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宵のハコブネ  作者: 朔蔵日ねこ
百鬼夜行

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百鬼夜行③

 夏休みは残すところあと十日。瑞貴は二十日間の修行を終えて東京に帰って来ていた。百鬼夜行から一週間足らず。あの翌日、瑞貴はSNSやネットニュースを片っ端から確認した。百鬼夜行の目撃情報と思しきものはちらほらとあるものの、写真や動画に残らないせいか、大きな話題にはなっていなかった。撮影しても写らないことから本物だと噂されてはいるが、いかんせん証拠がないため、それ以上の議論にはならないようだ。

 いちかは百鬼夜行の中の様子をメールで報告してきた。化け合戦をしていた動物妖怪たちはもとより、化けない妖怪たちもみな百鬼夜行に酔いしれ、狸も狐も貉も諍いを起こすことなく代わる代わる異層をつないでいたようだ。百鬼夜行の様子をSNSに載せられないのが残念だといちかは嘆いたが、影響力もあって公式に化け狸を自称しているいちかが百鬼夜行を公開すると、思わぬ方向に炎上する可能性もあるので、自粛してもらって正解だと瑞貴は思った。

 千歳とともに百鬼夜行の最初と最後を首塚で見守っていた壱流からも、興奮気味のメッセージが来ていた。平将門の勇壮さに壱流はいたく感動していた。やはり妖怪よりは怨霊に愛着があるらしい。将門の率いていた六人の落ち武者は、八幡の藪知らずという禁足地に棲む将門の近臣の怨霊で、午前零時の百鬼夜行の始まりにはぬらりひょんとともに首塚に馳せ参じ、将門を迎えたのだそうだ。

 おおむね、百鬼夜行は問題なく遂行されたようだった。暁父山は先だって行われた祭りですでにだいぶ鎮まっていたので、瑞貴自身はあまり効果を実感できていないが、本来の目的である妖怪のエネルギーの発散はできたのだろうか。今日はそのことについても確認するために、瑞貴は桃泉堂に来ていた。

「何ですか?これ」

 桃泉堂のテーブルの上に、白い布に包まれた一メートルほどもありそうな細長い丸太のようなものが置かれている。蒼はいつもの位置に座っているが、六花は椅子を移動してテーブルから少し離れたところに座っていた。

「開けない方がいいと思うよ」

 六花が苦々しい表情で言った。瑞貴は不思議そうな顔をしながら蒼の隣に腰を下ろし、包みを覗き込もうとする。

「百鬼夜行で俺が斬り落とした手長婆てながばばあの腕だ」

「えっ⁉」

 蒼の言葉に驚き、瑞貴はテーブルから少し遠ざかる。

「まるで茨木童子の腕を斬った渡辺綱わたなべのつなのようだな。立派立派」

 雄然は相変わらず余裕の表情で座椅子から愉快そうに声を掛ける。

「仙台の上空辺りで、百鬼夜行の雲の上から長い腕を下界に伸ばして人間をさらおうとしていたのを、天狗の遣いの鴉が見つけて通報したんだ。季仙坊と現場に行って、すんでのところで腕だけ斬った。明らかなルール違反だから特に問題にもならなかった。しかも、手長婆自体を斬って消滅させたわけでもないからな」

 今回、民保協が把握したルール違反はそれ一件のみだったようだ。蒼の見事な剣さばきが、その後の抑止力になったのも事実だろう。

「見てみるか?」

 蒼はそう言って、腕を包んでいる白い布を解き始めた。六花はあからさまに顔を背け、中身を見ないようにしている。一方の雄然は、座椅子から身を起こして興味津々だ。気味の悪さより怖いもの見たさが勝った瑞貴も、首を竦めながら視線は吸い寄せられている。

 包みの中から出てきたものは、確かに長い腕の形はしていたが、青白く石化した木の枝のようだった。切り口も肉というよりは骨と皮ばかりで、指は五本あるがその一本一本が節くれだって、蜘蛛の脚に似ていた。乾いてしぼんだ枯れ木のような腕に生々しさはなく、作り物めいている。

