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ムゲンの星空  作者: 左藤
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その四:もちろんだ。

 事情を言うと、何と、イズルゥは、口元を押さえて、堪えきれないというように笑い始めた。こいつも笑うのか。しかもこんなことで笑うのか。


「…イズルゥさん?」

「グ…いや、すまん…く、苦労、を、かけたな」


 言葉に詰まるくらいツボに入ったのですね。死にたいのですね。


「あんたの! あんたのせいでしょうが! しかもよりによって! よりによって連行するか!?」

「いや、それは俺じゃないんだがな」


 しれっと言うイズルゥ。全く悪びれない様子に私はもう我慢の限界で、ポカポカとイズルゥに拳を振るう。


「この! くぬ!」

「痛い。痛い。やめてくれ」


 そうは言っても、かすかに眉根が寄っている程度で大してダメージを受けてない感じのイズルゥ。く、悔しい。


「詫びろ! 誠心と誠意をもって詫びろ!」

「すまん」

「軽っ」


 ここはこう、形ある誠意をちょっと期待していたのに。ほら、一葉さんとか諭吉さん的な。


「何度も言うが、今の俺は意識だけだ。お前に渡せるものが無い」


 さすがにこの男の持ち物を俺が勝手に渡すわけにもいかないからな。なるほど、道理にかなった主張をするイズルゥだが、


「でも、いっつもビールと裂きイカ買ってたじゃないの」

「この男はいつもそれらを家に常備している。多少増えても気にしないだろう」


 うわあ、要らなすぎる個人情報だなあ。


「貴女に会う口実が必要だったからな」

「そうっすか」

「だが…そうだな」


 そこで、一瞬思案する顔になったイズルゥ。


「この任務が無事に終わった暁には、貴女に一つ贈り物をしようかと思う」


 お?


「贈り物?」

「ああ、楽しみにしていてくれ」


 そう言うと、イズルゥは私にニヤリと笑った。おはようございます、と挨拶したときとはかけ離れた、どこか粗野な印象の笑顔。


 中身が違うとこうも表情も違うのだなあと、私は感心した。


「その言葉、忘れないでね」

「もちろんだ」


 ふう、贈り物か。しかも宇宙人の。楽しみじゃないか。持ち物が無いとのことだから、情報か何かかな? 出来ればこの前の、光速の壁をぶち抜く方法的なのが良いなあ。


 そうしてものの見事にエサに釣られた私は、どうにかこうにか日々ノルマを果たしていく。


 時には、並木が立ち並ぶ街路の片隅で。ある日は木々の生い茂る林の中で。さすがに駅前ほどの羞恥プレイはなかったので、私は非常に助かっている。いや、冗談抜きでアレをもう一度やったら私は死ねますですはい。


 でも、イズルゥはイズルゥで夜中の分は自分でこなしているらしいが、日中やる私の方がいろいろな意味で負担が大きいのは不公平だと思うんだ。


 そんな中でも、どういうわけか、私はあまり文句を言えない。


「どうだった」


 終わるたびに、毎回イズルゥはそう言う。どうだったも何も、イズルゥは一応起動の具合は逐次把握しているはずで、別に聞かなくてもいいと思うのだが、なんでだかいちいち確認してくる。


「別に普通だったけど」

「そうか」


 あ、また笑った。最近のイズルゥは、よく笑う。たまに不機嫌になる。イズルゥの不機嫌顔はちょっと怖い。笑顔も、悪役っぽくて迫力あって怖いけど。


 そう言えば、この前は一仕事終えた大学の帰りに、キョーコと知り合いの男の子と一緒に喫茶店に行ったことを話したとき、酷く不機嫌そうにしていた。


 良く分からないけれど、私としては、まあ、不機嫌面よりはというか、うん、やっぱ良く分かんないけど、とにかく、やっぱり笑ってたほうが良いと思うよ。


 だから私も、あまり強くイズルゥに言えないし、否定も出来なかったりする。あんまり私が言って不機嫌になられても、ね?


「確かに、貴女次第だ」

「はい?」

「…いや、忘れてくれ」


 何が言いたいんだろうね。なんか顔とか耳とか赤いけど。時々イズルゥは、見た目や普段のどこか粗野な雰囲気に反して、何と言うか、こう、妙に若々しい反応をする。


 そういえば、


「イズルゥって幾つなの?」

「…この体の年齢は三十一歳だ」


 いやそうじゃなくて、


「本当の年齢」


 少し逡巡するような態度を見せ、


「地球とリュキャミャンショ星は、多少公転速度も平均寿命も異なるんだが…俺は今三十だ。地球で換算すると、二十七歳だな」


 案外若いけど、別にガキってほどでもないよね。


「イズルゥって結婚してるの?」

「いきなり何だ?」


 いや、何となく。すぐ顔赤らめちゃったりして、あんまり女性に慣れてないのかなあって思ってね。


「…そうだな、ラニョス…この星で言う妻は、今のところいない」

「へえ。じゃあ恋人くらいは」

「…いない」

「そ、そうなの」


 …待て、ここでどうしてホッとするんだ、私。


「ま、まあ、いずれ良い出会いがあるといいわね! お互いに!」


 取り繕った私の言葉に、なぜかイズルゥは苦虫を噛み潰したような顔。


「…必要ない」

「え?」

「もう必要ない」


 そ、そうなの? まあ本人が良いなら、良いけど。


 …べ、別に安心なんてしてないから!


「ところで、明日はどうやら非番らしい」


 イズルゥが言った。非番と言うのは、お巡りさんの仕事が、らしい。


「へえ、それで?」

「明日は俺も貴女に付いていく」


 …はい?

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