第12話 『夢破れる』
『無様ね、コフィン』
--これは、夢か。
コフィンはすぐさま、小さい脳みそでそれを理解した。
そこには、過去に体験した覚えのある光景が映し出されていたからだ。
大量の血を流し、這いつくばっている自分。そしてそれを見つめる、一人の少女。
血に染まった剣の切っ先を、満身創痍のコフィンに向けている。
『……本当はこんなことあんまりしたくないんだけど 』
『ぐ……あ、くそ……!!! なんで……!! 』
『これも勇者の使命だからね、仕方ないわ 』
『な、ぁっ……!!! 友達になってくれると、言っていた、のに……約束……したの、に……!! 』
『……友達、か……くだらない 』
少女は剣を振り上げ、無慈悲にその刃を振り下ろす--!!
『……!! ゆるさ、んぞ……!! クレイ-- 』
「朝だぞォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッッッッ!!!!!!!!」
ビリィィィィッッッッッッ!!!!!
突然、夢の世界が紙のように破け、金剛力士像の用な強面が飛び出してきた。
「わきゃあっ!? 」
爆音と謎の顔に驚き、コフィンはベッドから転げ落ちる。
耳をつんざき、鼓膜を蹂躙する死のモーニングコール。飛んでいた鳥は逃げ出し、泊まっている宿屋は衝撃でまだ揺れ続けている。
---ここまでのトンデモ現象を起こせる人物を、コフィンは一人しか知らない。
「……マチヨ、もう少し静かに起こしてくれと言っておるだろう!!! 」
「いくら起こしても起きんのだから仕方ないッッッ、1回起こしたというのにッッッ!!! 」
「我慢を覚えろ我慢をォ! 」
傲岸不遜、筋骨隆々。
明らかに世界の理から外れた化け物染みた 肉体 。
鬼向 真千代。
極・異常な高校生である。
「……それよりお前、さっきのあれ……」
「ぬぅ? 」
「いやどうしたじゃなくて、どうやったんだ今の 」
この男、明らかに夢の中に入ってきた。いや、入ってきたというより、突き破ってきた。
夢に忍び込む魔法があることはコフィンも知っているが、どう見ても真千代は物理的に入ってきていた。
「拳を極めれば人の夢の中に入るなど造作も無いことだ、知らんのか 」
「こんど拳法習おうかな私も 」
コフィンが呑気にそんなことを呟いていた直後、コンコンと部屋のドアがノックされ、一人の男が入ってきた。
「……お前ら朝からうるせぇよ……いい加減出禁にされるぞ…… 」
「ユウイチィ! 朝から覇気がないぞォ! やるか!?完膚魔殺!!!」
「字面が怖いんだが」
そう言って部屋に入ってきたのは、ユウイチ。
別名『竜殺しのユウイチ』。前世はニートで、汗をかかずにマスをかくのが得意だったクズ野郎であった。
この男も真千代と同じように、地球で死んで転生してきた人物である。
「……む? 待てユウイチ、貴様この間死ななかったか? 」
「死んでねーよ!!! 昨日戻ってきただろ!! 」
2週間前、アンファンスの街で起きた『魔王アルバー襲来事件』。
その大元の原因を作った制裁として、ユウイチは真千代のデコピンで遥か遠くの地へ飛ばされた。
しかしユウイチは、なんとか一週間かけて自力で二人の元へ戻ってきたのだ。
……アイシャとエリザヴェータの二人は、これ以上付き合わせるわけにはいかないという理由で、離れの街に置いてきたが。
俺がいないと収集つかなくなるだろ、お前ら……!! 」
「付いてくるのは一向に構わんッッッ!!! 来るもの拒まず、去る者殺すが俺の信条だからなッッッ 」
「こっわいこの人……」
「我、ここまで恐怖を覚えたのは生まれて初めてなんだが 」
絶対裏切るのだけはやめておこう。
