狐の嫁入り②
夏休みになっても、七月中は午前だけ部活がある。東京は連日熱中症警戒アラートが出ており、屋外で練習できるのは早朝から二、三時間だった。部活が終わる頃には汗だくで、瑞貴は毎日、海斗と帰りにコンビニエンスストアでアイスを買って帰っていた。
着替えを終えてロッカールームを出て、スマホを開いた瑞貴は、六花から着信があることに気がついた。アプリを開いてみると、複数回の着信の他にメッセージも入っている。
『蒼に連絡がつかなくて、瑞貴、何か聞いてない?』
読んだ瞬間、「あー……」と声が漏れた。電話じゃなくてよかった、と瑞貴は思う。前置きなく六花にその質問をされたら、きっと挙動不審になっていたに違いない。今現在の蒼の消息は分からないが、六花に隠し事をしている後ろめたさがあるからだ。
とりあえず、何も聞いていないことと後で電話するということだけ返信して、瑞貴はアプリを一旦閉じた。
「俺、八月は沖縄行くんだー。瑞貴は?」
校門を出てフェンス沿いに歩きながら、海斗が屈託なく訊いた。空は雲ひとつない晴天で、陽射しが痛いほどだ。
「僕は、秩父のおじいちゃん家にしばらく行く予定」
「おじいちゃんの家かー。いいな。秩父、涼しそうだし」
海斗のマイペースでひけらかさないところが、瑞貴は好きだった。根っからのお坊ちゃんで、変な対抗意識みたいなものはないのだろう。二人はいつも通り、高校から一番近いコンビニに寄ってアイスを買った。そのまま近くの公園に行き、日蔭のベンチに座ってアイスを食べる。一つ目小僧と話をした住宅街の公園と違って、大通りに面した公園は、遊具は何もないが広くて綺麗に整備されている。
「なぁ、海斗、これどう思う?」
水色のアイスキャンディーを咥えながらスマホを弄っていた瑞貴が、隣で同じようにスマホを眺めていた海斗に画面を見せた。
「うわー。なにこれ、きもっ」
海斗は覗き込むなり顔を顰めたが、身を乗り出してスマホを掴んだところを見ると、興味がなくはなさそうだ。
瑞貴が見せたのは、『洛中あやかし台帳』というブログで、壱流から送られてきたものだ。縊れ鬼や狐の嫁入りのことで忙しく、すっかり忘れていたが、図書館で壱流から聞いた話を突然思い出したのだ。壱流がリアルだと言っていた通り、《《まるで本物のような》》妖怪の写真と、紹介文のようなものが載っている。
「え。すご。他にもあんの?」
思った通り、ホラーゲーム好きの海斗は食いついてきた。瑞貴は画面を切り替えて、他の妖怪の写真も見せていく。
「もうこれ、本物じゃん。どうやって撮ってんだろうな」
しきりに感心している海斗に、瑞貴は苦笑する。実際、《《本物》》ではあるのだが。
「これ、個人でやってるブログ?」
「この大江スタジオってとこがやってるっぽい」
だが、この大江スタジオの詳細はブログには何も書かれておらず、検索しても該当する会社などは出てこない。これ自体が架空の団体である可能性もある。
「リンクも全然張られてないし、宣伝してる感じじゃないな。よく見つけたな、これ」
それぞれの妖怪のページに『写真:外道丸』『文:かなわ』とある。文の内容は妖怪の訪問記のようで、『六月弐拾四日。輪入道と川のほとりで待ち合わせ。深夜二時。今日も凛々しいお顔。人がいないのをいいことに、炎の勢いも増している。久しく人間は捕まえていないご様子』などと記載されている。
「外道丸って、あれか。酒呑童子の幼名だろ」
「よく知ってんな」
「ゲームに出てくるから」
確かに、酒呑童子の幼名を外道丸だとする説はある。一方のかなわは単独ではヒットしないが、「かなわ」と「妖怪」で検索してみると、どうやら橋姫という妖怪を題材にした『鉄輪』という能の演目があるらしい。酒呑童子と橋姫。そして、洛中あやかし台帳というタイトル。おそらく、京都の妖怪の仕業ではないかと瑞貴は踏んでいた。
「わー。ほら、見ろよ。釣瓶落とし。人を喰ったって書いてあるぜ。こんな見た目の奴に喰われたんじゃ、浮かばれないよなぁ」
そうだな、と瑞貴は笑ったが、その笑顔はやや引きつっている。人を喰ったとか襲ったとかいう記述はそんなに多くはなかったが、瑞貴が見た中にもなくはなかった。これが全部本物の妖怪だとすると、けっこうまずい。
「まぁ、暑い夏に少しは涼しくなっただろ」
予想以上の勢いでスマホに食いつく海斗に、瑞貴は軽く笑って言った。頭上では蝉がけたたましく鳴いており、この程度ではちっとも涼しくはならないが。瑞貴の目的としては、本物の妖怪を知らない普通の人の反応を見たかっただけだが、やはり素人目にも相当リアルなのだろう。
(これも、民保協報告案件だな)
アイスを食べ終えてベンチにだらしなく身を預けたまま、瑞貴は心の中で呟いた。
※カクヨムでも同じ作品を掲載していますが、カクヨムでは章ごと、なろうでは1-2パラグラフごとに更新します。