 雄然はわざわざ立ち上がって眺めに来たが、若干期待外れだったようで、腕組みをしてつまらなさそうな顔をしている。

「しかし、腕を斬り落とされた妖怪は、その腕を取り返しに来るのが定石じょうせきだろう」

 酒呑童子退治で知られる頼光四天王の一人である渡辺綱は、一条戻り橋で美女に化けた茨木童子という鬼に襲われてその腕を斬り落としたが、茨木童子は後に渡辺綱の伯母に化けて腕を取り戻しに来たといわれている。妖怪に襲われて腕を斬って退治した後、妖怪が腕を取り戻しに来る逸話は他にもたくさんある。

「えっ、じゃ、手長婆も取り返しに来るんじゃないですか」

「だろうな」

 平然と、蒼は頷いた。

「だから、これは民保協本部には渡さずに俺が保管する。民保協は報告書があれば十分だろう。持ち主もどうせ俺のところに返せと言って来るだろうしな」

 妖怪が取り返しに来ると分かっている腕を自ら保管しようという蒼は、かなり豪胆だ。蒼なら、さらにそこからデータベースへの登録にまで持ち込むのだろう。

「この百鬼夜行で、妖怪たちは発散できたんでしょうか」

 手長婆の腕を包み直している蒼を眺めながら、瑞貴は呟いた。腕が無事に目に触れなくなったことを確認した六花が、少しだけ椅子をテーブルの方に寄せてくる。

「百鬼夜行前に比べたら、妖怪が関わっていそうな事件や事故は格段に減ったから、効果はあったんじゃない?」

「そうだな。この店だって、今日は静かだろう。皆、満たされておるのだ」

 確かに、桃泉堂の中はいつもほどざわついていない。むしろ、寝息でも聞こえてきそうなほど、雰囲気は和やかだ。雄然は、大事な売り物である付喪神たちをことごとく百鬼夜行に参加させていた。その方が、付喪神として箔がつくのだそうだ。承和昌寳じょうわしょうほうをはじめ、雄然の式神たちが号令をかけ、何とかおおむね全て店に戻って来たらしい。

「静かになったところで、ほんの一時のことだがな」

「やっぱり、一時だけですよね……」

 残念そうに肩を落とした瑞貴の様子を見て、雄然は柄にもなく慌てて付け足す。

「一時とは言え、それなりにはもつだろう。その間に、人間と妖怪が共存するための方策を考えれば良い」

「そうだね。民保協も今回のことで、妖怪を保護することよりももっと大きな使命に気が付いちゃったからね」

 六花は薄く微笑んだが、その笑顔はいつものような快活さには欠ける。そのかげりに気付いたのか、雄然も難しい顔をした。

「少しは対策は進みそうなのか」

「さすがに、ぬらりひょんとも直接会ってああ言われた手前、統括も副統括も方針転換せざるを得ないでしょうね。まずは妖怪たちの意見に耳を傾けるところからかもね」

 まだ蒼の処遇に関しても通達はないらしく、民保協は明らかに手が回っていないようだった。しかし、百鬼夜行で妖怪たちの鬱憤を晴らし、大人しくさせたからといって、それは時間稼ぎに過ぎない。課題は山積しているのだ。

「民保協もまだまだ宝珠の力を借りねばならんようだな」

 雄然はすっかり元の座椅子に収まって、チェシャ猫の笑みを浮かべている。

「でも……」

 と、浮かない顔をして、瑞貴はうつむいた。その深刻そうな様子に、三人は気遣わしげに瑞貴を見遣る。

「僕はまず、夏休みの宿題を終わらせないといけないんです」

 急に現実的な高校生の悩みを吐露した瑞貴に、三人は呆気にとられた。一瞬の沈黙があった。

「……そうだな。また、見てやろうか」

 神妙な顔をして蒼が言ったので、瑞貴は顔を上げて、曇った表情から一転、にっこりと微笑んだ。

 八葉については、まだ六花たちには話してはいなかった。千鳥ヶ淵の宮乃介から一枚目の花弁を渡されたことは六花たちも知っているので、いずれは話そうと思ってはいる。しかし瑞貴自身、八葉のことをまだあまり理解していないので、説明するのも難しい。そして、この百鬼夜行で八葉のうちの一葉を作り出せたことに関しても、まだ胸の内に秘めておきたい気持ちがあった。雄然の言うように、これからもこの二人をはじめ、民保協とは長い付き合いになるのだろう。途方もなく前途多難のような、それでも少し楽しみなような、そんな気持ちを瑞貴は抱いていた。

※カクヨムでも同じ作品を掲載していますが、カクヨムでは章ごと、なろうでは1-2パラグラフごとに更新します。

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