愛に飢えている子ほど愛には敏感
こういう展開って、よくあるよね。
「ベルナーシュ義姉さん。エルディアナ嬢って知っている?」
未来の義弟セシウスが公爵家教育の合間の休憩時間に尋ねてきた。
珍しいこともあるものだ。セシウスはわたくしがゆっくりしたい時は察して声を掛けてくるようなこともないし、もともと兄弟仲はあまりよろしくないので近付こうとすること自体稀なのだ。
「エルディアナ嬢? ええ。ユルフォーニャ男爵家のご令嬢よね。それがどうかしたのかしら?」
あまり接点のない家だが、将来公爵家に嫁ぐ身の上では貴族謄本に登録されている者すべてを覚える義務があるので名前程度なら知っている。
「そのエルディアナ嬢が『お兄さまと比べられて大変ですね』と告げて来て、自分は貴方の理解者だと」
「あら、まあ」
わたくしの婚約者であり、セシウスの兄は、完璧超人。貴族の鑑と呼ばれるほどの素晴らしい方で、誰もが彼に注目している。
そんな彼の弟であるセシウスは常に彼と比べられて、セシウスを通してその兄を見ようとする輩が多い。実の両親ですら兄しか見ておらず、セシウスがどんなに努力をしても……それが普通の人と比べたら如何に素晴らしい結果でもその上を軽く凌駕する兄を知っているからこそセシウスの努力はまだまだ足りてないお粗末なものとしか思われていないのが現状だ。
そんな環境でやさぐれずにいまだに努力を続けるセシウスは言い方が悪いが、いい子だと思えるのだが、そんな事実すら眼中に入っていないのだろう。
そして、そんな完璧超人の婚約者であるわたくしの立場も微妙なものだ。もともと貿易港のある伯爵家の娘であり、公爵家に利益があるからと結ばれた婚約関係だが、彼と彼の両親が認める【未来の公爵夫人】には足元も及ばず、彼と婚約をしたがっていた家門からは身の程も知らない愚か者とねちねちと言われ続け、王族ですら年ごろの娘がいれば降嫁させたのにとまで言われる始末。
努力をしても身につかないのだからしょうがないのだが、それでも言われ続けていると精神が参ってしまう。
「ベルナーシュさまは十分素晴らしいですよ。――ただ、隣に立つ方が………」
公爵夫人としてのふるまいを教育してくれた教師が困ったように微笑んで伝えたのを聞いて、普通の公爵家なら問題はなかったのだろうと溜息しかなかった。
そんな環境下だから、わたくしはセシウスに対して同族意識を持っていて、セシウスも同様なのだろう。だからこそ、未来の兄嫁と未来の義弟と言う関係でしかないので必要以上に接点を持たないで過ごしてきた。
…………口さがない方はどこにでもいるので。
「理解者ですか。それは喜ばしいことでは……」
「それが本当に理解者。だったら」
「…………何かあるのかしら」
「ええ」
座ってもと尋ねられて、長話になるのだと判断する。
あまり接触をしないように気を付けていたので話があってもけして椅子に座ろうとしないで、一言二言で終わらせていたのにそれだけ厄介な話になるのだろうと判断して、斜め前の椅子をすすめる。
隣でも正面でも火種を作りたい人なら悪意をもって受け止める。
「俺は常に兄と比べられてきたので【分かる】のです」
自分を通して【誰か】を見ている視線。何か下心があって近付いているのを。
「貴方を通して、公爵家と繋がりを持とうとしているのかしら?」
「――いえ、それはないと思います」
即座に首を横に振って、
「あれは……そうですね……物語の主役気取りと言うべきか……。聖女願望があるというか……」
「聖女願望?」
「“自分だけが何かを救える”と言う英雄願望の女性版。ですね」
「あらあら」
それは確かにありそう。
「比べられて大変だけど、自分だけが理解できている……そんな言葉を使って踏み台にして兄に近付いた方たちを多く見て来たので」
「もてますからね……あの人は……」
何度嫌がらせをされたのか……。
婚約を解消しろと脅されたことも数多いが、伯爵家の方から婚約を解消しろなんて言えるわけないのに。
「――本当に大変ね」
心から同情してしまう。
「全くです」
溜息一つ。
「こういう時は甘いものを食べるのが一番よ。――好きでしょう。シュークリーム」
ちょうど休憩のおやつはシュークリームなのだ。
「………エルディアナ嬢は愛に飢えているのだとはっきり告げてきましたけど」
「そうね。ご両親も親戚もあの人べったりで公爵家の予備として貴方を作ったけど無用の長物扱いですからね」
「ずけずけと言いますね。――だから、誰も俺の好みとかを知らないんですよね。兄のように好き嫌いなく食べるのを求めているだけで誰も好みを聞こうとしない。義姉さんだけなんですよね」
愛に飢えている。
セシウスはそんな存在だ。
そして、それをわたくしは察している。
「同病相哀れむ。――義姉として愛してあげれるけど、それ以上は無理よ」
だからそっと釘を刺す。
この愛に飢えた子供が唯一義姉と言う立場が向けた愛をそれ以上欲しないために。
完璧超人の兄が手放したら奪う気満々。




