朧車の怪
キイイイイ!!
ブレーキの鳴く音が聞こえた。
もう直ぐ陽が沈むというような時。
誰もいない公園脇の道路。
真っ黒いタイヤ痕の先、今時という感じな、すらっとしたボディの自動車。
コバルトブルーのカラーに厭に映える、真っ赤な血。
運転手であろう若い男は、唖然とした表情で、ある一点を見つめている。
その目線の先には、あらぬ方向に四肢がぐにゃりと曲がり、真っ赤に染まった、子ども。
眼にはもう光が無い。
即死だったようだ。
その子ども―――――少年は、どうやら遊び帰りだったようで、少年の近くに落ちていたショルダーバッグからは、サッカーボールや、今流行りのポータブルゲーム機が顔を覗かせていた。
暫く経って、事の重大さに気づいた男は、顔を真っ青にして悲鳴をあげると、自動車に乗ると、その場から急いで逃げ出した。
轢き逃げをしたようだ。
陽が落ち、光と闇の間が訪れる―――――俗にいう、逢魔ヶ刻である。
その夜。先程、轢き逃げをした男は、自身の家であるアパートの一室で身を抱え震えていた。
「俺は悪くないんだ俺は悪くないんだ俺は悪くないんだ俺は悪くないんだ」
自らに言い聞かせるように、反芻させていた。
それはとても身勝手な言葉で、罪悪感の欠片も無いのだが。
男がそうしていると、外から激しいエンジン音が鳴り響く。
その音はとても五月蝿く、鼓膜が破けそうな程。 エンジン音は鳴り止むことなく鳴り続ける。
流石の男も我慢出来なかったようで、スクッと立ち上がると窓の前に歩いていくと、勢いよく開けて、
「うる」
さい、までは言い切れなかった。男は口を開けたまま、ある一点を見つめていた。其処には。
無表情、いや、生気の無い顔で男を見つめる子ども。
男が轢き殺した、少年であった。
少年は、口元だけニヤリと笑い、男を指差して。
「お前が殺したのか」
と、呟いた。
「ぅ……うわあああっ!!」
男は叫び、意識を手放した。
翌朝、男は自身のベッドから跳ね起きる。
寝間着にはびっしょりと大量の汗。
男は深呼吸をして、落ち着かせ、周りを見回す。
そして、溜め息。
「夢……か」
男は昨日の悪夢を思い返し、全て夢だった事に安心する。
だが、何気なくつけたテレビを観て、驚愕する。
ニュースでは、昨日男の家近くにある公園で、轢き逃げがあったことを報じていた。被害者の少年は即死とも、テロップで流れていた。
それは紛れもない、男の犯行。
男はその日、仕事を休んだ。
一日、うずくまっていた。
夜。流石に何も飲まず食わずではいけないと思い、外に出る。
車で十五分掛かるこの地域で一番近いコンビニで買い物を済まし、帰宅するため自動車に乗り込む。
もうすぐ自宅だという辺りで男は気づく。
昨日。あの少年を轢いた公園であった。
普段なら通らないこの道。
だが、何故か昨日は此処を通り、子どもをひき殺してしまった。
そして今、何故かこの場所に来てしまった。
男は、直ぐ引き返そうとUターンをする。
ふと、サイドミラーを見た。
後ろから一台自動車が走ってくる。
辺りはもう真っ暗だというのに、ライトも点灯させていない。
その自動車は、丁度男の自動車の背後、街灯の一歩手前で急停止する。
男は何事かと暫く様子を見ていると、その自動車が街頭の光の真下まで進んできた。
其処で、男は固まった。
光に照らされるのは、自動車の前面部分ではなく、子どもの顔。
あの少年の顔であった。
子どもの顔をした、自動車が、其処にはいた。
その顔は生気の無い表情で、けらけら笑った。
男は一瞬放心していたが、直ぐ我にかえると、急いで其処から逃げ出す。
何とか自宅であるアパートの前に着き、男は疲れ果てて溜息を吐く。
周りを確認し、人面の自動車が追ってきていない事を確かめると、自動車を駐車場に入れようと再びアクセルを踏もうとした。その瞬間。
「けらけらけら……」
目の前から、あの笑い声が聞こえた。
男は顔を真っ青にして、アクセル全開でバックする。
すると、次は後ろから笑い声。激しいエンジン音も聞こえる。
男は兎に角慌てに慌て、再びアクセル全開で逃げ出した。
男は町のICから高速道路に入り、なるべく遠くへ向かおうとしていた。
運転するその顔は青く染まり、ハンドルを握るその手は震えている。
夜の高速道路は、何故か他の自動車は全く走っていない。
だが男はそんな事は気にせず、いや、気にすることなど出来るわけが無いのだが。
暫く経って、漸く男も違和感に気づく。
進めども進めども、PAもSAも料金所も降り口も見当たらない。
そんな事に気づいた時、後ろから笑い声が聞こえた。
男は一瞬ビクッと怯むが、おそるおそる後ろを見る。
男の自動車にぴったりと張り付くように、子どもの顔をした自動車が。
「けらけらけら……」
「ぅわああああ!!」
男は叫び、必死で逃げようと前を向く。
が、目の前、自動車が進む先の道路上には男が轢き殺した少年が、やはり生気の無い顔で佇んでいた。
男は焦って思い切りブレーキを踏むが、自動車が止まる事はなく、少年が目前に迫り―――――。
「っっ……!? また、夢?」
男はうずくまったまま寝ていたようであった。外はもう真っ暗だった。
深い溜め息を吐いて、安堵する。
「泡沫の夢だったわけか。そりゃあそうさ。俺が悪いんじゃないんだから……ハハ。さて、寝るか……」
そう呟くと、ベッドに入り眠りについた。
ただ。枕元には、生気の無い顔をした子どもが




