第3話前編 黄色は大概二番手か三番手
動画投稿サイトに謎の美少女が漆黒の妖怪を倒す映像がアップされて以降、関連報道は過熱するばかりだった。つい昨晩は高速道路上で繰り広げられた戦いによってゆびきり様に襲われかけた交通警察隊員がなんとか難を逃れ、車に轢かれないよう安全な場所まで美少女戦士に小脇に抱えられて無傷で済んだものだから、早速早朝からどの局のニュースでもその事が取り上げられ、助けられた高速隊員の青年は「彼女は命の恩人です。是非お会いして御礼を言いたい」と感激と感謝に満ちたコメントをするのだった。
世間が謎の美少女に夢中な中、昼休みの会社のトイレの鏡の前で、長溜息をつく男が一人。
「……。なんで皆真夜中まで屋上に居座って居るんだ」
注目された事での弊害と言えるだろう。毎晩毎晩、何時何処に現れるとも知れない美少女を拝もうとする輩の多い事。あわよくば撮影、あわよくば接触、そして誠に邪極まりない事に捕獲すら目論む者まで出る始末。それを武はなんとか百華のナビゲートで回避、被害者の保護、ゆびきり様の撃破を全てこなしてゆかなくてはいけないのだ。
悲しげに武が凝視するのは己の真の姿。光り輝く頭頂部。先程偶然部下たちが囁き合う声を耳にしてしまったのだ。
―元川係長、最近やつれて無い?
―バーコード、薄くなってるよね。
―顔色も妙に悪いし、まさかガンとか……?
―えー?確か娘さん、まだ小学生じゃなかった?
笑える話というより本当に心配げな響きであったそのやりとりは、笑って否定すべきか胸に仕舞って悲しむべきか。まさかその原因が巷を賑わすかの美少女戦士に変身して戦っているからだとはまさか誰も思うまい。
人気者は辛いねえ、等と暢気な事を考える余裕は、今の武にはなかった。
トイレを出て昼休みの残り時間を潰そうと休憩室の扉を開け、テレビのお昼のニュースを見れば、相変わらず例の動画ばかり。武にとってはあまり直視したくない己のすっかり変わり果てた姿である。とはいえ、あまりにも無関心な態度も不振がられるかも知れないと思い至り、さりげない風を装いながらティーサーバーから紙コップのお茶を淹れて椅子に腰かけると、何となくテレビへと視線を向ける。こういう小細工こそ彼が小心者の小市民たる所以であろう。
(昨日の戦いか。何時ばれるかと思うと本当に気が抜けない)
最近はほぼ必ず誰かが何処かで戦いを動画撮影しているという現実に厭でも気付かされる内容である。態々普通の人間に目視できるよう、実際の速度よりかなりスローモーションで再生されるように加工してからアップロードするのが、暗黙の了解と化していたりする。夜でも明るく照らされた高速道路上を、妙にゆっくり動く車と、スローモーション再生でも尚素早く交差する赤と黒。飛び交う刃と不気味に変形する異形。やがて黒煙立ちこめ、消え去る少女。何れも何処にも残されない痕跡。武と少女を結び付ける要素は、昨晩も無事全く片鱗も見せては居なかった。
(高速道路だったのに本当に何時の間に撮影したんだ。おまけに何パターンもあるなんて。……ああ、今回は車載カメラに映ったからか。とうとう一部始終まるっと撮影されたんか……。怖いなあ。―……?あれ?居ない……?)
映像の中の少女の赤い服の肩の上、戦う少し前まで姿を見せていた筈の淡く黄緑色に光る獣の姿が一度も何処にも映って居ない。距離と声量の関係で音声は拾えなかったのだろう。あのときたしかにした覚えのある百華とのやり取りが、まるで少女が何か独り言を呟いているかのようにしか見えなかったのだ。
これまで、変身後は豊かな髪に覆い隠されて死角となって居たか、上手く映像で拾えなかったか程度にしか思って居なかった百華の姿。そういえば何処の番組でもあの不可思議な生物については全く触れて等居ないと言う事実に、武は今更気付かされた。あのような訳のわからない人外、もし気付いたら少女同様に注目されていたのに違いないのだから。
(……可能性は幾つかある。百華は元々映像に映らない体質、或いは映像越しに写されない様に常に何か細工、防護している。或いは実は百華は俺にしか見えないとか。最後のはなんだか厭だなあ。幻覚でも見ているみたいで……というか、まさか俺妙な霊感とか無いよな……)
相変わらず不可解な生き物の生態は、益々以って謎を増すばかりである。
(それにしても……最近ゆびきりがかなり増えてきている気がするなあ。四日に一回程度から三日に一回。被害者も思うほど減って居ない)
例によって先制攻撃禁止なので、最近の武は被害者の救助を最優先にして動く事にしている。その事については余程危ない時以外は百華は特に口を挟まない。が、しかし一方でゆびきり様の被害者を助ける事を自ら薦める事は全く全然無いし、協力もしないのだ。
(判って居たけど、正義とか世のため人の為とか、そういう心算じゃないんだろうなあ、あの婆さん)
最初に彼女の言って居た「あんたに希望を見出した」とは果たして何のつもりなのか。確かなのは、あの人外が割と利己的な奴であると言う事だけであった。
(ま、流石に今夜は呼び出しは食らうまい。心臓に悪いから毎回行き成り透明になって肩に乗っかるのは止めて欲しいんだがなあ……。明日は土曜日だし、ゆっくり過ごそう)
そうして武は休憩室を後にし、午後の仕事を終わらせ何時ものように部下と一緒に駅まで行って真っ直ぐ家に帰るという、至って平穏な一日を過ごした。
然しその次の朝、衝撃的なニュースが世間を更に騒がせることとなる。
メイド喫茶にでも居そうな胸を強調したデザインの、丈の短い黄色いエプロンドレス姿の金髪の少女が、茨を操りゆびきり様を倒して居る映像が動画サイトにアップされたとトップで報じられたのだ。