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宵のハコブネ  作者: 朔蔵日ねこ
異変

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5/53

異変④

 結局、瑞貴の傷は軟膏を塗ってガーゼを当てるだけで済んだ。五十代くらいの恰幅の良い女の先生は、大袈裟に包帯を巻いてくれたが。処置の間、瑞貴は拳を握り、掌の傷を隠していた。この傷のことは、まだ誰にも話していない。

「まぁ、まるで鎌鼬かまいたちね」

 保健の先生はそう言って笑ったが、瑞貴にしてみれば全然笑えなかった。

 下校は十八時を過ぎてしまい、あたりは暗くなり始めていた。海斗とは使う駅が違うので、途中で別れた。今日は散々な目に遭った。早く帰って動画でも見たい。そう思って、瑞貴は近道をするため、大通り沿いから住宅街の道へと入った。

 バサバサッと背後で音がして、不意に後頭部に鋭い衝撃があった。驚いて振り向くと、黒い影が目に入る。

からす⁉)

 おそらく今の衝撃は、鴉の両脚で頭を小突かれたようだ。鴉は一旦通り過ぎ、旋回する。空中で留まり、羽ばたきながら大の字になり腹を見せて滞空している。狙いを定めているようだ。剥き出しになった爪が凶悪だ。こちらを睨みつける眼はまるで人のようだ。

(今度はなんなんだよ、もう!)

 鴉は助走をつけるように身を縮めた。もう一度襲ってくるのか。瑞貴には戦える武器は何ひとつない。手に持った制服のブレザーを振り回すことくらいしかできない。

 鴉が急降下を始めた。襲われる!

 その瞬間、鴉と瑞貴の間に割って入った者がいた。バンッと音がして、鴉が道に落下した。急に現れたその男が、持っていた傘で鴉を叩き落としたのだ。鴉は少しの間、路上で痙攣していたが、間もなく息を吹き返した。もう一度襲ってくるかと思ったが、まさに人間のような目で、きっとこちらを睨みつけると、大きく羽を広げ、羽ばたいて飛び去って行った。

「やれやれ、どいつもこいつも寄ってたかって」

 男は構えていた傘を持ち直すと、ゆっくり振り返った。よく見ると、男が手にしていたのは番傘で、男自身も羽織袴の和服姿だ。中肉中背、やや長めの癖っ毛、目が細くつり上がっている。

「あ、ありがとうございました」

 とりあえず、助けてもらった礼を言う。男はにやりと笑い、細い目がさらに細くなる。なんだかチェシャ猫みたいだな、と瑞貴は思った。

「兄さんも大変だな。まぁ、無事でなにより」

 意味ありげにそう言って、男は番傘を振った。紺と白のストライプの袴に茶色の羽織。深い紅の番傘を持つ姿はなかなか洒落ているが、年齢は不詳だ。

「あなたは……」

 言いかけた瑞貴の目の前に、人差し指を突き立てて、男が遮った。そして、羽織のたもとから何かを取り出す。

「困ったことがあったらね、ここに来なさい」

 男が差し出したのは名刺だった。分厚い名刺の右側に、透明の袋が貼り付けられており、古い貨幣のようなものが入っている。名刺には『リユースショップ 桃泉堂 高村雄然』とある。住所は綾山高校の最寄り駅から二駅、瑞貴の通学途上にある駅からすぐのようだった。

「今の鴉、何だったんですかね。どうして僕が襲われたんでしょう」

 矢継ぎ早に瑞貴は質問した。先日の女性のようにはぐらかされる前に引き留めなければ、と瑞貴の気持ちは逸る。男は、ふふふと声を出して笑った。

「さぁてねぇ。偶然か、それとも何か思い当たる節でもあるのかい」

 にこにこしている男は、表情を変えずにそう言った。みんな、何か知っていそうなのに、答えてはくれない。

「ここ一週間、ずっとおかしなことが起こってるんです。あなたは何か知っているんじゃないですか?」

 辺りはだいぶ薄暗くなっていた。

「私が何か知っていると。どうだろうねぇ。私がこうだと言ったら、兄さんは信じるのかい」

 何故か、男の姿が霞がかかったかのようにぼんやりとしてきた。ぐっと宵闇が近づき、人通りのない道を覆う。人ならざる者に出遭ってしまうとしたら、こういう時なのではないだろうか。

「何か知っているなら、教えてください。僕は……」

 目の前にいるこの男も、本当に人間だろうか。瑞貴は軽い眩暈めまいを感じた。先刻から、誰ひとりこの道を通らない。心臓が早鐘のように打った。

「何を信じるかは、兄さん次第だ。今日はもう安全に家に帰れるだろうよ。早くお帰り」

 男は細い目をいっそう細め、またチェシャ猫のような笑いを残して、瑞貴とは反対方向に立ち去って行った。聞きたいことはまだあったが、金縛りに遭ったように動けなかった。暗闇に、焦る自分の息遣いだけが聞こえていた。

※カクヨムでも同じ作品を掲載していますが、カクヨムでは章ごと、なろうでは1-2パラグラフごとに更新します。

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