4.首吊りの木
今は無き柳の木に
イニッスの村の西の、ウールユーバの森に、村の人々が“首吊りの木”と呼んでいる柳の木があった。
木はさほど大きな木ではなく、森の中へと続く小道を少しばかり行ったところの、小道のそばにぽっかりと開けた小さな草地の端に生えていて、しだれた枝を静かに揺らせ、暑い時期には恰好の涼しげな影を地面に落としていた。
が、昔から、この木の下では、なぜだかよく人が首をくくった。
この木に名付けられた名前を知らぬ者が見れば一見、それは小さな草地の端にぽつねんと寂しげに立っている、普通の柳の木にしか思えない。
しかし、物事を思い悩んで心を痛めている者にとっては、この木には、何かしらひきつけられるものがあるらしかった。
そして“首吊りの木”には、そういった者たちを引き寄せるという不吉な話だけではなく、もうひとつの話も人々の間に伝わっていた。そのもうひとつの話というのは……。
「……」
ある日の昼頃、その“首吊りの木”の下へと、若い男――ダイン、はやって来ると、“首吊りの木”の青々とした緑を見上げ、そして何事かを思っている様な表情で大きなため息をひとつついた。
イニッスの村から毎日ウールユーバの森へと通い、木こりの仕事をしている彼は、この“首吊りの木”を見るのは初めてではなかった。
しかし、今まで何人もの人間が縊れてぶら下がったという、気味の悪いこの柳の木を、こんなに間近で見たのは初めての事だった。
「……」
“首吊りの木”はこうして真下から見上げてみると、思っていたより大きなものに見えた。
木漏れ日をきらめかせている枝の緑は、他の柳とどこもかわらない、とても優しげなものだった。
しかし今のダインにはそれが、普通の木の緑よりも、何かよりいっそう、神秘的な力を秘めているようにも思えた。
その緑を見ながら、彼は思った。
(そうだ。この木なら……)
(この木なら、俺の願いを聞き入れてくれるかもしれない?)
(この木なら)
そう思いながら見上げているダインの前で、“首吊りの木”のしだれた枝は、風にざわりと大きく揺れ、それはまるでダインの思いに何か返事をしたかのようだった。
ダインは腰に下げてきた古びた太い麻縄を手に取り、縄と、“首吊りの木”を交互に見つめた。
そして手に持った縄を見ながら、やはりこのまま何事もなかったように、森の奥の切り倒しかけの樫の木の下へと帰り、こんな馬鹿げた事をしようなどと思った事はきれいさっぱり忘れて、いつもの様に仕事に励もうかとも思った。しかし……
『そりゃあシリルは美人だもの』
今日、この“首吊りの木”の下へ行こうと思った事の発端を、ダインは再び思い出した。
それは昨日の夕方、彼と同じ年頃の村娘、アビーとシリルが話していた事だった。
『ミースだってあなたみたいな美人をお嫁にもらいたいって、思っているわよ、きっと』
燃えたつ様な赤毛のアビーは、井戸の水を汲み上げながら、シリルに言った。
ダインとシリルは幼なじみだったが、アビーもまたシリルの幼なじみで、アビーはダインがシリルと知り合う前からのシリルの大の仲良しだった。
その日は夕飯の支度の手伝いをするために、彼女等はいつもの様に村の井戸へと行き、水を汲み上げながらおしゃべりをしている時に、森から帰ってきたダインがそばを通りかかり、彼女等の話がふと彼の耳に入ったのだった。
『やあね、やめてよ』
アビーの言葉に、シリルは淡い金髪を揺らせ、苦笑して言った。が、その表情はまんざらでもないようにダインには思えた。
『あら、いいじゃない。ミースの家って、この村では二番目にお金持ちなんでしょ?』
『さあ。でも、私は……』
二人の話は、彼女等の年頃の女の子ならよく話題にする様な、ほんの他愛ない話だった。
だがシリル以外の女の子とはあまり話をした事のないダインにとって、そんなことはわかるはずもなかった。
『……』
彼女等に声をかけようとして聞こえてきた二人の言葉に、ダインはふと口をつぐんだ。
(嫁さん……)
ダインは思った。
(あの水車小屋のミースの……?)
