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宵のハコブネ  作者: 朔蔵日ねこ
縊れ鬼

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39/53

縊れ鬼②

 その週末はまだテスト期間中だったが、土日に勉強を教えてもらうという条件付きで、瑞貴は蒼の縊れ鬼駆除に同行することに同意した。その日はたまたま千歳も仕事が休みだったので、公園に付き合ってもらうことにした。人を首吊りにいざなう強い力を持った妖怪なので、祓いや浄めの心得が多少ある千歳が一緒なら心強い。

 いつも荷物が少なく身軽な蒼が珍しく大きなバッグを背負っている。お洒落で高そうなカラーシャツはいつも通りだ。蒼と千歳は初対面だが、医者と研究者でインテリ同士、相性は悪くなさそうだった。駅で待ち合わせをして公園に向かう。橋を渡り、歩道に面した入り口から公園に入った。

 自殺のあった公園は普段と変わらず、何事もなかったかのようだ。ただ、若者が首を吊ったという木の周りにだけ、規制テープが張られていた。

「この公園に結界を張ったんですか」

「ああ。通りに面している側だけね。公園の外まで縊れ鬼の念が漏れ出さないように。だから、川側はがら空きなんだ」

「なるほど。縊れ鬼を封じ込めて公園から出られないようにするのは、得策ではないですからね」

 首吊り騒ぎがあった翌日には、千歳は公園に結界を張りに行っていた。その時にも、妖魔を雁字搦がんじがらめにするより、逃げ道を準備して誘導した方がいいんだと、瑞貴に説明していた。

「君は妖怪を斬れるのかい」

「ええ、まぁ……」

 言葉少なに蒼は答えた。バッグを地面に下ろし、準備を始める。公園は川に沿って細長く伸びており、瑞貴たちのいる木立の中の遊歩道を抜けると広場や遊具のあるエリアにつながる。遊歩道は朝や夕方の散歩に訪れる人が多いが、今はあまり人通りがなかった。蒼はバッグから小太刀を取り出した。いつも懐に入れている刀より大ぶりで、おそらく浄縁沼の蛟を斬ろうとした時のと同じものだ。

「ちょっと見せてもらってもいいかい?」

 蒼は一瞬、千歳を顧みて思案したが、何も言わず小太刀を差し出した。

「民保協の技術部が作った模造品イミテーションです」

 千歳は刀を鞘からは抜かず、表面をひと撫でした。

「うん。『髭切ひげきり』に似せて作っているんだな。うっすらと霊力を帯びているが……妖気も感じるな」

 髭切とは、妖怪退治の伝説で有名な渡辺綱わたなべのつなが、鬼の腕を斬り落とした時に使った別名・鬼切丸おにきりまるという刀のことである。本物の刀に比べると一回り小さいようだ。

「お分かりになるんですね。さすがは上条家の方だ」

「ありがとう」

 千歳は蒼に刀を返した。蒼は帯刀ベルトで刀を腰に着ける。普通の洋装だが、腰に刀を差した立ち姿には違和感がない。

「縊れ鬼はまだこの公園にいるんでしょうか。うまくおびき寄せられますかね」

 千歳が結界を張って歩道側を封じたので、縊れ鬼は川側から逃げたかもしれない。瑞貴は心配そうに言った。

「人に首を括らせて、自死した者を次の縊れ鬼にすることが奴らの目的だ。死者の怨念は首を括った木に残っているから、それが鬼と化すまではそこを離れないだろう」

 三人は規制テープに囲われた木を見上げる。張り出した枝の間から青空が覗いているが、ここに自殺者の怨念がまだ宿っていると考えると昼間でも薄気味悪く感じた。

 蒼はバッグから小さな包みを取り出した。包んでいた梱包材を解いていくと、中から出てきたのは年代物の箱型のオルゴールだった。

「何ですか?それ」

 オルゴールは蓋にカメオのついたジュエリーボックスになっており、ロココ調の華美な装飾が施されている。

「急遽、これしか準備できなかった。黒瀧稲荷社の京弥から紹介されたアンティークショップに行ってきたんだが」

 あの日、京弥を追うように急いで桃泉堂から帰って行ったのはそういうわけだったようだ。蒼は黄色と黒の規制テープを乗り越えて、首吊りのあった木に近付く。そして、懐からいつもの懐剣を取り出すと、木の幹の皮を少し削り取り、オルゴールの中に入れた。

「悪いが瑞貴、この中に宝珠の力を放って、怨念の力を増幅してくれないか」

「亡者の怨念で縊れ鬼を誘い出すんだね」

「はい。そして、このオルゴールの中に捕獲します」

「捕獲……?」

「京弥がチェスボードに管狐を捕獲したようにな。あのチェスボードのように妖力を帯びた容れ物が欲しいと言ったら、店主にこれを勧められたんだ」

 縊れ鬼を駆除すると聞いていたが、生け捕りにするということなのか。そんなことが本当にできるのか。瑞貴は半信半疑だった。

「捕獲に失敗したら、その時はこいつで斬る」

 蒼は腰に差した刀のつかに手を添えて言った。

「じゃ僕は、縊れ鬼の負の念に惑わされないように香を焚いておくよ」

 千歳もトートバッグから香炉を取り出し、準備を始めた。蒼から目配せされて、瑞貴は右の掌の宝珠に力を込める。緑色の光の球が現れ、徐々に強い光を放つ。育てた光を、瑞貴はオルゴールの中の木の皮にそっと載せるように飛ばした。木の皮が光に包まれて、突然暗紫色に変色する。灰色の煙のようなオーラがオルゴールの中に充満し、死臭が立ち込める。死臭、としか言いようのないその暗澹たる匂いはオルゴールから溢れ出し、辺りに漂った。

