首塚②
桃泉堂へ行くのは、蒼が民保協から謹慎を言い渡された時以来、二週間ぶりだった。たった二週間ではあるが、店の中に雄然、六花、蒼のいつもの顔ぶれを見ると、瑞貴は安堵感を覚えた。六花と蒼の間には、まだ処分の決まっていない曖昧な状況もあるせいか、ややぎこちなさは残るが、妖怪が関わっているかもしれない人間の被害案件が増加しており、調査対応に追われているようだった。店には相変わらず閑古鳥が鳴いていたが、雄然はどこ吹く風と、京弥の贈ったコーヒーミルからコーヒー豆の芳醇な香りを漂わせていた。
「百鬼夜行?」
前回と同じくテーブル席に蒼と向かい合わせて座る六花が、瑞貴の顔を見ながら首を傾げる。
「はい。百鬼夜行です」
カウンターでは雄然が、瑞貴の言葉に反応したのか、コーヒー豆の挽き具合に納得がいったのか、ふふんと満足げに笑った。
瑞貴は、秩父でぬらりひょんに出会ったこと、ぬらりひょんが妖怪の総大将として人間と妖怪の共生を望んでいること、寒月峰神社の祭りを通して、まずは妖怪のエネルギーを発散させて均衡を保つための方策として百鬼夜行に思い至ったことを三人に説明した。
「最初に百鬼夜行のアイデアをくれたのは雄然さんなんです」
と瑞貴が付け足すと、雄然は得意気な表情をする。
「世間はそろそろ盆だ。地獄の釜の蓋も開く季節だし、ちょうどよかろう」
出来上がったコーヒーをテーブルに運びながら雄然はぬらりひょんと同じようなことを言った。しかし、話が百鬼夜行を起こすにあたっての課題となると、細い目をさらに細めて首を捻った。
「百鬼夜行の頭領といえば、まぁ、名のある鬼神か神話上の生き物か、いずれにせよ一介の妖怪には荷が重かろうな」
「それ、もう誰か知り合いの妖怪には相談したの?」
知り合いの妖怪、というのも変な話だが、六花の言わんとしていることは分かる。
「はい。秩父の雪絵さんと柄掛山の京弥さんには。季仙坊さんたちには京弥さんから伝わると思います。あとは、いちかさんにも連絡しました」
「いちか狸なら頭領になれるんじゃない?日本を代表する化け狸を自負してるんだから」
「いえ、それが……」
瑞貴は困ったように言い淀む。
「お祖父さんに反対されたって……。年功序列とか、狸の世界も複雑みたいです。異層を作るのに協力してもらう由緒正しい古狸たちの手前、いちかさんが頭領というのはまずいみたいで」
「いちかの祖父ということは、茂林寺の守鶴だな」
雄然の言うように、いちかの母方の祖父である淡路芝右衛門狸には、大阪の芝居小屋で死んだという逸話があるので、今も生きている祖父といえば守鶴ということになる。
「なら、守鶴が頭領になればいいんじゃない?」
「守鶴さんはもう隠居されているらしくて……他の三名狸の佐渡団三郎狸や屋島太三郎狸にも聞いてくれるとは言ってましたけど……」
「狸なぁ……。それは、狐やら貉やら、他の異層を生み出す動物妖怪が納得するかどうか……」
六花と瑞貴のやりとりに、雄然はなにやら歯切れの悪い様子で口を挟む。そもそも狐と狸は伝説上もあまり仲が良くはないようで、狐七化け狸は八化けなどと比較されたりもする。百鬼夜行で妖怪同士の諍いが起きては本末転倒だ。
「それに、頭領となるにはそれなりの格が必要なのだろう」
「民保協のデータベースを調べてみてもいいけど、そんな大物妖怪の報告はないと思うし……」
瑞貴は途方に暮れた。やはり、ぬらりひょんの伝手に期待するしかないか。
「平将門」
それまでずっと押し黙っていた蒼が、口を開いた。その呟きを聞いた三人が、一斉に蒼の方を振り向く。視線を集めた蒼は、上目遣いにそれを受け止めたが、蒼自身あまり気乗りしない表情をしてはいる。
「日本三大怨霊の将門殿か」
雄然の声音も心なしか硬くなる。
「百鬼夜行の核になるのは、必ずしも妖怪でなくてもいいだろう」
「まぁ、平安の世では菅原道真公もよく百鬼夜行を起こされてはいたが……」
うーん、と雄然も腕組みをした。
「でも、どうやって平将門に頭領をお願いするの?」
渋い顔をしている男性二人に、六花が真顔で尋ねる。カウンターに戻ろうとしていた雄然と、テーブルに両肘をついて口元を隠している蒼が、無言のまま視線を合わせる。一瞬の沈黙の後、蒼は開き直ったように、それまで前屈みだった上体を起こす。
「首塚だな」
唸るように、蒼は言葉を絞り出した。
※カクヨムでも同じ作品を掲載していますが、カクヨムでは章ごと、なろうでは1-2パラグラフごとに更新します。




