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ムゲンの星空  作者: 左藤
7/8

その六:楽しかったよ。

 その日も、イズルゥはいつもと同じく淡々と、私を迎えた。


「遅かったな」


 遅れてねーよ。睨んでも、またニヤリを笑うだけで受け流す。


「行くぞ」


 そう言って歩き出す。私はため息を押し殺して、後を追う。まったく、この男の行動原理は良く分からん。


 あの二人で最後の起動に出かけた日から一週間。私はいつぶりか、平和な日常を過ごしていた。何だか、最近毎日あっちいって悶え、こっちいって恥じ入り、精神的にガリガリ磨耗する生活だったので、日常が戻って逆に拍子抜けして抜け殻になったくらいだ。


 久々に、私が穏やかな心持でバイトをしていると、あれ以来音沙汰一つよこさなかった異星人が、いつものごとく突然に現れた。


「今日、時間あるか?」


 誠に残念ながらバイトのあとは何も予定がなかったので、私の頭部は勝手に首肯していた。一緒に仕事してた先輩がものすごい形相で私たちを見ていたけど、以前のイズルゥの奇行を知っていれば当然だろう。


 そうして待ち合わせた場所で、開口一番に文句を垂れたイズルゥは、何だかいつものイズルゥで、私は密かに拍子抜けしていた。


「ねえ」

「…」

「ねえ」

「…」

「ねえ、イズルゥったら」

「…なんだ」


 うーん、やっぱりいつもと違うかも。


「どこいくわけ?」


 いっつも似たような質問してるな、私。


「いいところだ」


 その笑みで言われても胡散臭いものしか感じませんね。そして案の定、イズルゥが向かったのは、丁度大学の裏手にある、木が茂る小高い山の上だった。この辺りは、街の中でも、大学以外に建物が少なく、ちょっとした田舎のような雰囲気になっていて、あたりも街中より数段薄暗い。確か、何回目かの起動作業で来た覚えがある。てか、お星様が瞬くこんな時間に、こんな場所で、一体何するつもりなんだあんたは。


 まさか…。


「へんな事を考えているだろう」

「何も言って無いじゃん」

「言おうとしただろう」

「何故分かった」

「それくらい分かる」


 くだらないやり取り。うん、一週間ぶりだけど、何か落ち着く。って、何でだ。


「とにかく、別に変な気を起こそうというわけじゃない」

「じゃあ」

「礼をする、と言ったろう?」

「…おお」


 一瞬押し黙ってから手をポンとした私に、イズルゥがいぶかしむ視線。


「思ったより反応が薄いな」


 はい、すいません忘れてました。


「以外だな」

「自分でも驚きですはい」


 どうやらいつもどおりでないのは、私も同様らしい。


「ねえ」

「何だ」

「お礼って何?」

「…来れば分かる」


 イズルゥは山を登り続ける。鬱蒼としていて、登るのは骨が折れたけど、さほど時間も掛からずに頂上に辿り着いた。


 そこで、イズルゥが振り返った。


「見ろ」


 イズルゥが体をどけると、


「わあ…」


 満点の星空が視界一杯に広がった。普段何気なく見ているものだが、いつもより少しだけ周囲が暗く、少しだけ空に近い分、どこか澄んだ空の色に見える。


 と、そこで、私は冷静に。


「…これだけ?」


 いや、確かに綺麗だけど。うん綺麗だよ。でも、何だか、物足りないかな。


「少し、待っていろ」


 苦笑したイズルゥが言った。待ってて何かあんの? その質問には答えず、私とイズルゥは、静かに星空を眺めた。


「そろそろだ」


 イズルゥが言った。何が? と聞こうとした私だが、口を開くことは無かった。それどころではなかった。


 イズルゥが言った瞬間、私の周囲から燐光が発する。蒼いような紫のような緑のような、不思議な色合いの光が森を照らす。すると、一瞬のうちに光が一点、私たちの目の前に収束し、天に突き上がった。


 弾けた。


「な」


 とりどりの色の光が、満天の星空に弾けた。何本もの天に昇った光の束が、そして私の目の前から舞い上がった光が、まるで花火のように星の輝きの隙間に飛び散り、しかし花火の何倍、何十倍の鮮やかなスペクタクルを繰り広げている。


「す…」


 凄い。


 凄い。


 パッと飛び散る光。絡み合う色の粒子。


 まるで、夢か幻のように、綺麗だった。


「奴らの無人機(ニョル)が燃え尽きていくんだ」


 傍らのイズルゥが言う。


「この光景は、俺たちにしか見えてない。他の場所には迷彩膜(フムエル)が張られている」


 これを、貴女に見せたかった。


 私はイズルゥを見る。イズルゥは、どこか寂しげな目で、空を見ていた。


「これで、全て終わりだ。これで、この星は救われるだろう」


 本国のほうでも、もうすぐ決着がつく。


 ああ、終わりなんだな。再び極彩色が飛び散る空を見上げ、私は思った。弾けた光はゆっくりと四方に拡散し始め、先ほどの壮麗さとは違う、静かで儚げな美しさを広げていた。


「貴女のおかげだ」


 私は空を見上げている。


「私は…」


 私は、空を見上げている。


「ありがとう」


 私は、空から目を離さない。


「これで、俺の役目も終わりだ」


 私は、光散り行く空を見上げ、言う。


「私も、意外と楽しかったよ」


 あなたと話すのもね。そこは声に出さなかったが、それでもイズルゥは小さく息を呑んだ。


「そう、言ってもらえると、俺も嬉しい」


 ポフッ、と、頭に暖かさ。それでも私は空を見上げている。


「じゃあな、サエ。ありがとう」


 手が離れる。弾けた光は終息に向かい、星空はいつもの顔を取り戻し始める。それでも、私は空を見上げていた。隣には目を向けなかった。目を向けるべき存在はもうそこにいないことは、分かっていたから。


 ふと、星の光が滲んだ。どうしたんだろう。薄く雲でもかかったのだろうか。予報では、今日も明日も快晴だったはずなのに。だが、すぐに、星だけでなく、視界に映る全てが、ぼやけていることに気付いた。


 そう言えば、名前呼ばれたのは初めてだった。


 今更気付き、私は妙な感慨に耽っていた。滲む視界は、単に埃が目に入っただけだと、努めて自分に言い聞かせながら。


 夏の夜は、静かに更ける。

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