 不吉な香りに誘われたのか、川の方からがさがさと生け垣を乱暴にかき分ける音がして、ゆらりと男が現れた。紺色の甚平に草履、ぼさぼさ髪のあの男、縊れ鬼だ。なるほど、こんなに早く現れるとは、よほど怨念の力が強くなるのを待ち焦がれていたと見える。

『恨みの匂いがするぞ……強い恨みだ……』

 地獄の底から湧き上がるような声で、男は言った。

『自ら命を絶ち、さぞ悔しかろう。さぁ、呪うがいい。鬼になって呪うのだ……』

 灰色の煙の中で、あの自殺騒ぎのあった日と同様に、満面の笑みを浮かべている。縊れ鬼はオルゴールの中から発する死臭に恍惚としていたが、ふと、傍らに佇む三人に目を留めた。

『おや。新たな客か』

 初めて縊れ鬼と視線が交わる。川の澱みのような深い緑色の瞳。魅入られる。縊れ鬼は目を細めてにやりとわらった。

『お前らも首を括るといい』

 縊れ鬼は囁くように三人に呼び掛けた。その声は、先刻とは打って変わって、優しくいざなうようだ。

『首を括れば楽になる……この世のすべての悩みから解放されるぞ……』

 男は周辺を覆う濃い霧のような死臭を深く吸い込む。まるで煙草を一服するかのように灰色のオーラを吸い上げると、薄紫色の煙を吐き出した。とてつもなく甘美で魅惑的な、馥郁たる香り。うっとりするような紫色の光の渦が辺りを取り巻き、どこからか心地よい旋律が聴こえてきて身を委ねたくなる。

「騙されるなよ」

 千歳が香炉に何種類かの香を入れて焚く。その中には、宝珠の力を得た当初に持ち歩いていた遮断の香りも含まれている。香炉から立ち昇る煙が、紫色の光を一掃した。

『おのれ、術士が……』

 縊れ鬼が怒りに声を震わせ、大股に近づいてくる。緊張が走った。その形相は、やはり恐ろしい鬼だ。蒼がオルゴールのねじを巻き、呪文を唱えはじめる。外国語のようだが、聞き慣れない言語だ。オルゴールが、少し調子の外れたパッヘルベルのカノンを奏でる。怒りに体を膨らんでませ、一回り大きくなった縊れ鬼が間近に迫る。蒼は刀の柄を握りしめて今にも引き抜かんとしながらも、長い呪文を唱え終える。と、長く鋭い爪のついた両手を熊のように振り上げた恰好のまま、突然、縊れ鬼がオルゴールの中に吸い込まれていき、パタンと蓋が閉まった。

「捕獲したな」

 すかさず、蒼は閉じたオルゴールの蓋に護符を貼る。美しい花柄のカメオの上に梵語の記された護符が貼られた様子はシュールで禍々しい。しばらく振動していたオルゴールの箱がピタリと静かになるのを見届けて、全員が肩の力を抜き、深いため息をついた。

 千歳は懐から封筒を出し、清めの塩を辺りに盛大に撒く。

「うまくいったね」

「ええ。ありがとうございました」

「いや、こちらこそ。これでこの近所も安心だ」

 千歳が蒼に笑いかける。瑞貴はまだぼんやりとしていた。鼻の奥に、甘い香りがわずかに残っている。

「すごい力でしたね、縊れ鬼」

「ああ。あんな風に甘い香りで幻想を見せて首吊りに誘うんだろう」

 護符で封じたオルゴールを再び梱包材で厳重に包みながら、蒼が言った。

「ラテン語の呪文を全部暗誦できてよかった。ちゃんとオルゴールの妖力が発動した。俺には京弥のような妖力はないから、指を鳴らしただけではオルゴールを発動できないからな」

 先ほどの呪文はラテン語だったのか。ずいぶん長い呪文だったが、蒼は淀みなく唱えていた。

「そのオルゴール、どうするんですか?」

 尋ねた瑞貴を一度見遣ってから、蒼はオルゴールに視線を落とした。

「それは、知らない方がいい」

 オルゴールと小太刀を丁寧にしまって、蒼はバッグを背負い上げる。いつも通りのポーカーフェイスで、抑揚のない声。

「じゃ、午後に桃泉堂で会おう」

「えっ、蒼さんは……?」

「俺はこの後、ちょっと用を済ませてから行く」

 瑞貴と千歳は佇んだまま、再び礼を言って足早に公園を去って行く蒼の後ろ姿を見送った。規制テープに囲まれた木にどんよりと残っていた鬱々とした薄気味悪さは、心なしか薄らいだようだった。

※カクヨムでも同じ作品を掲載していますが、カクヨムでは章ごと、なろうでは1-2パラグラフごとに更新します。

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