ダインはまだ赤ん坊の頃両親を亡くし、イニッスの村はずれに住んでいた祖父に引き取られた。
祖父は木こりで、ダインはその跡をついだわけだが、シリルの父親もまた木こりで、老齢だったダインの祖父を気づかい、シリルの父親、ソールはシリルとシリルの兄のアストルを連れて、よく様子を見に来てくれた。
ダインはその頃からシリルたちと仲良くなり、それから祖父が亡くなって一人暮らしをするようになったダインの事を、彼等は今でもよく気をつかってくれていた。
そしてまだ小さな子供だった頃は、シリルは時々ダインに言ってくれたものだった。
『私、あなたのお嫁さんになってあげる』と。
この頃ではシリルはそんな事は言わなくなってしまったが、しかし、ダインはその言葉を今でも信じていた。
とはいっても、人前でおおっぴらにシリルと“恋人気取り”な事などした事はなったが。しかし……
ダインは自分とミースとを比べて思った。アビーの言うとうり、ミースの家は、このあたりで一番大きな水車小屋を持っている、裕福な家だった。
(やっぱり親無し子の貧乏人の俺なんかじゃあ、駄目なのかな)
ダインは二人に声をかけないまま、その場からしょんぼりと立ち去った。
シリルは別に、ミースの事を何とも言いはしなかった。だが、ふと聞いてしまった彼女等の話は、ダインが自分で思っている以上に彼の心に重くのしかかり、その夜、ダインは眠れなかった。
そしてしらじらと夜が明けた頃、彼はべッドの中でふと思いついたのだった。
“首吊りの木”に行ってみようか、と。
しかしダインがそう思ったのは、“首吊りの木”でみずから命を絶とうと思ったからではなかった。
ダインは“首吊りの木”の、悩める者を死へと引き寄せる力があるという話の他の、もうひとつの話を試してみようと思ったのだった。
その、もうひとつの話、というのは――“首吊りの木”で首をくくったものの失敗して、死に切れなかった者は、それからは今までの運の悪さがまるで嘘の様に変わって、一生、幸運に恵まれて幸せに暮らしてゆけるようになる、という話だった。
ダインははじめ、その話を試してみようとは思ったものの、やはりやめようかとも考えなおした。
だが“親無し子の貧乏人”で、それゆえに想い人の幼馴染みをも失ってしまう様な自分の運など、もうこれ以上悪くなるはずもなく、死んだとしても、もうどうでもいいか、という気持ちが最後には勝り、彼は今朝家を出る時に、腰に麻縄を下げてきたのだった。
「…………」
ダインは縄の端を“首吊りの木”の枝へと投げた。
が、彼はまだ本気で死のうなどとは思っていなかった。だから、
(首を吊ったすぐに手で縄をひっぱって、縄を引きちぎったら……)
(シリルが俺の嫁さんになってくれるくらいの運は手に入れられるかな?)
(でも、もしかして本当に死んじまって)
(俺がここで死んでるのを誰も見つけてくれなかったら、どうしよう?)
などと思っていた。
しかし、そう思いつつもダインは思い留まらず、首に縄をかけ、
ダインは首を吊ろうとした。
そして――
踏み台がわりにしていた岩から飛び下り、足が宙に浮いたと思ったとたん、
どしゃっ、
という音とともにダインは地面に投げ出され、苦痛に顔を歪めた。
「……!」
ダインはうめき声をあげてあちこちをさすりながら、“首吊りの木”を見上げた。
見れば、彼が首にかけた縄は途中からぷつりと切れ、その端が“首吊りの木”の枝に残り、もう片方の端は、まだ彼の首の周りにかかっていた。
「ああ、痛てえな、もう」
ダインはぶつくさと言いながら、自分の首にかかっている縄を掴み、ぽいと向こうの草むらの中に投げ捨てた。そして大きなため息をひとつつくや、彼は気づいた。
(俺……)
(俺、首吊りに――)
(首吊りにちゃんと成功……、いや、ちゃんと失敗したんだ?)
ダインは今一度、“首吊りの木”を見上げた。
「へえ……」
(これで――)
彼は思った。
(これで俺にも、少しはツキが回ってくるようになったのかな?)
