第11話『もうダメだ』
-- 魔導界クロウリアの、最奥の最奥。
そこに存在するは、何人たりとも寄せ付けない邪悪の城。城の周りは濃密な魔力のバリアーに覆われ、何人の侵入をも許さない。
そこに住まう邪智暴虐の魔王の名に因んで、人々はこの城をこう呼んだ。--『アルバー城』と。
ただでさえ暗い雰囲気しかないこの城に、今日、普段とは比較にならない瘴気が満ち溢れていた。
アルバー城の最奥部、『玉座の間』。
魔王アルバーが普段座する玉座が存在するその場で--魔王の右腕『魔宰相メアラドレク』が何かを待つようにウロウロと歩き回っていた。
……数分後、メアラドレクは扉の向こうから気配を感じ、ピタッと歩みを止める。
「………………来たか」
直後、ギィィ……という音を立て、玉座の間へと続く巨大な扉が開く。
その先より歩み出ずるは、3つの異形--!
「三鬼将が一人バルマス、遅ればせながら推参致しましたァ! 」
先に名乗りを上げたのは、強靭な肉体を黒い鎧で包み込んだ、獅子面の男。
「……同じく三鬼将ルベリア、ここに……」
続いて名乗りを上げたのは、一見この場に似つかわしくない、16歳程の普通の少女。しかし頭に、強大な魔物の証たる巨大な角を持つこちらもバルマスと同じく、漆黒の鎧を身に纏っている。
「同じく三鬼将アモ、命に従い参上しました 」
最後に名乗りを上げたのは、紳士的な印象を受ける梟顔の男。他2人とは違い、鎧ではなくローブを身につけている。
それぞれが皆違う見た目、しかし共通しているのは、彼らが途轍もない力を持っていること……そして、魔王アルバーへの絶対の忠誠心--!!
「よく集まってくれた……『敬王三鬼将』達よ」
敬王三鬼将。
魔界が誇る三人の最強戦士が、一堂に集結した。
「われら三人!!アルバー様のためなら火の中水の中! 」
「……そしてそれは直近たるメアラ様にも同じことが言える……」
「右の意見に同じ、それで今回はどのような ご用件で? 」
声や容貌こそ違えど、皆やる気は同じ。
アルバーの代行たるメアラドレクの用件を、嬉々として聞き入れようとしている。
「うむ、お前達」
「「「はっ!!!」」」
「アルバー様な、死んだ」
「「「はっ???」」」
「誰かにな、殺された」
「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」」」
発せられたのは、耳を疑う言葉だった。
「ちょっ、メアラ様ァ!? 冗談にきてもタチが悪すぎますぞォ!! 」
「落ち着けバルマス、私も同じ気持ちだ 」
「……え、え? あの、え?あの………え? 」
「ルベリア、これは現実なのだ、受け入れろ 」
「…………………」
「アモよ、流石だな……こんな時でも冷静とは、お前こそ正に三鬼将の鑑……」
「………………………………… 」
「………………………なるほどショック死と来たか 」
「「アモォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!! 」」
アモが泡を吹き、白目を剥いて倒れる。
敬王三鬼将、二鬼将へ。あまりにも唐突な別れだった。
「あ、アモまで!! メアラドレク様ァ!この状況に我々着いて行けませぬ!! 」
「……り、理解不能……! ねぇメアラ様これどうする……」
「………」
「め、メアラ様……? 」
「めあらもうしーらないっ☆ 」
「「メアラ様ァァァァァァァ!?」」
宰相、壊れる。否、壊れていた。
魔界最強最大の存在、魔王の死。それを耳にし、現実として受け入れた時から既に。
「もういいもーんっ! めあらつみきであそぶー 」
「メアラ様落ち着いてくださいぃ!! いい歳こいたオッサンが気持ち悪いですぞォ!! 」
「たーのしー 」
「……グスッ、意味わからない……」
バルマスが揺さぶれど揺さぶれど、一向にメアラドレクのIQは戻ってこない。
魔界軍のナンバー2の崩壊を目の当たりにし、ルベリアは涙する。
