第14話『自立する残像』
「コフィンコフィンコフィン〜……う、うぅ〜…… 」
「おまっ……いいか、げん……離れ…… 」
……衝撃の展開から10分が経過した。
未だにコフィンはクレイドルに強制ホールドを食らっている。コフィンの体力も、そろそろ限界が来ているようだ。
「……ええい!そろそろ終われじれったいッッッ!!! 」
「きゃっ……はっ、私は何を 」
「あぁっ……」
しびれを切らした真千代が、二人をひっぺがす。
明らかに正気を失っていたクレイドルも、やっと正気を取り戻したようだ。
「ご、ごめんなさいつい取り乱して……でも良かったわコフィン、またあんたに会えて…… 」
クレイドルがコフィンに話しかけようとした瞬間、コフィンが思いっきり後ずさる。
「ちょ、興奮しすぎたのは謝るから……! 」
「ふ、ふざけるなよ……クレイドル、貴様よくもまぁ私の前にのこのこと出て来れたものだな……! 」
コフィンが憤怒を露わにして、クレイドルを睨みつける。
とはいえ、この反応は当然だった。
ユウイチと真千代が聞いた話では、クレイドルはコフィン自身の仇。それがいきなり現れて、抱きついて来た。怒らないほうがむしろ不自然である。
「はぁ……? コフィン、あんた何を…… 」
しかし、クレイドルの反応もまた不自然であった。
まるで、何も知らないかのような反応だ。
「……! しらばっくれるのも大概にしろ!! 貴様が私を殺した時のこと、忘れたとは言わせんぞ!! 」
「はぁ!?私があんたを!? 殺したぁ!? 」
(……なんか反応がおかしいなぁ……?)
コフィンの言葉に、クレイドルがとてつもない勢いで驚愕の声を上げる。
とても演技とは思えないその反応に、ユウイチも首を傾げる。
「そっちこそふざけないでよ!なんで私がコフィンを殺さなきゃいけないのよ!! 冗談じゃないわ!!! 」
「嘘をつけ!!貴様はこの私の死に様をその目で見たはずだ!! 」
「知らないわよ!! 風の噂で、コフィンがちょうちょ追いかけてたら崖から落ちて死んだって聞いて…… 」
「いっっっくら私でもそこまでアホじゃないわぁぁぁ!!! 」
どうもコフィンは、このアホみたいな噂に信憑性を持たせる程のアホだったらしい。
「コフィン、いい加減にしなさいよ!? 久しぶりに会えたと思ったら殺人犯呼ばわりなんて……! 」
「ぅぅぅぅ……もうわけがわからん!!! なんなんだもぉぉぉぉ!!!! 」
バン!とコフィンが机を叩き、勢いよく立ち上がる。
「追いかけてくるなよ!!ごちそうさまでした!!!! 」
そして捨て台詞を残し、飯屋の扉を開いて外に出ていった。
どんな時でも食前食後の挨拶は欠かさない、それがコフィンであった。
「ぬぅ、追いかけるぞッッッ!!! 」
「お前話聞いてた!?一人にしてやれって!! 」
全力でコフィンの言葉を無視して追いかけようとする真千代を、ユウイチが引き止める。下手すれば怪我をするのはユウイチなので、体に触れないように。
「生憎だが俺は厄介ごとには首を突っ込まんと気が済まんのだ!!! 」
「一番厄介なのはお前だよ!!! いいから止まれ!!それよりクレイドルさんをなんとかするぞ!! 」
「こふぃん…… 」
わけもわからず、といった感じで、クレイドルが白目を剥いて放心状態になっている。
「ぬぅ……しかしコフィンも放っておけんし……むっ、そうだッッッ!!! 」
「あ? 」
突如、真千代が手を交差させ、腰を据える。そして思いっきり、ダ○ソンも真っ青の勢いで空気を吸引する。
次の瞬間、
「禍ッッッッッッ!!!! 」
ババッ!!!
