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宵のハコブネ  作者: 朔蔵日ねこ
妖怪の生業

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27/53

妖怪の生業②

 その後、しばらく瑞貴は六花に心配されていた。新宿ゴールデン街に行った日の様子が、普段とあまりにもかけ離れていたせいだ。瑞貴自身も、自分があれほど好戦的に行動できたことは意外だったが、逆に手応えも感じていた。ゴスロリファッションで本来の自分を隠すことで、いつもと違った振る舞いができる。異性装によって正体を見破れないようにするというのは、きっとそういうことなんだろう。これを応用すれば、あそこまで凝った装いをせずとも宝珠の気配を消すことができるかもしれない。

「上条瑞貴くん、いるー?」

 そろそろ昼休みが終わる時間。教室の後ろのドアからひょこっと顔を出して、呼ぶ声がする。ちょうど図書館に本を返却して教室に戻ってきた瑞貴は振り返った。

「あ、いたいた」

 声の主は那珂川壱流だった。壱流は教室移動の途中なのか、教科書やノートを片手に抱えて教室に入ってくる。

「今日さ、放課後ちょっと時間ある?」

「今日、部活あるけど……」

「部活終わった後でいいよー。この前の公園で、待ってるから」

 壱流は満面の笑みでそう言うと、またひらひらと手を振って、教室を出て行った。一つ目小僧の悩み相談を聞いたあの公園か。あの日以来、後をついて来る気配はなくなった。もう一週間以上経つが、その後どうなったのかは少し気がかりだった。一つ目小僧のことは、六花たちにもまだ報告していない。

 部活を終えて、瑞貴はいつも通り、海斗と一緒に学校を出た。だいぶ日が長くなり、午後六時はまだ明るい。海斗とそれぞれの駅の方向に道を分かれて、まもなく例の住宅街の道に入る。公園は、駅へ向かう道から少し逸れたところにあった。

「瑞貴ー!」

 公園の前の道に瑞貴の姿を認めるや、壱流は手を振った。いつの間にか呼び捨てになっている。先日と同じ広い滑り台のような遊具に、壱流と一つ目小僧らしき姿があった。しかし、その様子は前回とかなり異なっていた。

「すごいイメチェンだな」

 一つ目小僧は、ブリーチして金髪に近い髪に、ブリッジのない目隠しのように直線型の近未来的なサングラスをかけて、パーカーにハーフパンツという恰好だ。小学生男子くらいの体格なので、チャラくて生意気そうな感じに見える。その手には、飲み終わって空になったオロナミンCの瓶が握られていた。

「どう?オレの渾身のコーディネート。これなら、一つ目小僧ってバレずに生活できるだろ」

 壱流は自信満々のようだが、これで夜中にうろついていたら、職質か補導くらいはされそうだ。

「三つ面乳母の方も、ほら、あれ」

 壱流が指す方を見ると、公園の隅で居心地悪そうに腕組みして立っている女がいた。紫色の、ビジューのたくさんついたワンピースを着て、同色のヴェールを頭からかぶって両側の二つの顔を隠している。ちゃんと着飾ればなかなか美人で、さながらダンサーか占い師のようだ。

「あれはね、オレの母ちゃんから借りてきたやつ」

『あっ、あたいは別に、こんな恰好しなくたって…っ』

 と、言葉はつんけんしているものの、まんざらでもなさそうだ。瑞貴はくすっと笑い、並んで座っている壱流と一つ目小僧の隣に腰を下ろした。

「オレ、一輝にネットの使い方を教えようと思って。こいつの人間に対する知識が古すぎてさ、アップデートするところから始めないとな」

 壱流は一つ目小僧を名前で呼んだ。どうやら、前回の悩み相談の後、壱流は何度か一つ目小僧と会っているようだった。それで少しずつ話を聞き出して、今回のコーディネートに至ったらしい。暇なのか面倒見がいいのか。でも、壱流は楽しそうだし、一つ目小僧も壱流に心を開いているようだ。

「さすがに、現代人がちょんまげに着物だとは思ってなかったみたいだけど、公衆電話とか、ホーロー看板とか出てきて、イメージがせいぜい昭和なんだよな。人間を脅かしたいって言うなら、まずは最近の人間の生態を知らないと」

「そうだな。妖怪は、人間と関わらないとどんどん妖力が弱くなるんだろう」

『いや、でも、今時妖怪が人間を脅かすなんて、聞いたことないし……』

 チャラい見た目をしていても、一輝はおどおどしてやはり自信なさげに俯いている。

「そんなことはないよ。インフルエンサーやってる化け狸は極端だけど、都会で酔っ払いを脅かしたりしてる妖怪もいる。屏風がなくなっても屏風覗きはネカフェの衝立に出没してるらしいし。お前が知らないだけで、今もちゃんと人を脅かしてる妖怪もいるんだ」

「そうだよー。一輝は視野が狭いんだよ。一つ目だけにねー」

 うまいこと言ったつもりか、壱流が爆笑しながら一つ目小僧の丸まった背中をポンポンと叩いた。

「昔よりは窮屈かもしれないけど、もっと世間を見てみてさ、人間と関わる方法を探してみたらいいんじゃないかな」

「そうだ、三久ちゃんもさ、母ちゃんのところで占い師でもしてみたら?」

 三つ面乳母に対しても、壱流は名前呼びだ。妖怪にまで馴れ馴れしい。名前を呼ばれた三久は顔を赤くした。

『あたいに働けっていうのかい』

「人間研究のためにさ。社会勉強だよー」

 現代社会に棲みづらく、妖力を失って消えていった妖怪がいるのは事実で、民保協ができたのもきっとそれが要因だろう。宝珠の存在意義は、妖力の弱まった妖怪を恢復(かいふく)させることだと、瑞貴は思い込んでいた。しかし、いちかやゴールデン街の妖怪たちを見てきて、どうやらそれだけではないらしい、ということに気づき始めていた。

 ひとまず、一つ目小僧の一輝と三つ面乳母の三久に民保協を紹介した。承諾を得て、六花にメッセージを送る。返信はすぐに来た。近々調査に赴くと。そして、追加でもう一つメッセージが送られてきた。

『六月の第二週の土曜日、都合つく?柄掛山に行こうと思うんだけど』

 瑞貴は、スマホを手にしたまま動きを止めた。柄掛山。瑞貴が意識を失い、その後、宝珠の力が顕現した場所だ。あの時、そこで何があったのかは、いまだに思い出せない。

(なるほど……)

 瑞貴は顎に手を当てて、心の中で呟いた。正直なところ、柄掛山に行くのは怖さもあった。陸上部の山トレーニングは自由参加だが、毎年春と秋の年二回ある。トラウマというほどではないが、今後もその山トレーニングに参加するかどうかは悩ましいと思っていた。

 しかし、宝珠の力や妖怪の存在について少し知識が増えてきた今なら、何か新しい発見があるかもしれないし、不安も克服できるかもしれない。六花や蒼が一緒に行ってくれるのであればなお、心強い。

(行ってみるか……)

 あの日を境に瑞貴の運命が大きく変わったのは事実だ。瑞貴は宝珠の印の刻まれた右の掌を強く握りしめた。

※カクヨムでも同じ作品を掲載していますが、カクヨムでは章ごと、なろうでは1-2パラグラフごとに更新します。

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