そう思いながら彼は立ち上がり、あたりを見回した。まわりには、誰もいない様だった。
こんなところを人に見られないでよかった、と彼は安心した。そして本当に死ぬ事にならずによかった、とほっとしながら、彼は仕事をしかけていた場所へと戻ろうと、“首吊りの木”の草地から出て、森の奥へと続く小道を歩きだした。
と、しばらくゆくと、小道の端の草むらの中で、何かがチイチイと小さなかん高い声で鳴いているのにダインは気づき、足を止めた。
「?」
見れば、どこかの巣の上から落ちてしまったらしい鳥の雛が一羽、草むらの中で鳴いていて、その親鳥らしき鳥が雛の方をながめながら、木の枝の間をせわしく飛び回っていた。
「……」
彼はそれを見て、雛鳥をそっと手に取り、あたりを見回して、雛鳥が落ちてきたらしき巣を木の枝の上に見つけると、彼はその木によじ登り、雛鳥を巣の中へと帰してやった。
「もう落ちるなよ」
ダインは他の雛鳥たちの中に手にしていた雛をおくと、にっこりと笑って言った。そして木から降り立ち、彼は再び小道を歩きだした。だが、どういうわけか、気がつけばいつの間にか――彼はあの“首吊りの木”の元へと戻って来ていた。
「……?」
ダインはあたりを見回し、いま来た小道を振り返った。道はまっすぐな一本道だ。仕事をしていた森の奥へと向かって歩いていれば、再びここに戻ってくるはずが……?
と、
「こんにちは、ダイン」
その彼に、誰かが言った。
声の方を振り返ってみれば、“首吊りの木”の下に、白銀の髪と、淡い緑の瞳をした女性が立っていた。
その女性は、ダインが今までに見た事の無い様な、とても美しい女性だった。
「こん……にちは」
ダインはその女性に驚きながら、挨拶を返した。すると、彼女の、巫女の様な、白い質素な着物の肩に一羽の小鳥が舞い降り、小さなビーズ玉の様な黒い瞳でダインを見つめて一声さえずった。
ダインにはその小鳥が、さきほどのあの雛鳥の親のように思えた。
「さっきはこの鳥の雛を助けてくれてありがとう」
女性の肩に止まっている小鳥を見つめるダインに、彼女は優しい笑みを浮かべて言った。
「あなたは優しい、親切な人ね」
「……」
まるで仙女の様な美しい女性の笑顔に、ダインはどぎまぎとした。そして、
「お、俺は……いつも森の恵みを分けてもらってる木こりだから。木や草や動物たちを大事にしないと、恵みを分けてもらえなくなっちまう。じ、じいちゃんもそう言ってた」
と、彼は言った。
「ええ、そうね」
彼の言葉に女性はうなずいた。
「あなたのおじいさんは立派な人だったわ」
「? お、俺のじいちゃんの事、知ってるのか?」
女性の言葉にダインはたずねた。
「ええ、もちろん」
それに、女性は再び微笑んだ。
「あなたのおじいさんも、あなたも、あなたの大事なシリルの事も。この森によく来る人の事は、私はみんな知ってるわ」
「へ、へえ、この森によく来る人、みんな?」
シリルの事を言われて、少しドキリとしながら、ダインは言った。
「ええ。私はいつもずっとここで、この森に来る人たちを見ているから。私はね――」
彼女は“首吊りの木”を振り返って見ながら言った。
「この柳の木の精なの」
「……?」
木の精?
