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宵のハコブネ  作者: 朔蔵日ねこ
百鬼夜行

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百鬼夜行①

 瑞貴は、夜の暁父山の頂上に美弦とともにいた。深夜の山頂の風は肌寒いほどで、寒色の月明かりに照らされた前鬼ぜんき後鬼ごきの像が黒々と光っている。美弦は、瑞貴が蛟に襲われた時に放ったのと同じ鏑矢かぶらやと弓を携えていた。この鏑矢は魑魅魍魎に合図を送るために古くから寒月峰神社が特別に作っているもので、矢羽根の色によって意味が異なるのだそうだ。

 ぬらりひょんが首塚に平将門を迎えに行く手筈てはずにはなっているが、何かの時のために壱流と、そして千歳にも首塚に向かってもらっていた。六花と蒼は民保協の緊急配備命令に従って都内に配置されているが、ぬらりひょんと季仙坊の申し出により、妖怪が万一暴走した時の緊急対応の際には、季仙坊の神通力である瞬間移動を利用して現場に急行することになっていた。

 本題の百鬼夜行の方は、かなりの数の妖怪が集まるとぬらりひょんは見込んでいる。いちかは団三郎狸や太三郎狸を通じて全国の狸に呼び掛け、京弥・結夫妻は稲荷のネットワークを使って広めてくれた。狸と狐のほか、むじなも参加してそれぞれが異層を作り出し、百鬼夜行の行列をリレーしていくことになる。ぬらりひょんの昔ながらの一斉号令や天狗のネットワークも駆使して、全国の妖怪に百鬼夜行の開催を報せた。東京から始まる本流だけでなく、各地でも百鬼夜行が派生していくだろうというのが、ぬらりひょんの予想だった。

 午前零時に平将門が首塚を出発すれば、全国の妖怪たちも動き出す。総勢どのくらいの妖怪が百鬼夜行に集うのか、いくつもの異層を渡り歩く百鬼夜行がどのくらい現世から垣間見えるのか、すべて未知数だった。

「うまくいきますかね」

 満天の星空を見上げて、ぽつりと瑞貴が呟いた。

「どうだろうね。でも、できるだけのことはした。全国の寺社仏閣にも通達があったし。あとは、ちゃんと妖怪たちが百鬼夜行っていうお祭りに専念してくれることを祈るだけだね」

 山頂のすり鉢状に拓けた窪地に並んで腰を下ろしている美弦は、やや緊張した面持ちで遠くの空を眺めている。晴海は神社の拝殿で瞑想して過ごすと言っていたが、美弦が赤い矢羽根の鏑矢を射れば駈けつけてくれる。山の上ではスマホの電波が届かないので、東京との連絡手段はもっぱら管狐の伝令ということになる。今夜はタカネを千歳に託し、瑞貴はフウロを手元に置いていた。

 時刻が午前零時を回った。百鬼夜行は首塚を出て北上する予定だ。ぬらりひょんが首尾よく平将門を迎えられていれば、間もなくこの秩父の上空を百鬼夜行が通過するだろう。瑞貴は膝を抱えて座り、指を組んだ両手の上に顎を乗せて目を閉じていた。耳の奥で、自身の鼓動が聴こえる。自分の選択したやり方が、どうか間違っていませんように、と、瑞貴は一心に祈っていた。落ち着きのない二人の様子を察して、フウロも地面に背筋を伸ばして座り、耳をピンと立てて空を見上げている。

「瑞貴、あれ」

 一時間ほど経過した頃、美弦の声がした。瑞貴が顔を上げると、美弦が南東の空を指さしている。満天の星空にけぶるような雲。狐の嫁入りの時に似た、光の群れがかすかに見える。光はしかし提灯とは異なって、青白いもの、黄色いもの、赤いものと色とりどりで、大きさもまちまち、不規則に動き回っている。

