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宵のハコブネ  作者: 朔蔵日ねこ
折衝

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49/53

折衝②

 ぬらりひょんは、古くからの伝手つてで全国の妖怪に号令をかけた。狐狸や天狗にもそれぞれ独自のネットワークがあると聞いていたので、瑞貴も顔見知りの妖怪たちに依頼をした。

 問題は、民保協だった。ただでさえ、宝珠に干渉しすぎることに懐疑的な民保協だ。六花たちが無断で宝珠に協力して百鬼夜行を起こしたことが知れれば、立場が悪くなりかねない。ましてや蒼は処分待ちの身であり、六花とのバディ継続もさらに危うくなる。そこで二人は決行の前日になってから、宝珠とぬらりひょんが百鬼夜行を計画している、詳細は調査中、という報告書を提出した。民保協本部はその報告書を受け、慌てて宝珠に接触したいと申し入れてきた。

『統括と副統括が、直々にお目見えするそうだ』

 珍しく蒼が電話を掛けてきて、揶揄するような口調で瑞貴に伝えた。これは、報告書を提出した時点で想定内だった。瑞貴とぬらりひょんは、すでに秩父に戻っている。瑞貴は、宝珠の緑色の活力のオーラを雲に乗せて風で送る方法を編み出したので、できる限り活力を全国の妖怪に配分しようとしていた。

『明日、秩父へは俺と六花で案内する。さすがに民保協でも、このタイミングで百鬼夜行を阻止するのは不可能だろう』

「わかりました」

 蒼の読みでは、民保協は全国の調査員に緊急配備を敷くことで精一杯だろうということだった。百鬼夜行の遂行は容認して、それによる人間への被害を出さないことが最優先事項になるだろう。百鬼夜行で気が大きくなった妖怪が、人間を襲うようなことがないとは限らない。万一、そういうことが起こったら、瑞貴もぬらりひょんも困るのだ。それは、民保協による妖怪の組織的駆除の引き金になり、妖怪と人間の報復合戦に発展する恐れがある。ぬらりひょんからも、頭領・平将門からも、百鬼夜行の参加者には人間との接触は厳に禁じてもらう予定だった。

 民保協との面談は、八月十六日、迎え盆当日の午前中、寒月峰神社の離れで行われた。民保協の統括である佐竹祥吾(さたけしょうご)はがっしりした体躯に白いポロシャツ姿の男性で、一方の副統括、高見沢(たかみざわ)未央(みお)は赤いワンピースを着た小柄で細い女性だった。対照的な二人は、六花と蒼の横に座り、テーブルの上に名刺を並べた。それに向かい合って座っているのが、瑞貴と美弦と晴海、そして、ぬらりひょんだった。

「宝珠というのは、修行をした神職の方がなるものと思っていましたが、まさか高校生だったとは。我々としては、宝珠が現代に顕現したこと自体、俄かには信じがたいことで……」

「宝珠は上条家に確実に百五十年に一度、現れます。歴史の浅い組織には理解が及ばないかもしれませんがな」

 ハンカチで汗を拭きながら愛想笑いを浮かべている佐竹に、やや棘のある口調で晴海が応じる。

「瑞貴には今、最低限の修行をさせております。しかしながら、先代の宝珠が神職でない者を次の宝珠に選んだことにも、何か意味があるのでしょう」

 はなから強硬な晴海の態度にたじろぎつつも、佐竹は弁明する。

「ええ、宮司殿がそうおっしゃるのであれば、そうなのかもしれませんが……。それにしても、いきなり百鬼夜行というのは、リスクが高すぎませんか」

「いきなりではありません。宝珠には宝珠の考えがあってのことでしょう。お聞きになればよろしい」

 そう言って、晴海は瑞貴を促した。瑞貴は、晴海と、それから六花と蒼の方にもチラリと視線を投げ、話し始める。

「四月に宝珠の力が突然顕現して、それ以降、僕は色んな妖怪たちに出会ってきました。それは、六花さんたちの報告の通りです。妖怪たちは、僕らが思っているよりずっと、知能が高くて思想も持っています。人間が自分たちの基準で妖怪を保護したり駆除したりすることに、反発する妖怪もいます」

 思いのほか大人びた瑞貴の声音に、佐竹と高見沢は少し驚いたようだった。一度顔を見合わせ、そして再び瑞貴の話に耳を傾ける。

「僕の宝珠の力によって、妖怪たちは消滅の危機から脱して、活力を取り戻しました。でも、人間と妖怪が以前のように共存していくには、まだ課題がたくさんあります。僕は、何度かいわれのない理由で妖怪に殺されそうになりましたが、それでも、妖怪たちと触れ合ううちに、彼らと共存するための方法を見つけたいと思うようになりました」