「木の精って……この“首吊りの木”の?」
ダインは目を見開けて女性を見つめた。
「ええ」
「で、その木の精が、どうしてこんなところに……?」
と、
「ダイン」
彼のその言葉に、木の精は少し困ったような表情で笑って言った。
「……おかしなところにいるのは私の方じゃなくて、あなたの方なのよ」
「?」
「あなたが私たちの世界へと迷い込んで来てしまったのよ。ほら、見て」
そう言うと、彼女はダインと自分の間の宙を右手でひと撫でした。と、そこにぽかりと幻の様なものが現れて、その中をのぞいて見ると、不思議や、そこには小さな景色が浮かび上がっていた。そしてその中には――
“首吊りの木”の枝にぶら下がったまま動かない、もう一人のダイン自身の姿があった。
「??」
ダインは再び目を見張り、自分の目の前の“首吊りの木”の下を見た。だがもちろんそこには、もう一人の自分など、ぶらさがってはいなかった。
「これが本当のあなたの世界での、今のあなたの姿よ」
ダインに、木の精は言った。
「本当のあなたの世界では、あなたは今、この木の下で死にかかっているのよ」
「?!」
彼女の言葉に驚き、ダインは木の精を見つめた。
「今ここにいるあなたは、本当のあなたの世界で死にかかっているあなたから抜け出してしまった、魂だけの存在なの。
ここの世界は、あなたの世界のすぐ隣の、私たち精霊が住む世界なのよ。
見かけはあなたの世界と変わらないけど、ここはあなたがたの世界と、あの世との間の世界なの。
あなたは私の木で首をくくって、それで死にかかっていて、この世界に迷い込んでしまったというわけ」
「…………」
ダインは信じられない、といった表情をした。が、しかし……
「あなたは私の木で命を絶とうとして、それからどうなればいいと思っていたの?」
木の精はたずねた。
「ただ、元の世界で悩んでいた事や、元の世界自体から逃げだしたかっただけ?」
「いいや。まあ、それも少しはあったけど……」
ダインは言った。
「この木で自殺しそこなったら、今までとはちがう、いい運がめぐってくるようになるって話を聞いてたから、それで……わざと失敗するつもりで、最初から死ぬつもりはなくて……」
彼は気まずそうに語尾をもごもごとさせて言った。
「まあ」
ダインの言葉に、木の精はあきれた様な顔をし、そしてくすくすと笑った。
「……でも、そうね。あなたはまだ、自分も、自分の周りも見えなくなってしまうほど、悩んではいなかったものね。自分の周りで困っているものに気づいてあげる事ができて、それを助けてあげる事まで出来たもの」
「?」
「私はね」
自分の言葉に、不思議そうな顔をしたダインに、木の精は言った。
「あなたがたがこの世界へと迷い込んできた時、本当にその人があの世へと行くべきなのか、それとももう一度元の世界へ戻ってやり直すべきなのか、ここで番をしているのよ。だって、私としては、この木の下で、人死にが出るなんて悲しい事は、起こってほしくないんだもの」
「……番?」
「ええ。で、あなたは……」
彼女はダインを見つめた。
「元の世界に帰りたい?」
「ああ、もちろん」
ダインは大きくうなずいた。
「最初から死ぬつもりなんてなかった。ただちょっと、自分のツキが悪いと思って、それを変えたかっただけで……馬鹿な事をしたと思ってるよ。どうやったら、その、元の世界とやらへ帰れるのかな?」
「それは簡単よ」
木の精は言った。
「ここでもう一度首を吊ればいいの」
「もう一度、首を……?」
木の精はうなずいた。
「ええ」
「そうしたら、あなたの魂が、元の世界のあなたの身体へとちゃんと帰れるよう、私が導いてあげるわ」
「…………」
ダインには彼女が言っている事がいったいどういう事なのか、いまひとつ理解しきれてはいなかった。が、元の世界とやらへ帰れて、生き返れるというのなら、とにかくそれでよかった。
しかし、首を再び吊りなおそうにも、縄が……
ダインはあたりを見回した。そして、彼は先程自分で投げ捨てた麻縄の切れ端を草むらの中に見つけ、それを拾い上げようとした。と、その彼に、
「ねえ、ダイン」
木の精は彼に言った。
「元の世界に帰る前に、ひとつ、約束してくれる?」
「?」
「生き返って……また辛い事や悲しい事があっても、もう二度と自分で命を絶ったりしないって」
木の精はダインをじっと見つめた。
「……ああ」
ダインは言った。
「もうあんな事は二度としないよ。約束する」
「本当に?」
ダインは真面目な顔をして、大きくうなずいた。
「ああ。もう何があったって」
「じゃあ、約束よ。ねえ、ダイン……」
その彼に、木の精は穏やかな笑みを浮かべて言った。
「人それぞれの悩みや悲しみっていうのは、それぞれ大変な事にはちがいないんだけど、でも、その悩みも悲しみも、本人のはたにいる者からすれば、本人が思っているほど、そんなにたいした事ではない事もあるのよ。
あなたはここで、雛鳥を助けてくれたけど、雛鳥からすれば、巣から落ちた事はたしかに大変な事だったけど、あなたからすれば、雛を巣に戻してやればいいだけの、たいした間題でもなかったでしょ?