「鬼火だね。あんなに色んな種類の鬼火が一堂に会するなんて滅多にない」

「はい。……他の妖怪の姿はまだ見えませんね」

 二人は立ち上がり、こちらに向かって近付いてくる雲の塊に、身を乗り出すようにして目を凝らした。

 山肌を伝って移動していた狐の嫁入りと違い、大空を渡って来る百鬼夜行は厚い雲に覆われている。その雲の色は、将門の生首が纏っていた雲と同じ紫色だ。異層を通っているせいか、鬼火の光すら雲の中で見え隠れする。

 晴れて満天の星を湛えていた夜空は、長く棚引く雲に徐々に遮られていく。紫色の雲の下には、小さな稲妻がいくつも瞬いている。

『あれは狸の異層ですね』

 フウロが雲を見上げて言った。雲自体は平将門の雲と同じに見えるが、その雲を増幅させて目隠しにしているのか。

 くぐもった大きな太鼓の音が、打ち上げ花火のように空気をふるわせると、雲の切れ間から黒く蠢く影が覗いた。雲は徐々に開け、東の空に昇った月の光に照らされて、妖怪たちの姿が露わになる。

 先頭では、紋付き袴のぬらりひょんが露払いをしている。その後を河童や鬼、傘化け、提灯お岩といった昔話の絵本のような妖怪たちが従う。まさに、絵に描いたような百鬼夜行。付喪神たちも無数にいる。茶釜の禅釜尚ぜんふしょう、革袋の虎隠良こいんりょう、毛槍の槍毛長やりけちょう鐙口あぶみくち沓頬くつつら琴古主ことふるぬし。そのほか、有名無名のたくさんの付喪神たち。続いて、管絃の雅な音楽が流れ、狸たちが絢爛豪華な十二単の姫君や貴族、僧侶、侍など、競うように化けては跋扈する。牛車や馬も飛び出して一幕の物語を演じ、まるで絵巻物のような煌びやかさだ。

(あ……いちかさん)

 ひときわ派手な花魁姿で優雅に舞っているのは、いちかに間違いない。和装の中にもふんだんにレースやリボンやビジューをあしらって、ゴスロリ魂を忘れてはいない。いちかは子狸・太月や新宿御苑の小十郎爺にも百鬼夜行への参加を承諾させたと得意げだった。遠くに鳴り響く鼓の音は、小十郎や、もしかすると太月の腹鼓だろうか。

 狸の化け合戦のあとは、人型妖怪たち。人型といえど、大きさも風貌も見た目の年齢も十人十色。一輝や三久にも壱流が声を掛けてくれたので、あの中にいるかもしれない。そしてとうとう、勇壮な鬨の声とともに平将門が姿を現した。六人の騎馬に乗った落ち武者を率い、蹄の音も高らかだ。予告通り、首だけではなくなっており、漆黒の大鎧を着け、首のない芦毛の馬にまたがっている。しかし、首と胴は長らく離れていたせいか、完全に一体となってはおらず、時折首が離れて浮遊している。

『山々の妖怪どもよ。我が声を聞き、百鬼夜行に集え』

 梵鐘のような将門の声が、頭の中に響いた。驚いて瑞貴が美弦の顔を見ると、美弦も頷いて、瑞貴の耳元で囁く。

「百鬼夜行が視える者にしか聞こえないようだね」

 将門の声に呼応するように、山の表面がぞわぞわと騒ぎ出した。百鬼夜行を包む紫色の雲から、山肌に向かって月明かりのように薄い光が射す。すると、山の妖怪たちが続々と光の道を通って雲に渡りはじめた。

『さぁ、皆の者、後れを取るな。めづらかなる百鬼夜行ぞ。臆することなく、くここに集え』

 ふと、瑞貴たちの眼下の暁父山の中腹から、細く碧い龍が飛び立つのが見えた。

(浄縁沼の蛟……)

 水飛沫をきらきらと振り落としながら、蛟は龍の姿となって大空に昇っていく。宝珠の力を我が物にして龍になるために瑞貴を喰おうとした蛟は、今や十分な力を回復して龍になった。

