試行錯誤②
「もうちょっと上向いて」
六花に言われて、瑞貴はわずかに顎を上げた。眉毛はハの字になっている。六花の持つ細いブラシが、瑞貴の唇を丁寧に撫でた。
「そうね。いいんじゃない?どう?立ってみて」
どう、と言われても。瑞貴は渋々立ち上がった。着せられた白のシャツワンピースは、足元がスースーして心許ない。雄然が店内の一角から移動してきた売り物の姿見には、へっぴり腰で上目遣いな女装男が映っている。テーブルでは、蒼が声を殺して笑っている。肩が小刻みに震えているのが分かった。
「蒼さんも笑うんですね」
初めて蒼が笑うところを見た瑞貴は、恨めしそうに言った。まさに今、六花の入念なメイクが仕上がり、女装はこれで完成だった。別にやりたくてやっているわけではないのに、笑われるのは不本意だ。
「いや、すまない。悪くはない。悪くはないんだが……」
と、蒼は笑い止まない。
「蒼は攻撃性の高い人見知りなだけだよ。笑うってことは、瑞貴と打ち解けてきたってことだね」
「まぁ。女子に見えないことはないんじゃないか。身長は六花よりも少し低いしな」
雄然は相変わらず座椅子で寛ぎながら、ニヤニヤと眺めている。
宮乃介と会った三人は、千鳥ヶ淵を後にして、桃泉堂へやって来た。六花は一旦自宅に戻り、女装のための道具を揃えて戻ってきたのだ。
ロングヘアのウィッグを着け、メイクを施された瑞貴は、ひょろっとした長距離ランナー体型も手伝って、なんとか女性らしく見える。むしろ、六花のメイクは上出来で、クールで中性的なモデル風に仕上がっている。顔といでたちはモード系なのに、少し猫背で動きが男性的なのが笑いを誘うのか。
「……背筋を伸ばせ。股を開くな」
低い笑いを何とか堪えながら、蒼が言った。もう少し愛嬌のあるメイクなら、男子校の文化祭くらいの和やかな感じになったかもしれない。でもそれでは、妖魔の目を欺くのは難しい。
「見た目はともかく、所作の練習が必要だな」
雄然も愉快そうにそう言った。物心ついてからずっと父子家庭で育った瑞貴には、女性らしい所作がどんなものかなんて、皆目見当がつかない。しかし、姿見に映った自分を見て、これではだめだと瑞貴自身、思った。
「ウィッグはロングよりショートボブくらいがいいかもね。メイクも、あんまり作り込まない方がいいかと思ったんだけど……」
六花も全体的な雰囲気に、いまいち納得がいっていないようだった。
「まぁ、化粧も服装も、ほぼ六花だからな」
「そうねー。作り込んでも、さらにモードっぽくなりそうだし。素材は悪くないと思うんだけどねー」
雄然と六花の会話を横目に、蒼がスマホを操作し、ポンとテーブルの上に置いて、瑞貴の方を見た。
「これが六花の仕事だ」
瑞貴は蒼のスマホを手に取る。それは、アシンメトリでちょっと前衛的な衣装を纏って、目力を強調した彫りの深いメイクをした六花が、ランウェイを歩く動画だった。
「え、六花さん、モデルなんですか」
顔立ちやスタイルから、そんなに意外なわけではないが、実際にその姿を見ると、思った以上に様になっていて圧倒される。
「バイトだよ。私、基本的にニートだから。ランウェイの仕事なんて、滅多にないし」
六花は桃泉堂のカウンターに並べたメイク道具を選別しながら言った。モデルのような芸能関係の仕事にありがちな、あざとい感じは六花にはまるでない。六花自身、大して興味ないといった風で、淡々と作業を続ける。
「瑞貴はある程度、自分でメイクできるようにならないといけないからね。これ、あげるから、自分でも家で練習して」
大きなコスメボックスの中から選りすぐられた瑞貴用のコスメをポーチに入れ、六花はポーチごと瑞貴に渡した。モデルの仕事をしているなら、その大量のコスメのラインナップも納得だ。
「今時、メイク動画もいっぱいあるから。参考にして、自分で色々やってみたらいいと思う」
そもそも、これで本当に妖魔を寄せつけないようにすることができるのか、甚だ疑問ではあるが、反論する根拠もない。動物の亡骸を見かけるくらいならまだしも、襲われたりするようになるのは困るから、できることはするべきなのかもしれない。
「……頑張ります」
着慣れないワンピースに居心地悪そうに背を丸めたまま、瑞貴は仕方なくポーチを受け取った。
※カクヨムでも同じ作品を掲載していますが、カクヨムでは章ごと、なろうでは1-2パラグラフごとに更新します。