「成功ッ!!! 」
『成功ッ!!!』
「ぎゃあああああああ!!!!! 」
ユウイチが絶望に満ちたシャウトを発する。それも無理はない。
凄まじい気合と共に、真千代の体からもう一人真千代が現れたのだから。
「そう叫ぶな……超光速で動き、残像を作りだした……ただそれだけのことッ 」
『その通りッッッ!! 』
「いやいや喋ってる!!喋ってるんだけどそいつゥゥゥゥ!? 」
アホみたいに驚いているが、別にユウイチは、真千代が残像を作れることに驚いているわけではない。真千代なら残像くらい作れると、当たり前のように思っていたからだ。
しかしいくらなんでも、残像が自らの意思で喋るのまでは予想していなかった。
「ではここは頼むぞ残像ッッッ 」
『任せろ心臓ッッッ 』
「行ってくるッッッ!!! 」
ドゴォッ!!!!
真千代が真千代(残像)の肩を叩いた後、店のドアをぶち破って外へと駆け出していった。
どうやら真千代は残像にクレイドルを任せ、自分はコフィンを追いかけるつもりで残像を作ったらしい。
「むちゃくちゃが過ぎるだろあいつ…… 」
『おいユウイチ、クレイドルをなんとかするのではないのかッッッ!? 』
「あっ、そ、そうだな残像……おい、しっかりして!! 」
残像に言われ、ユウイチがクレイドルの肩を掴んで揺さぶる。
「はっ……いけない放心してたわ……ありがとう 」
クレイドルが正気に戻り、コホンと咳払いをした。
「取り乱してごめんなさい……私もわけが分からなくて…… 」
『どうもさっきから話が食い違っていたが……クレイドルとやら、コフィンを殺していないというのは本当かッ? 』
残像がクレイドルに問いかける。さっきの話を知っている、ということは、どうやら真千代の記憶を引き継いでいるらしい。
「ええ、勇者王様に誓って本当よ……コフィンを殺したって言われてたやつは他にいるもの 」
「ちょうちょのこと? 」
「あれは嘘よ」
「嘘かよ! 」
お茶目なジョークだったらしい。コフィンも流石にちょうちょで死ぬほどのアホとは思われていなかったようだ。
「でも生きていたならよかったわ……ずっと敵討ちしようとしてた私が馬鹿みたい 」
「え?死んだって言ってたけど…… 」
「え?だって生きてたじゃない 」
「いや、一回死んでこの世界に転生したって……君もそうなんじゃないの? 」
「いや、普通に『異世界転移魔法』使って…………え、一回死んで、何?え?転生?どういうこと? 」
クレイドルが、意味が分からない、と言った顔で首を傾げる。頭の上に『?』マークが浮かんでいるのが見えた。
「えーと、かくかくしかじかさくさくぱんだ…… 」
ユウイチは、コフィンや自分達がこの世界に辿り着いた経緯を、それは詳しく、丁寧に丁寧に説明した。
それはもう、時間がないから省くのが恥ずかしいぐらいのレベルで。
「……つまり、一回コフィンは死んでるってこと? 」
「……そういうこと」
「……ということは、あのコフィンは、ゆ、 」
クレイドルはその後、1分ほど無言で固まった後……
「……………… 」
バタンと、泡を吹いてその場に倒れた。
「うわぁぁぁ! 気絶したよめんどくせぇ!!残像、とりあえず宿に運ぶぞ! 」
『すま、ん、活動、限界だ…… 』
「お前なんのために出てきたの!? 」
真千代(残像)の体にノイズのようなものが現れ、徐々に体が薄くなっていく。
『お、お、お前と、過ごし、たこの時間……中々に悪く、な、なかったぞ……』
「何感動の別れっぽくしてんだお前!!そんな暇があるなら運べよ!!あとお前と過ごした時間約5分ぐらいなんだよ!!そもそも残像がなんで感情あるんだおかしいだろ!! 」
『ユウイチ……最後に、俺の今の思いを伝えさせてくれッ……』
「なんだよ!! 」
ほぼ完全に体が見えなくなったところで、真千代(残像)が笑顔を浮かべて、最期の言葉を口にする。
『ツッコミなげぇコイツ……』
「ぶっ殺すぞ!!!!!!!!!」
堪忍袋の尾がブチ切れたユウイチのツッコミを聞き届け、真千代(残像)はこの世を去った。
結局このあと、ユウイチは一人でクレイドルを宿に運び、更に三人分の食事代を払うことになったのであった。