そう心に固く誓ったユウイチとコフィンであった。
「よし、朝食を食べてから早速出発するぞッッッ!!! 」
「早えな……確か情報収集だっけ? 」
「そう、未知なる異世界の魔王どもを蹂躙するためのなッッッ!!! 」
魔王アルバーを討伐した真千代の新たな目標。
それはコフィンの出身地、『ネクロレイブ』よりこの世界に転生してきたであろう、大量の魔王の殲滅である。
自らを唸らせるほどの強大な存在を探すため、真千代とコフィンはここ数日の間、アンファンス周辺の街を歩き回り、情報を集めていたのだ。
しかし--、
「しかしマチヨよ、ここ数日有益な情報は得られておらんぞ? これでは無駄に時間を消費するだけだ 」
「むうッッッ……確かに…… 」
そう。
かれこれ5日間は情報を集めているが、未だ『強者』の情報は一切掴めていないのだ。
「一人ぐらいはいるものだと思ったのだがな……我の前に死んだ魔王も何人がいたし…… 」
「ていうかやめろよ魔王狩りなんて……なんでそんなことやろうとしたんだ 」
「もしその魔王が暴れていたら、困る人たちがいるだろうッッッ 」
「熱でもあるのかお前? 」
真千代の発言に、ユウイチは純粋に驚いた。
どう見ても「人のために」なんて言葉を発しそうにない人物だという印象を、真千代に抱いていたからだ。
「俺はともかく、魔王によって危機に陥っている弱者がいるのだ、それを見過ごすことなどできんッッッ!!! 」
「凄い良いこと言ってるんだけどなんか気持ち悪いな 」
デコピンで遥か彼方に吹っ飛ばされたり、思いっきり気合砲を放たれたりと、ロクな思い出がないユウイチには、真千代の言ってることが信じられなかった。
--まぁ、嘘をつくような人物でないことも、同時に知っているのだが。
「……そうだッッッ、あの手があった!!! 」
真千代が自らの手をポン、と叩く。
その衝撃で地震が起こり、宿屋の備え付けの家具一式が激しく揺れる。
「あの手、とは? 」
「こうするのだ!!! 覇ァァァァァァァ!!!!! 」
「えっ、ちょっ、おまっ!? 」
真千代は右手に力を込め、自らの心臓を拳で殴りつける--!!!
瞬間、真千代の世界が白に染まった。
「よしッッッ、成功したぞッッッ 」
「……自殺目的じゃなかったわね、今の 」
何もなかった空間に、一人の女性が現れる。
金色のきめ細やかな髪に、つぶらな蒼い瞳を持つ絶世の美女。
ユウイチ、コフィン、そして真千代。彼らをクロウリアに転生させた張本人---『女神ソワレ』である。
「二週間ぶりだな、ソワレッッッ 」
「それはおいといて、驚いたわよ!まさかこんなに早く魔王アルバーを倒すなんて……! 」
「造作もない、あの程度ッッッ!! 」
そもそも、ソワレが真千代達をクロウリアに転生させたのは、魔王アルバーを倒すためというのが目的であった。
異世界に転生して僅か2日でそれを成し得た真千代は、女神の界隈でも話題になっていた。
--なにより、
「……本当に感謝してるわ、我ら女神が永きに渡って手を出せなかった暴威に終止符をうってくれたこと、女神を代表して礼を言います、鬼向 真千代君 」
ソワレはその場で膝をつき、真千代に礼を言った。
創造主である女神達にも手が出せなかった、魔王アルバーの討伐を成し得た真千代に対する、深い感謝の念を込めて。
「気にするなッッッ、俺がやりたくてやったことだ、覇ッ覇ッ覇!!! 」
「それで、何か用があって来たのでしょう? 魔王アルバーを倒してくれた礼、可能な限り聞きましょう 」
「おっとそうだ、本題に入ろう 」
真千代は、ソワレに事の顛末を話し、尋ねた。
ネクロレイブから転生してきたであろう魔王のこと。そしてそれがどこにいるのかを。
「……なるほどね、やっぱり貴方偉いわ、真千代君…… 」
