狐の嫁入り③
『もしもし、瑞貴?』
家に帰ってからコールバックすると、二コールもしないうちに、六花の逸る声が耳に飛び込んできた。
「六花さん。蒼さん見つかりました?」
『連絡はついたんだけど……』
スマホから聞こえる六花の声は硬い。必死に感情を押し殺そうとしているが、憔悴が隠しきれていない様子だった。これは何かまずいことが起こったな、と瑞貴は瞬時に理解した。
『蒼……謹慎になったんだ』
「謹慎⁉」
『当面の間、民保協の活動を休止することになる。もしかしたら……私とのバディも解消になるかもしれない』
「えっ……」
六花の声は心なしか震えている。泣き出しそうだ、と瑞貴は思った。六花もまだ蒼と直接話をしてはいないようだった。民保協からの一方的な通告と蒼との全容の見えない電話でのやり取りで、六花は混乱し動揺していた。ひとまず、蒼を呼び出して桃泉堂で話を聞くことを提案した。
桃泉堂で二人と合流できたのは、翌日だった。その日の店内の雰囲気は、扉を開けた途端に感じられるほど、いつになくぴりついていた。
「おお、宝珠、来たか」
いつも通り雄然は座椅子に座っていたが、困惑した表情でやや身を起こしている。六花と蒼はテーブルを挟んで向かい合っているが、六花が両肘をついて前屈みなのに対し、蒼は椅子の背もたれに体を預け、斜めを向いていた。
「蒼さんが謹慎って、どういうことですか?」
「心配かけて済まない、瑞貴。俺が民保協の出頭命令に従わなかったせいだ。模造刀も今、没収になっている」
「そうじゃないでしょう、蒼。縊れ鬼のことだよ」
蒼の言葉に、六花が噛みつくように言う。二人の説明を聞くと、こういうことだった。
蒼は六花には内密のまま、民保協の決定に背いて縊れ鬼を生け捕りにした。瑞貴が手伝ったあの日のことだ。そしてそれをどこかに封じた上で、単独で民保協に縊れ鬼の駆除報告を提出した。しかし、本当に駆除を遂行したかどうかを疑われ、民保協が蒼に出頭命令を下したにも拘らず、蒼は丸二日間、それに応じずに行方をくらましていた。これが、六花が蒼を探していた理由だった。その後、蒼は再三連絡していた六花に返信することなく一人で民保協に出頭し、小太刀を没収され、処遇の決定が下るまで謹慎を言い渡された。六花が蒼の消息を知ったのは、民保協から蒼に謹慎命令が出た後だった。
「どうして私に黙って、縊れ鬼を斬らずに捕獲したの?私が反対するわけないのに」
「六花は良くも悪くも直情的だからな。本部に隠し通せないだろう」
身を乗り出した六花の表情がさらに険しくなる。
「私のことが信用できないっていうの⁉」
「やめておけ、六花。蒼も……無理に突き放すな。蒼は、六花を巻き込みたくなかったんだろう。罰を受けるなら自分だけで良いと、そう思ったんじゃないか」
一触即発の空気の中、雄然が両者を諭すように仲裁に入る。
「そうですよね。それに、あの時、蒼さんは失敗したら縊れ鬼を斬らざるを得ないって覚悟でしたし……」
「だからって…っ。私は蒼のバディなんだよ?」
瑞貴も慌てて加勢したが、なおも六花の怒りは収まらなかった。蒼は口元を押さえ、上目遣いで六花を見つめながらも、その怒りを静かに受け止めている。そして、一旦下を向き、再び六花の顔を正面から見据えると、意を決したように切り出した。
「六花なら、誰とでもやっていける。優秀な調査員だ。実績を上げた関東支部調査員が、二人とも辞める必要はない」
「そんな、蒼……」
六花は唖然とした。
「だって、縊れ鬼を斬ることに最初に反対したのは私なのに……」
「人間に害をなす妖怪だけを駆除するやり方に納得がいかないのは俺も同じだ」
「しかし、蒼。縊れ鬼を封じたとて、どうするつもりだ。凶暴性がなくなるわけでもなく、封印がいつ解けるとも限らんだろう」