 淡々と、純粋な眼差しで瑞貴は語った。話の内容は事前に蒼や六花とも相談して、多少の大人の入れ知恵はあったものの、言ったことは嘘ではない。

「突然、力を取り戻した妖怪たちの中には、人間とのちょうどいい関わり方を忘れてしまったモノもいます。人間だって、昔はもっとうまく妖怪と関わっていたんだと思います。妖力が回復してきた妖怪たちは、今、力を持て余しているんです。だから、彼らがこれ以上、人間に被害を出してしまう前に、一度、力を発散させるために、百鬼夜行を起こそうと思ったんです」

 これまで宝珠として数々の緊迫した場面を乗り越えてきた瑞貴にとって、民保協と対峙することはそれほど大きな壁には感じられなかった。六花や蒼、晴海や美弦、そしてぬらりひょんが同席しているなら、なおのことだ。瑞貴の話を引き継いで、ぬらりひょんが口を開いた。

『わたしは妖怪を代表してここにおります。近頃はわたしに代表されるのを不服とする妖怪も増えておりますがね。まぁ、昔ながらの妖怪の総大将としましては、宝珠は我々を理解しようとしてくれる貴重な存在です。我々に必要なのは、保護ではなく、相互理解なのです。我々としても、百鬼夜行で一族の血気盛んなモノたちを諫めるというのには賛成です』

 ぬらりひょんの言葉を聞いて、佐竹は唸った。隣で高見沢が鋭い目をしているが、その視線は誰を見るでもなく机の上の一点に注がれていた。

「しかし、国は万が一にも、百鬼夜行で人間に犠牲者が出ることを良しとはしないでしょう。我々はあくまでも国の外部機関ですので、事故を起こすわけにはいかないんです」

『それは我々も同様です』

 役人めいた佐竹の言葉にかぶせるように、ぬらりひょんが言った。そして目を大きく見開き、一喝する。

『貴殿らが縊れ鬼を抹消しなかったことは英断であったと宝珠にもお伝えした。一方が他方に、種族として敵意を向けた時、それは地獄の始まりになる。おぬしら人間は、わたしにも止められぬ暴走した妖怪の一族と一戦交える方が良いと申すか』

 普段の柔和な様子とは打って変わって、ぬらりひょんが凄みをきかせている。佐竹は圧倒されて、額の汗をせわしなくハンカチで拭う。しかし、その視線はがっちりとぬらりひょんを捉えている。そこで、ぬらりひょんはやや声のトーンを落とした。

『このまま妖怪たちが鬱憤を溜めれば、早晩、暴徒化するやもしれません。多少の危険を冒してでも、今、百鬼夜行を起こすことが得策とはいえますまいか。我々とて、共存への望みを捨てたくはない。それには、これ以上の無益な殺傷は、互いに避けるべきかと』

 ぬらりひょんの勢いに、民保協は黙り込んだ。緊張感を伴う静寂が訪れる。瑞貴は、向かい合って座っている蒼が下を向いて唇の端で微かに笑っているのを見逃さなかった。

「……分かりました。統括、全国の調査員に緊急配備命令を出しましょう。そして、全国の寺社仏閣にも通達を」

 それまでずっと黙っていた高見沢が急に顔を上げ、佐竹に進言した。

「百鬼夜行は避けられないということですね」

 佐竹も覚悟を決めたようだった。そして、ひとつ小さく溜め息をつくと顔を上げ、それまでの公務員じみた表情から一転して、異なる瞳の色を見せる。

「では、お互いに無益な殺傷を避けるという前提で、ルールを逸脱した者に関しては制裁を加えて良いということで、ご了承いただけますか」

 初めて肚の内を見せたような佐竹の発言に、ぬらりひょんもにやりと笑みを浮かべた。

『明快な秩序の下に行う百鬼夜行、いいでしょう。人間、妖怪、双方に不利益のないよう遂行いたしましょう』

 これで、百鬼夜行を妨げるものはなくなった。瑞貴たちの作戦勝ちだ。

 張り詰めた空気が和らぐ中、笑顔ひとつ見せない高見沢が、口を開く。

「陣野。貴方の処分はまだ保留です。貴方たちのひとつひとつの行動が、陣野・島崎ペアの今後を左右すると思いなさい」

 高見沢が、まっすぐ前を見たまま、隣に座る蒼と六花に釘を刺した。二人が教師に説教される学生さながら――特に蒼は不貞腐れたように――神妙に「はい」と答えるのを、瑞貴は笑いを噛み殺しながら見ていた。

 百鬼夜行は今宵である。

※カクヨムでも同じ作品を掲載していますが、カクヨムでは章ごと、なろうでは1-2パラグラフごとに更新します。

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