第9話『倍々筋』
「お、お前どうしてここに……」
「どうしたもこうしたも、言ったではないか星を一周してくるとッッッ」
「いや、だから聞いてるんだよ! どうしてここに……」
「理解しろッッッ!! すでに一周してきたということだッッッ」
「えぇ……」
先程も言ったように、この世界の大きさは地球の数十倍はある。
真千代が出発したのは2時間前。化物もいいところである。
ユウイチがドン引きしていると、先程アルバーが激突した山から、ドガァッ、と音が響く。
そして間も無くアルバーが、再び街に飛んできた。
「ハァッ……ハァッ……い、一体何が……」
「さ、流石魔王……!あれを喰らって生きてるなんて……」
「ほう……貴様が魔王かッッッ、意外とおじいちゃんなのだなッッッ」
「ぬ……ぬぅ!? 貴様か……!? 背後からとは卑怯卑劣な……!」
アルバーが忌々しげな眼で真千代を睨みつける。
よく見ると身に纏っていたマントはボロボロに破け、鎧も半壊している。真千代の轢殺未遂で、大分ダメージを与えられたようだ。
「ふ、ふ、不意打ちとはいえ……ゴホッ、ゴホッ、我が身にダメージを残したことは褒めてつかわす……がハァ……な、名を名乗れ、殺してからも、の、脳の片隅にでも置いてやろう」
(ものっそい消耗してる……)
「鬼向 真千代……貴様を肉片にする男だッッッ」
「こっわ」
ユウイチは純粋に恐怖した。
「ほう?」
アルバーが、ニヤリと笑う。
やがてそれは爆笑に変わり、腹を抱え、ケラケラと笑いだした。
「フハハハハハハッ、これは滑稽だな……! よもや一発のラッキーパンチで調子に乗るとは呆れ返るわ……!」
「むッッッ、その節はうっかり轢いてしまってすまんッッッ」
「フハハハハハハ……え、うっかり…………? ……ま、まぁ良い、無知無能無力の戯言、聞き流しておいてやろう」
「無知無能は否定せんが、無力は訂正しろッッッ、俺はお前より強い」
「----」
アルバーの顔から、笑みが消えた。
そして再び、上空に無数の 最大灼熱魔法を作り出す。
「死ね」
そして、先刻は不発に終わったそれを、一斉に真千代目掛けて放った。
刹那、先程までとは比較にならない巨大な爆発音と共に、真千代のいた場所が激しい炎に包まれる。
「ま、マチヨっ!!」
コフィンが叫ぶが、もう既に遅い。 真千代の体は焼き尽くされた--
「ぬるい、弱い、浅いッッッ……」
--かのように思えた。
何事も無いかのように、真千代が炎の中からゆっくりと歩み出てくる。--損傷は、髪がパーマのようにチリヂリになったくらいだった。
「日焼けサロンの代わりにもならんッッッ」
「………………ほう……うまく、避けたな」
アルバーが一瞬驚愕し、しかしすぐに余裕の表情に戻り、真千代を賞賛する。
「避けるまでもないわッッッ、児戯もいいところだッッッ」
「……では、これはどうだ…?」
アルバーが手のひらに更に大きな火球を作り出し、真千代に向けて放った。
「70パーセントだ……我にここまでの力を出させたのは貴様が…」
「巫山戯てるのかッッッ」
無傷。
「…………ふ、ふふ……貴様、葬式は余程派手なのが好みらしいな……良かろう、目と身に焼き付けよ……!!」
そういうとアルバーが、上空に飛び上がる。
高く、高く、高く……どこまでも上空に飛び上がり--やがて、豆粒のように小さく見える所までに至った。
アルバーが右手を上空に掲げると--地上からでもはっきりと目視できる、巨大な火球が作り出された。
やがてそれは--アンファンス全土を覆い隠すまでに巨大化した。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「で、でけぇ……!モザエガルすら比べものにならねぇぞ……!」
「ま、まさか……あれは……」
街中が、更に騒めき出す。
最上級の炎魔法、 最大灼熱魔法。それを上回る炎の魔法など--この世に一つしか存在しない。
「で、伝説級魔法……!!」
「逝ねぇい!! 無限大灼熱魔法!!!!!!」
アルバーが、腕を振るう。
それを合図に、超巨大な火球が、天空高くからゆっくりと落ちてきた。
その熱量は地上にいて尚はっきりと伝わり、地上に近づいてくるにつれてその熱量は上がっていく。まるで、太陽そのものをぶつけるかのような、理不尽なまでの一撃。
その魔法の馬鹿げた規模が、魔王という存在の絶対的なまでの力をはっきりと示していた。
「フハハハハハハ!!!! さぁ悶えろ苦しめ焼け焦げろ!! そして我に楯突いたことを冥府の底で悔いるが--」
「羅ァァァァァァッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!」
ボシュッ。
「いい……わ…………?」
真千代の叫びと同時に、伝説級魔法が鎮火した。
何が起こったのか、その場の誰も理解していない。ポカン、として上空を見つめている。
アルバーがガクガクと体を震わせ、地上に下りて来た。
そして震える指で、真千代を指差す。
「なな、な、何だ……い、一体何をしたのだ貴様……わ、我が伝説級魔法を……一体どうやって……」
「威圧だ」
「威圧ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!?!?!?!?!?!?」