問いかける雄然の顔を、蒼は肩越しに振り向く。
「縊れ鬼を封じたオルゴールは、とある禁足地に置いてきた。本当は青木ヶ原樹海のようなところが良かったが、他支部に迷惑をかけるわけにいかないから関東圏だ。もちろん、民保協の体制と技術が整うまでの時間稼ぎでしかない」
桃泉堂の中に重苦しい空気が流れる。
「……蒼以外のバディなんて……」
項垂れて悔しそうに、六花は唇を噛んだ。肩を落とす六花を慰めるように、雄然が口を開く。
「まだ、バディ解消と決まったわけではなかろう」
蒼の処遇は技術部を含めた民保協の調査を経て決まるということだった。縊れ鬼の捕獲に同行した瑞貴も、責任の一端が自分にあるような気がして居たたまれなかった。
「縊れ鬼の駆除報告は、どうして疑われたんですか」
「六花が本部に抗議している最中に、俺が突然、駆除報告書を提出したのが不自然だと思われたのかもしれないな」
瑞貴の質問に、蒼は低い声で答えた。
「疑われたら、模造刀を証拠として提出するように言われるだろうとは思っていた。技術部が調べれば、妖怪を斬った痕跡の有無が分かるからな。だから、それを偽装するために、染川に行っていたんだ」
「染川って、鬼泪山の血染川のこと?」
まだ硬い表情のまま、六花が訊く。蒼は軽く頷いた。鬼泪山は、ヤマトタケルが阿久留王という鬼を退治した伝説の残る千葉県の山で、流れた鬼の血で赤く染まったといわれる川が血染川、つまり現在の染川である。蒼の話では、この川の水で霊力を帯びた刀を洗えば、鬼を斬ったのと同じ反応を起こせるはずだという。
「それで、丸二日間、音信不通だったんですか」
「本部はGPSで調査員の居場所を把握できるし、その気になればメッセージや電話のやりとりも調べられる。本部に知られずに動くには、民保協の携帯電話は使えなかったんだ」
縊れ鬼の駆除の相談を持ち掛けられた時、民保協のスマホを使いたくないと蒼が言っていたのを、瑞貴は思い出した。
「本当にそれで、うまくいくの?」
「理論上はな。だが、鬼泪山の話には続きがある」
俯き加減だった蒼が顔を上げ、言葉を継ぐ。
「俺が刀を染川で洗っている時に、河童の親子と遭遇したんだ。正確に言うと、子の亡骸を抱えた親河童だな。この親河童、山姥に子を喰われたらしい。実際に、子供の河童は片方の手足がなくなっていた」
「なんと……。妖怪の共喰いというのは噂に聞くが、本当にあるのか」
雄然が驚いて大きな声を出す。瑞貴も、かつて聞いた一つ目小僧の話を思い出し、雄然と同じ感想を抱いた。
「そのようだな。俺も初めて見たが……。喰われかけの体では消滅しきれないと親河童が言うので、刀で子河童の亡骸を斬ってやったんだ。それで子河童は消滅した。人間で言えば、成仏というところだ。あの刀はそのものに霊力を帯びているから、それに引き寄せられてやって来たんだろう」
「ほう、刀で斬ったのか」
興味深そうに雄然は言う。すでに亡骸とはいえ、実際に蒼の刀で妖怪の身を斬ったという話を、瑞貴は初めて聞いた。蒼の刀は、本当に妖怪を消滅させることができるのだ。
「子河童の亡骸を斬ったことが、刀にどういう影響を与えるかは分からない。いずれにせよ、俺の処分が決まるまでには少し時間がかかるだろう。しばらくは動けないな」
六花はまだ不満と不安が入り混じった表情をしていたが、それ以上は何も言わなかった。この妖怪が活発化してきているタイミングで蒼が動けないのは痛手だ。一週間後には瑞貴は秩父に発つ予定だったが、瑞貴もまた、一抹の不安を覚えていた。
※カクヨムでも同じ作品を掲載していますが、カクヨムでは章ごと、なろうでは1-2パラグラフごとに更新します。




