないわ…あの子、とてもいい声で鳴いてくれるし、じわじわ嬲ってからでもいいわよね…)
理由は二つある。
まず一つ目。御覧の通り今の彼女は、軽くトリップ状態にはいっており、周りの情報が一切入ってなかった事。
(まず両手両足氷漬けにしちゃおうかしら…それから壊死しちゃうまで目の前でじっっっくりと眺めてあげて、そっからギコギコと序々に切り落として行って…)
故に、背後に迫る「ドドドドドド…」という音や、「おいなんだありゃ!?」「なに突っ立ってんだお譲ちゃん!死ぬぞッ!」などの声に、全く気付けなかったこと。
(そうだわ、それを焼いて食べてみるのも一興よね…散々苦しんでからもいであげた肉はどんな味がするのかしら……そしてそのときの反応も…)
そして二つ目。
少女が突っ立っている場所が、天下の往来ど真ん中で。
そこが、偶然にも、不幸にも。
「ああもう辛抱たまらないわッ!!!もうここから狙っちゃおう!!《最大閃雷__」
「待てコフィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ドシアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!?!?!?」
鬼向 真千代の、進行方向だったこと。
「今なんか轢いたかッッッ!?………気のせいだな、良しッッッ!!!!!!!!!!」
真千代は違和感を覚え後ろを振り向くが、そこに何もないことを確認すると、再び爆進していった。
いないのは当然、なぜならこの時、吹っ飛ばされた少女はすでに、上空30000mで空の旅を楽しんで(?)いたのだから。
__余談だが、この衝撃で少女のアルバーレフトは粉みじんになった挙句、落下した場所が入り組んだ樹海だったため、2週間ほど迷子になってしまうのだが__その詳細が語られることは、多分永遠にないだろう。