「何が偉いのかッッッ、当然のことをしようとしているまでだ 」
「ふふ、そういうところよ……でも、クロウリアに転生させた悪の魔王達はその邪心は取り除いてあるからね…人に危害を加える心配は無いわ 」
実際、魔王アルバーを倒すために転生させておいて、世界侵略に加わったら元も子もない。
それ故にソワレは、クロウリアに転生させる前に、悪人達の心からは一切の邪心を取り除いてから転生させているのだ。
「それでは、この世界には完全に平和が訪れたということかッッッ!? 」
「……そうでもないわね 」
ソワレは渋い顔をして、否定の言葉を紡ぐ。
「魔王アルバーに忠誠を誓う魔物達が、クロウリアには数多いるわ……それら全てを倒して初めて、この世界に平和が訪れるということね 」
そう。アルバーほどの力は持ってないとはいえ、強大な力を持った魔物達はまだ残っているのだ。主君の仇討ちのため、真千代を襲うということも考え得る。
「……それに、不安要素もあるしね 」
「不安要素ッッッ? 」
ゴキゴキ、ガキッ。
真千代が首を傾げ、勢い余って360度回転させる。見るからに痛そうで、ソワレは思わず目を瞑りそうになった。
「さっき、転生させた魔王達の話はしたわね? ……話した通り、既に邪心は持ってない者たちばかりなんだけど 」
「そいつらがどうかしたのかッッッ 」
「……その魔王達が最近、次々と何者かによって殺されているの……秩序を乱す行為として、女神達も問題視しているのよ」
「魔王達を殺す者…… 」
「私達女神は『魔王狩り』と呼んでいるのだけれど…… 」
ソワレはそう言うと、一呼吸おき--その存在の名を言い放った。
「……帰って来たぞッッッ!!! 」
「「うわぁっ!? 」」
突然動かなくなり、突然動き出した真千代に、ユウイチとコフィンがビクッと反応する。
「お、お前どうしたんだよ!? いきなり心臓殴ろうとして……! 」
「ソワレの元へ行っていたッッッ 」
「ソワレ……我らを転生させたあの女神か…… 」
ユウイチとコフィンも、当然ソワレの名は知っていた。
しかしこの二人は会う権利は与えられていなかったため、転生以降は会っていなかったのだ。
「それで二人共、次の目標が決まったぞッッッ!!! 」
「ああ、女神様に聞きにいってたのか……見つかったんだな、魔王が 」
「いや、次の目標は魔王ではない……なんでも秩序?を乱す存在故に困っているらしいのだ、聞くところによると前世は『勇者』だった者らしいッッッ 」
「勇者……? 」
コフィンがピクッと、それに反応する。コフィンにとっては自らの死因であるため、その名には嫌な思い出しかなかった。
---しかし、次に真千代の口から放たれた言葉は、よりコフィンを戦慄させる事となる。
「というわけで、次に倒すべきは『魔王狩り』、名を……『クレイドル・フィロス』ッッッ!!!気張って行くぞッッッ!!! 」
「……えっ 」
その名を聞いた瞬間、コフィンが声を漏らし、小刻みに震えだす。
「おいどうしたんだコフィン……っ!? 」
「ハァッ、ハァッ……ハァッ……! 」
ユウイチがコフィンを見て、声を詰まらす。
顔は青ざめ、過呼吸気味になり、どう見ても正常な状態ではなかったからだ。
(……!そういえば前ッッッ…… )
真千代は、以前コフィンが語っていた死因について思い出す。
--私はその中でも最弱……クレイドルと名乗る勇者に惨敗し--
「く、クレイドル……!! クレイドルが、この世界に、いる…………っ!!」
……真千代はすぐさま、コフィンがこうなった理由を理解した。
なぜなら『魔王狩り』……『クレイドル・フィロス』は--コフィンを殺した張本人なのだから。