まさに混沌。収集のつかない状況。
魔界はもうダメだと、この場にいる全員がその醜態で物語っていた。
「静まりなさいっっっっ!!!!!!!!!!」
そんな混沌は、第三者の鶴の一声によって破られた。
「……はっ!! 私は何を……」
「メアラ様!! ああよかった………」
バルマスが安堵の声の後、先程の鶴の一声を発した存在に目を向ける。
--この魔界にいるにはあまりに不釣り合いな、白く長い純白の髪を後ろに纏めて一つ結び--ポニーテールに結った、美しい少女だ。
人間の見た目であるにも関わらず、異形のバルマスから見ても、見惚れるほどの美貌だった。
白い髪の少女はメアラドレク達を一瞥し、口を開いた。
……これがこの世界の悪のトップ達……王を失った程度で狼狽えるなんて、脆い軍だこと」
少女は吐き捨てるように、言葉を発する。
「……おい貴様、人間の分際で何を……」
「やめるのだ、バルマス 」
牙を立て、襲いかかろうとしたバルマスを、メアラドレクが諌める。
「……紹介が遅れたな、この人間は我々アルバー軍の協力者だ 」
「協力、ですって?」
呆れたように、少女が鼻で笑う。
「勘違いしないで、ただの利害の一致よ、私がいいように暴れるのに都合がいいだけ 」
「貴様……! 」
「……それ以上口を…… 」
生意気な口調に、バルマスとルベリアは武器を構える--しかし、
「 何?……やるの? 」
ゾッ、と。
激しい殺気に、バルマスとルベリアが震える。
修羅場をくぐって来た者のみ感じられる、圧倒的な威圧。有無を言わさぬ強者の証を、少女はその身に纏っていた。
「やめろバルマス、ルベリア……ここにいる誰も勝てんぞ 」
「そうそう、やめときなって……まぁ今回は思いがけずあんたらのために動くことになりそうだけど 」
「何……? 」
バルマスが怪訝な表情で少女を見つめる。
「この世界の魔王を倒したやつ……面白いから私が倒してきてあげるって言ってるの 」
「なっ……!アルバー様が敵わぬ相手に人間如きが… 」
「どうだかね……アルバーってやつがこの世界の魔王……ってことは倒せるとしたら他の世界から来た魔王とかでしょうし……魔王退治に関してはエキスパートなのよね、私」
「他の世界……? 魔王退治……? 」
バルマスには、この少女の言っていることが理解できなかった。
知らない単語の羅列で、頭がこんがらがっていく。
「それに……あんたら見てて思ったけど、あんたらがそんなんじゃそのアルバーってやつもたかが知れてると思うけどね 」
「……!!グヌゥ……! いい加減に……!! 」
--次の瞬間、ボォッ、と、黒い炎が燃え上がった。--ルベリアだ。
「なっ……! 落ち着け!! ルベリア…!」
「……『 終焔纏衣』ッ……!!!! 」
バルマスの制止も聞かず、ルベリアは自分の身に超高熱度の闇の炎を纏う。
「……死ねッ……!! 」
次の瞬間、ルベリアが黒炎を纏ったまま、少女に向かって突進する--!!
「やれやれ…… 」
そう溜息を吐くと、少女は手の平を体の前に突き出し、魔力を溜める。
バチ、バチ、バチと、少女の手のひらから、閃光がほとばしる。
「 最大閃雷魔法」
刹那、一層激しい音を立て、激しい光が玉座の間を包み込む。
「……ぐっ……! 」
「ルベリア! 」
閃光が直撃し、ルベリアが吹き飛ばされた。すかさず、バルマスがルベリアに駆け寄る。
「無事か!? 」
「……大丈夫、かすり傷」
そう言って、ルベリアは笑ってみせた。
直撃はしたが、幸い大ダメージにはならなかったようだ。
「へぇ、あんまり効いてないじゃない……訂正するわ、結構やるのね 」
白髪の少女も、手が少し火傷している程度で、ダメージはほとんど無いように見受けられた。
「……今のは光の最上位魔法……! 限りなく『聖』を極めた者のみが発動できる魔法のはず……! 貴様、一体…… 」
ルベリアがそう尋ねると、少女はニヤリと笑い、己の名を告げる。
「私は_____」