「威圧だ」
アルバーの目が明らかに泳いでいる。
伝説級魔法というだけあって、おそらく切り札級の魔法だったに違いはない。それを、威圧だけで。かき消された。
その事実は、アルバーのプライドをズタズタにしていた。
「人間気合いがあれば何でもできるッッッ、気の持ちようで隕石すら砕けるのだッッッ」
「お前だけだよそれは」
「お、おのれぇぇぇぇ……だ、だが我にはこの魔眼がある!! この眼が貴様を捉える限り、我にダメージを与えることなど--」
「覇ァァッッッ!!!!」
「ぐっふぉあ背中ァァァァァァ!!!!」
一瞬真千代が消えたかと思うと、アルバーの背後から強烈な蹴りを叩き込んだ。
ボキボキボキ、と景気のいい音が鳴り、アルバーが地面を抉りながら転がっていく。
「ごふぁぁ……ハァッ、ハァッ、ハァッ、き、さま、ハァッ、背後、ハァッからとはハァッ、ひ、卑怯ハァッ!!」
もはや言語すら保ててないほどダメージを受けたアルバーが、子鹿のように足を震わせながら立ち上がる。
「卑怯……と来たか、ならば正面から突破してやろうかッッッ」
「何ィィィ……?」
「だ、駄目だ真千代!! そいつの目は本当にダメージを……」
そこまで言って、ユウイチがふと思い出す。
真千代の属性が、光だったこと。
そして魔力Eランクだったことを。
(そ、そうだ…… 明光魔法か……!)
明光魔法。
光属性の超下級魔法、目に限りなく近づければ相手の目を眩ませることができる魔法。
魔王アルバーほどの大物なら、この下級魔法を味わった試しはないかもしれない。
あの魔法で魔眼を眩ませれば……!
「ぬぉぁぁぁぁ!!!!」
「ごっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「普通に殴ったぁぁぁぁ!?!?」
伏線とか無かった。
真千代は真正面から小細工無しで、アルバーを殴りつけた。
腹を殴られたアルバーが、ゴロゴロと腹を抱えながら悶え転がる。
「ごほぉぉぉ……き、貴様……なぜ!! 我が魔眼に捉えられていながら、なぜダメージを与えられる……!」
「答えは貴様の臆病な魔眼とやらに聞いてみるがいいッッッ!!!」
「何ィ……?」
「お、おい見ろよアレ!!」
「ま、魔眼が……よそ見してやがる!」
「何だとぉ!?」
アルバーが驚愕の叫びをあげる。
住人の言う通り、魔眼は真千代の方を向かず、明後日の方角を向いている。
頑なに真千代を見ようとはしていない。
「俺の筋肉に畏れを為したか……無理の無いことだッッッ、か弱い魔眼めッッッ」
「あ、あぁ…………バ、バケモノめぇ……!!」
アルバーが恐怖をその顔に表し、震えながら後ずさる。
「こ、こんなはずはない……我は魔界の王……万物の頂点に位置する絶対の概念……この世界の理に等しい存在!! それが、このような、一人間如きにぃぃぃぃ!!!!」
「観念しろッッッ、バーバラよッッッ」
「アルバーな」
ユウイチの言葉を無視し、真千代が拳を握る。
そしてアルバーを睨みつけると、
「貴様の敗因は、三つある……地獄にて教訓とするがいいッッッ……」
「だ、まれ……黙れ黙れ黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!」
アルバーは、もう正気を保っては居なかった。
発狂しながら、あろうことか正面から真千代に飛びかかる。
だがそれを真千代は余裕で受け止める。
「一つ、俺の髪をチリヂリにした事……」
真千代がそう言いながら、腕に力を込める。
真千代の纏う学生服が悲鳴をあげ--やがて筋肉の膨張に耐え切れず、ビリビリィっとはち切れた。
「二つ、俺の学生服を破いた事……」
これは真千代のせいである。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!! やめろやめろやめろ!!! 無礼である、無礼であるぞぉぉぉぉっ!!! 我は王、魔界の王!!! その我に拳を振るうなど言語……」
「そして最後は………思いつかんッッッ!!!だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッッッ!!!!」
真千代が叫びと共に、右腕にあらん限りの力を込めて、アルバーに渾身の右ストレートを撃ち出した。
「------!! 」
刹那、大爆発が起こった。
撃ち出した拳の衝撃波が、街の至る施設、家屋を吹き飛ばす。
その中心--アルバーが直線上のあらゆる物を破壊しながら、体を折り曲げて水平にぶっ飛ばされる。
アルバーは最後の力を以って、真千代を睨みつけた。
「……つ……けた……ぞ……わが……あら……なる……つわ………!! 貴様が……!!! 貴様こそが……!!」
そして、何故かニヤリと笑い--アンファンスの街から、衝撃波を纏って勢い止まぬまま空の果てへと飛んでゆく。
「キムキッッッ!!!マチヨォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!」
そして、その断末魔を最後に--魔王アルバーは、星となって消えていった。
「滑稽なりッッッ、魔王……魔王………なんだっけ忘れたッッッ」
ユウイチは少しだけ、アルバーに同情した。




