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宵のハコブネ  作者: 朔蔵日ねこ


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縁②

 京弥と結の見合いが成功裏に終わり、その後も縁談はとんとん拍子に進んだが、次なる瑞貴の課題は「狐の嫁入り」だった。狐の嫁入りと言えば天気雨のことを指すこともあるが、夜の山に無数の狐火が見える怪異を指すこともあるようだ。「仲人」としては予備知識をつけておく必要があり、瑞貴はまた学校の図書館に赴いて、伝承の本を読んでいた。

「あれ、瑞貴ー。期末テストの勉強してんのかと思ったら、今度は何調べてるのー?」

 いつも図書館での遭遇率が高い壱流である。瑞貴が顔を上げると、数冊の本を手にして覗き込んでいた。そう言う壱流が携えているのもやはり、宗教やオカルトの本ばかりだ。

「ああ、うん。狐の嫁入りについて」

「狐の嫁入り?」

 壱流は机の上に持っていた本を積み、瑞貴の隣の席に座って顔を寄せてくる。距離感が近いことにも、さすがにもう慣れた。

 瑞貴は簡単に、壱流に事の成り行きを説明した。学校では、瑞貴の素性を知る唯一の――友人と言っていいだろう。

「ふーん。狐の嫁入りをプロデュースかぁ。面白そうだね」

「いや、大変だよ。有名な伝承だけど、具体的なことが書いてあるわけじゃないし。何したらいいんだか……」

「狐……っていうか、要は昔の花嫁行列ってやつでしょ。花婿の家まで行列で行って、花婿の家で宴会するみたいな、昔の結婚式、ってことだよね」

「そうか。壱流、詳しいんだね」

「オレ、時代ものとかも好きだからさー」

 なんでも面白そうだと思う壱流の好奇心に、瑞貴は感心していた。すると、壱流は机に両肘をつき、身を乗り出してきた。

「ね、瑞貴。最近、一輝とネットで色々調べてるんだけどさ」

 今も壱流は一つ目小僧とつるんでいるのか。どこまでも面倒見のいい奴だ。

「なんかね、本当にあった怖い話の妖怪篇みたいな動画サイトとか作ったらどうかなって思ってたんだけど、もうすでにそういうの、あるんだねー」

 一瞬、いちかのことが頭をよぎったが、いちかのあれは別に怖い話、ではないはずだ。

「妖怪をね、写真入りで紹介したりしてるんだけどさ、あれ、ホンモノだと思うんだよねー」

「ホンモノ?」

「うん。作り物とかCGじゃなさそうなんだよね。人型の妖怪ならコスプレとか特殊メイクとかもありだけどさ、朧車とか鵺とかをさ、あんなにリアルに再現できないと思うんだよね」

 その時、二人の頭上で予鈴が鳴った。

「やば。今日って午後、特別授業じゃない?講堂だよね」

「あ、そっか」

「うん。じゃ、瑞貴、さっきのサイトのURL、後で送っとくね」

 二人はばたばたと走って図書館を後にした。

 講堂には高校三学年が集まっており、外部の講師を招いた今日の特別授業は伝統音楽の講義だった。瑞貴が講堂の座席に着くと同時に本鈴が鳴った。座席側の照明が暗くなり、ステージの上で高等部の音楽教師が前置きを始める。大半の生徒は退屈そうで、昼食後の時間なのも手伝って、居眠りを始める者もいた。

 教師の話が終わり、一旦講堂全体が暗くなる。ステージ上にスポットライトが当たり、その真ん中に和服の女性が浮かび上がった。女性の前には琴が置いてある。

 最初の一音が響いた。幽玄な音色。瑞貴は雷に撃たれたように顔を上げる。初めはゆっくりと静かな曲調で、神社で聞いた雅楽とそっくりだった。得も言われぬ美しい音。切なく、胸を締めつけるような音が、琴から発せられていた。前奏が終わると、急に曲調が速くなる。力強く波打つような旋律。睡魔に襲われていた生徒も目を覚まし、ステージに目を奪われるほどの演奏だった。

「あっ」

 琴を奏でる女性の髪で揺れるかんざしを見て、瑞貴は小さく声を上げた。遠くてよくは見えないが、青く輝く不思議な形をした簪。

 慌てて、瑞貴は配布されていた手元のプリントを見た。『弦楽器:三井清舟みついさやふねさん』と写真入りで紹介されている。写真では、確かに見覚えのある海月くらげを模った簪をつけ、右目の下に泣きぼくろがある。桃泉堂に来ていたあの女性だ。ということは、あれが、雄然の言っていた妖の力の及んだ楽筝か。瑞貴はステージ上に目を凝らした。古典音楽に(はな)から興味のなさそうだった生徒たちの中にも、食い入るように演奏を見つめている者もいる。甘美で物悲しく、儚いようで激しい旋律。これが、付喪神の力かと、瑞貴は感服した。演奏は約五分間ほどだった。弾き終わると同時に、拍手が起こる。女性は椅子から立ち上がり、一礼した。

 特別授業では、他にもしょう篳篥ひちりき、鼓なども紹介されていた。清舟という女性は琴の他に三味線も弾いていたが、妖の力が及んでいるのは最初に弾いた楽筝だけだと瑞貴は思った。音の響きがまったく異なるのだ。和楽器の音楽など寒月峰神社で聴いた雅楽以外にはなじみがなかった瑞貴ですら、もう一度聴きたいと思うような音色だった。

 午後二コマを使った特別授業が終わり、瑠璃紺るりこんの着物を着た清舟は他の演奏者とともにステージを後にする。暗くなっていく壇上の楽筝に、瑞貴は再び視線を遣った。演奏家としては、確かに手に入れたくなる逸品なのだろう。雄然の商売の成果をこんなところで見るとは。なんとも不思議な気分だった。

※カクヨムでも同じ作品を掲載していますが、カクヨムでは章ごと、なろうでは1-2パラグラフごとに更新します。

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