『瑞貴、聞いておるか』

 今度は、瑞貴の頭の中にぬらりひょんの声が響いた。

『これが百鬼夜行だ。美しかろう。今頃、この国のあちこちで触発された妖怪がそれぞれに百鬼夜行を起こしていることだろう』

 瑞貴はこめかみに指を当てて、集中してぬらりひょんの声を聞いた。優しく茶目っ気のある表情をした老爺ろうやの顔が目に浮かんだ。そもそも最初から瑞貴を「宝珠」と呼ばずに名前で呼んだ妖怪は、ぬらりひょんだけだ。

『我々の妖力を回復させたのは、宝珠の力だけではないのだよ。妖怪自らが人間との関わりを思い出し、己を信ずることができた時にその妖力は飛躍的に回復するのだ』

 そうか、と瑞貴は納得した。浄縁沼の蛟が龍になることができたのも、宝珠の力を享受したせいだけではなく、妖怪が、妖怪としての生き方を思い出したからなのだ。

『よくやったぞ、瑞貴。お前さんの名は妖怪の世界でも広く知れ渡るだろう。今宵は愉しむといい。また会おう』

 首無し馬を駆る将門の軍勢に追従するのは、大型妖怪たちだ。がしゃどくろ、倩兮女けらけらおんな、わいら、海坊主。そして、秩父の山々の間からゆっくりと、半透明のだいだらぼっちが大股に歩み出て、百鬼夜行の列に加わった。道中の魑魅魍魎を吸い上げ、大きく膨れ上がりながら百鬼夜行は北に向けて進む。妖怪たちを誘う光の道がだんだんと薄れていく。

「綺麗だ……」

 美弦が、内からこぼれ出るように呟く。我を忘れて目を奪われている瑞貴の中にこみ上げてきたものが、目頭を熱く滲ませた。それは、日本という国の歴史の中で滅びかけた妖怪たちをすくい集めて出航する、大きな方舟はこぶねのようだった。

 俄かに、大陸風の音楽が鳴り渡り、天女の出で立ちのあでやかな美女に化けた狐たちが百鬼夜行の列を追い越して先頭に躍り出た。ここからは、狸の異層から狐の異層に移行するようだ。狐たちは風を起こし雲を湧かせ、みるみるうちに百鬼夜行を紫色の雲で覆っていく。妖怪たちの姿は遠く霞み、そこはかとない気配だけを残して雲は吹き閉じた。紫色の雲は、雷鳴を響かせながら秩父の上空を通り過ぎていく。

 美弦が、灰色の矢羽根の鏑矢を弓につがえる。そして、いっぱいに弓を引き絞ると、雲の去った星空高く、鏑矢を放った。澄んだ音が、百鬼夜行を見送るように長く鳴る。

「百鬼夜行が通り過ぎたら、矢を射るように宮司様に言われていたんだ」

「灰色の矢羽根はどういう意味なんですか?」

「人間の所在を知らせる合図だよ。混乱に乗じて悪さをしないように、監視してることを警告する目的だって宮司様は言ってたけど、僕は、百鬼夜行をちゃんと見届けた人間がいるっていう合図だと思ってる」

 そう言って、美弦は小さくなっていく雲影を見つめながら優しく微笑んだ。この人も、きっと妖怪のことが好きなんだろうと瑞貴は思う。見守るような美弦の眼差しに、瑞貴は胸の内が温かくなるのを感じた。

 通り過ぎてしまうと、百鬼夜行など幻だったかのように、夜の静寂しじまが戻ってくる。百鬼夜行で妖怪が出払った山は、いつも以上に静謐だった。百鬼夜行の先行きは気になるが、ひとまず二人は下山することにして、瑞貴はフウロを竹筒に戻した。

※カクヨムでも同じ作品を掲載していますが、カクヨムでは章ごと、なろうでは1-2パラグラフごとに更新します。

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