その五:すごいな。
日曜日。うん、日曜日。そう、日曜日。
何度言っても素晴らしい響きだなあ。日曜日。私にとっては週で唯一の休み。講義もバイトも無いよ!
と、普段の私なら狂喜乱舞し踊りまわるところのビューティフル・サンデー。私は今実に、健全な休日らしく、隣町までお出かけしている。これがデート(笑)とかなら、私も晴れてリア充の仲間入りのはずが、残念ながら今日も私は世界を救うための戦いへ赴くところなのだ。
ふと隣に目をやると、なんだかんだでもう見慣れてしまった男の不機嫌面。髭剃れ。それにしても、どうしてこんなことになっているんだろう。
「ねえ、イズルゥ」
「何だ?」
「何で付いて来るの」
「何で来てはいけないんだ」
「いや、別に…」
そこで私は何も言えなくなり、イズルゥは仏頂面。まあ、確かに本来はイズルゥの仕事なわけだから、来るのは当然かも知れんけど、じゃあむしろ私が要らないんじゃないの。そう思っても、それを言ったら一層不機嫌になりそうなので、黙るしかない。どうすりゃいいんだ。
ちなみに今の時刻は十三時。指定の時刻は、十五時。あれ、二時間も早いなあ。おかしいなあ。
「行くぞ」
どこへだよ。相変わらずのスルースキルで私の無言の抗議を柳のように受け流し、イズルゥは歩き始めた。
ところで今、私たちはガタゴト電車に揺られた結果、隣町の駅にいる。なぜかと言うと、イズルゥが淡々と、「明日の座標は…」と緯度と経度で教えてくれたからだ。
毎度のことながら、北緯△度□分…とか言われて、必死に場所を特定させられる私の苦労を誰か分かってくれるだろうか。グー○ル先生がいらっしゃらなければ、私の頭脳は煙を上げるどころか音を立てて蒸散していたことだろう。
さて、私が一つおかしいと思う点がある。それは、指定された座標に行くならば、この駅よりも、さらにもう一つ隣の駅に降りたほうが近いという点だ。
ん? もちろんツッコんだよ? そうしたらもう、恐ろしいくらい低い声で、「金が無い…」と、何とも切実な答えが返ってきたけどね。あんまりお金使うとややこしいことになるし、それは分かるんだけど、男の矜持からか私から借りようとは思わないらしい。
どうするんだろうなー、と思っていたら、スタスタと歩き出すイズルゥ。歩きですか、そうですか。だから二時間も余裕を持っていたわけですか。それに文句垂れつつも付き合ってる私って、実は超が付くお人好しなのかもしれない。
でも二時間は遠いなあ。
「問題ない。むしろ、丁度良かった」
「…バカなの? 死ぬの?」
「今まで忙しくて、ゆっくり話す暇がなかったからな」
ニヤリ。相変わらず悪役っぽい笑い方をする男だ。つまり、良かったらお散歩しましょうと。いや、ここまで来たら拒否権もないけどな。でも、
「そんなに時間とって、お巡りさん本人は怪しまないの?」
「心配するな。今日は朝まで仕事だったからな。昼中寝ていたところで特におかしくは無い」
「そっすか」
逃げ場も無いと。まあいっか。確かに最初から超展開すぎて、立場や仕事は多少知っていても、イズルゥ自身ことやイズルゥの星のことはほとんど知らない。せっかくだから宇宙の七不思議やら異星人の面白話でも聞いてやろうじゃないか。
と思ったかつての愚かな私。
会話の主導権はイズルゥに握られている。イズルゥはもう、目に入るもの全てが気になるのか、アレは何だ、これは何だ、どうしてこれはこうなるんだ、etc…。つまり質問攻めだ。お前は幼児かっ!
でも、そうして話すイズルゥはいつにも増して生き生きとしている。だから私は、結局イズルゥの質問に、律儀に答えている。こうもあけすけに楽しげにされると、もう何も言えんじゃ無いか!
「…この星は、すごいな」
「は?」
唐突に、海沿いを飛び交うカモメを見上げて、イズルゥが言った。
「すごい、って?」
色々と頭の中を単語が駆け巡る。すごい小さい。すごい遅れている。すごい田舎…。うーん、どれだろう。
「…ひねくれてるな」
「照れるじゃないか」
「褒めてない」
目をそらす。
「俺が言いたかったのは…この星の、活気だ」
「活気?」
せわしなく行き交う人々。風に揺れる森のざわめき。虫や動物の鳴き声。生きとし生けるものの気配。
「リュキャミャンショ星には、もう見られないものばかりだ」
「え? でも…」
「確かに、俺の星にも人も動物もいる。だが、もう昔とは、その在り方が変わってしまった」
イズルゥの星。地球とは比べられないほど、高みを極めた文明と生態系。しかし、極度に洗練され、デザインされ、管理しつくされたその星は、もう自然と文明の境目が消えて久しい。
「もちろん、良いことだって沢山ある。病が減った。寿命が延びた。争いが減った。人々は生きやすくなった」
だが、不完全な人間という生き物が、人として進歩し続けるということは、一歩道を過てば孤独を増すだけになるのかもしれない。
そういうイズルゥの顔は、確かに寂しそうに見えた。思いがけずイズルゥの、私たちとは遠くはなれて生きる、異星人の懊悩を見せ付けられてしまった私は、どうすればいいか分からず、ただ隣を歩いていた。
「でもこの星は、まだそうなっていない。雑然としていて、未発達で、様々な面でリスクの大きい世界だが、この星の人々は、確かに今を生きている」
「はあ」
貶してんだか褒めてんだか。もう色々飽和状態で、気の抜けた声が出てしまった私を見て、イズルゥは苦笑した。
「そんな世界で生きているから、貴女は、そうなんだろうな」
…何だかバカにされてますかね? その生暖かい目はペットか何かを見つめる目ですかね?
「そうじゃない。ただ多分、そこが貴女の良さなんだろうと思う」
首を傾げる私。
「俺としては、貴女には、いつもそのままでいて欲しい」
そうして、ポンと私の頭に手を置いた。
そのままってどんなままだ、と言いたかったけれど、まあ、イズルゥが言うなら、わからないなりに私は私らしくいればいいのかな。
「さあ、行くぞ」
私の手をとり、歩き出すイズルゥに引かれつつ、私はそんなことを考えていた。手をつないでも、案外嫌じゃないんだな、と密かに自分に驚きながら。
今日この日が、最後の起動作業だったと教えられたのは、全てを終えて帰りの電車に乗った後のことだった。