だから、あなたがこれからも経験する辛い事や悲しい事も、それと同じ事だとは思わない?嫌な事から逃げ出そうとしても、結局はそんな事、できはしないのよ。たとえ、自分で命を絶って、他の世界へ逃げたとしても。
あなたの世界で、あなたが解決できなかった事は、他の世界へ逃げ出したとしても、そこでもやっぱり、解決できないで、あなたについてまわってしまうのよ。
あなたの人生は――あなたの努力次第なの。わかるでしょ?」
「ああ」
ダインはうなずいた。
「……よかったわ。あなたの心が、もう何もわからなくなってしまっているのではなくて。あ、そうそう」
木の精はにっこりと笑い、そしてふと何かを思い出した様に言った。
「ついでにもうひとつ見せてあげるわ」
と、彼女はそう言いながら、再び宙を手でくるりと撫でた。
すると、そこにはまたあの不思議な風景が現れた。
今度のその中にはシリルとアビーがいた。それは、どうやら昨日の夕方、彼が彼女等を見かけた、井戸のそばでの時の事の様だった。
『でも、やっぱりあなたはダインがいいんでしょ?ミースがいくらお金持ちだって』
桶の水を汲み上げながら、アビーは言った。
『ええ、そうよ』
アビーに、シリルは少しばかり顔を赤らめながら言った。
『やっぱり……私が一番大好きなのはダインだわ』
『はいはい、ごちそうさま」
アビーはそのシリルを半分からかいながら言った
『あなたって、いつもそうなんだから。でも、いいわね、うらやましいわ』
「…………」
宙に浮かぶ風景の中の、シリルが言った言葉に、ダインの胸は高鳴った。
「シリルが自分の事をどう思っているかなんて、悩む事はなかったのよ」
そのダインに木の精は言った。
「相手が自分の事をどう思っているかなんて、勝手におかしな誤解をしては、いけないのよ」
「……」
シリルの言葉と、木の精の言葉に、ダインは本当に自分は馬鹿げた早合点をしていたのだと、とてもはずかしくなった。
「さあ、では、元の世界に帰りましょう?」
木の精はダインに優しく微笑みかけた。
「ああ」
ダインはにっこりと笑った。
そして
どしゃっ
という音とともにダインは地面に投げ出され、苦痛に顔を歪めた。が、しかし――
彼は地面に投げ出された格好のまま、“首吊りの木”を見上げた。
古びた麻縄は、またも途中で切れていた。
(帰ってきた……)
と、彼は思った。
そしてダインはあたりを見回して立ち上がった。
“首吊りの木”の下には、もうあの美しい木の精はいなかった。
彼はそのまま草地から小道へと歩きだし、仕事をしていた森の奥へと向かった。今度は巣から落ちた鳥の雛には出会わなかった。
そしていつのまにか再び“首吊りの木”の元へと戻って来て、あの木の精と出会う事も。
彼があちこち痛む身体をさすりながら仕事場へと無事戻って来ると、そこには――
「ダイン!」
シリルがいた。
「まあ、どこへ行っていたの?」
彼女は一瞬驚いた様な表情をして、そして笑顔でダインへと駆け寄って来ると言った。
「今日は、休憩時間にパイをあなたたちに食べさせてあげようと思って持ってきたのよ。そしたら道具が放り出されたまま、あなたの姿がないんですもの。……どこへ行っていたの?」
「……うん、ちょっとね」
ダインはそのシリルに微笑んで言った。
「どうしたの?」
彼女は彼の様子に、不思議そうな顔をして彼を見つめた。
「うん……なあ、シリル」
「え?」
「そのう……いや、なんでもない」
ダインはシリルに何かを言おうとしたが、しかしそのまま顔を少しばかり赤らめ、うつむいてしまった。
「まあ、なあに?」
その彼にシリルはくすくすと笑い、ダインの腕をとった。
そして彼等は二人仲良く並んで切り倒された木の幹の上に座り、パイを食べだした。




