一つ目小僧の孤独②
「はい、オレのおごり」
住宅街の中の寂れた公園の、色褪せた広い滑り台のような遊具に三人並んで腰掛けて、壱流が差し出したのは、自動販売機で買ったオロナミンC。受け取った瑞貴も一つ目小僧も、それぞれに複雑な表情をしている。
「オレね、父ちゃんが霊媒師、母ちゃんが占い師で、霊媒師の卵なの。だから、専門は人間の霊とか怨霊。でも、霊感強いから、怨霊以外も見えちゃうんだよね」
底抜けに明るくしてくれた自己紹介で、なんとなく事情は分かったが、全然無関係なのにわざわざ首を突っ込んでくるあたり、好奇心なのか、おせっかいなのか。
「で、なんでそんなに思い詰めちゃったわけ?」
壱流はオロナミンCを一気飲みして、爽やかに尋ねた。せっかくなので、瑞貴も瓶の蓋を開ける。当の一つ目小僧は、調子を狂わされながらも、またマントのフードを深々とかぶって、どんよりとした空気を醸し出している。
『もう、おれたちには居場所がないんだ』
ぽつりと一つ目小僧は言葉を絞り出した。夕暮れの小さな公園の、一つしかない街灯に明かりが灯る。
『こんななけなしの妖力じゃ、人間を脅かすこともできない』
「妖力ないと、人間を脅かせないの?見た目だけじゃだめなんだ?」
『都会の夜は明るいし、音もうるさいから。それを細工して、不気味な雰囲気を作るのに、妖力が要るんだ』
「ふーん。そうなんだ」
壱流は深く頷きながら一つ目小僧の話を聞いている。
『おれたち妖怪は、人間を脅かしたり怖がらせたりすることで妖力を強くするんだ。妖力が弱くなると、人間を脅かせなくなるし、人間を脅かせなけりゃ、妖力は弱くなってく。妖力を失って消滅した奴らもいるし、妖力を奪うために、他の妖怪を共喰いする奴も出てきた』
「そりゃ怖いな」
妖怪を喰うと、妖力を奪うことができるのか。妖怪の共喰いなんてあまり想像したくもないが、話を聞いて、瑞貴は浄縁沼の蛟に喰われそうになったことを思い出した。蛟は宝珠を喰うことで、妖力を高めて竜になろうとしたのだった。
『妖力を保てなくなった妖怪の中には、姿を変えて生き延びた奴もいる。獣になったり、人間に紛れたり。でも、おれは浅ましく他の妖怪を喰ったり、妖怪の姿を捨ててまで永らえたりはしたくない』
日が暮れると、急速に闇が迫ってくる。暗くなってきた公園に、一つ目小僧のぼそぼそ話す声だけが聞こえた。
「心がけは立派だと思うよ。でも、自分から消滅することはないんじゃないかな」
壱流はのんびりした口調で話しかける。少しの間、一つ目小僧は沈黙した。壱流と瑞貴は何も言わず、一つ目小僧の次の言葉を待っていた。
『事八日なんて、もうみんな、知らないだろ』
一つ目小僧はうなだれたまま、力なく言った。
「あー。十二月八日と二月八日の、事始めと事納めのことか」
壱流が応えると、一つ目小僧はぎょっとして顔を上げた。
「一つ目小僧とみかり婆が家を回るやつだろ」
瑞貴も、最近本で仕入れた知識を披露する。一つ目小僧は驚いて、二人の顔を見比べる。
『お前ら、知ってんのか。本当に令和の高校生か?』
妙に的確な突っ込みをしてくる。今が令和であることや、彼らが高校生であることが分かるくらいには、現代社会に精通しているようだ。
『もうみかり婆もいなくなったし、事八日の習わしだってなくなった。おれたちの存在意義なんか、もうないんだ。行灯とか屏風とか井戸とか、昔あったものもみんななくなって、吹き消し婆とか、屏風覗きとか、狂骨なんかもみんな姿を消しちまった』
確かに、最近のビルやマンションみたいな家には妖怪は棲みづらいし出づらそうだ。
「古い習慣に縛られなくてもいいんじゃないかな。オレの専門の怨霊たちだって、昔は写真やらカセットテープやらビデオテープに乗り移ってたのが、今じゃ携帯のカメラとかインターネットにまで入り込んでるしね」
『怨霊と違って、おれたちには実体がある。おれは人間に化けたりできないし、こんな見てくれじゃ、生活していくのも大変なんだ』
なるほど。今はマントのフードを目深にかぶって一つ目を隠しているが、いつもそんな風に俯きながら歩くとなると、気が滅入るのも無理はない。
「目が一つってとこ以外は、見た目はほぼ人間だけどなぁ」
一つ目小僧の目は、人間と同じ高さに一つだけで、大きさは人間の目より少し大きいくらい。鼻も口もちゃんとあって、目だけ隠せば人間に見えそうだ。
『ちょっと、一輝!何してんの!』
突然、公園の入り口から女の声がした。頭巾というか、ほっかむりというか、頭に布をかぶったロングスカートの女性。白のハイソックスに古ぼけたサンダルを履いていて、ちょっと今時とは言えない絶妙なファッションだ。
『うわ、三久姉……』
女性はつかつかと歩いてくると、遊具に座っている三人の前に仁王立ちになった。瑞貴と壱流が呆気に取られていると、彼女はかぶっている布を勢いよく取り去った。女性には、正面の顔以外に左右に二つ、顔がある。
「えっ、三つ面乳母って、こんなに若いの?」
本来とはややずれたポイントで驚き、瑞貴は声を上げる。三つ面乳母とは、一つ目小僧につきっきりで世話をするといわれる妖怪である。本で見た絵では老婆のように描かれていたが。昔と今では年齢の感覚が違うせいか。壱流もポカンと口を開けて三つ面乳母を見ている。
『ふん、これを見て失神しないってことは、術士だね。そっちは宝珠かい』
ずいぶん威勢のいい三つ面乳母は、瑞貴と壱流を睨みつけた。
『人間相手に弱音吐くなんて、なんてザマだい、一輝』
一つ目小僧は、二人の間で不貞腐れたようにそっぽを向く。
『この子はね、厨二病の虚言癖なんだ。すぐこの世の終わりみたいなこと言って。みかり婆だって、ちょっと腰を痛めて湯治に行ってるだけじゃないか』
『三久姉が楽観的すぎるだけだろ。妖力が弱くなってるのも、仲間が減っていってるのも、本当のことじゃないか』
『そんなことはね、人間の知ったこっちゃないんだよ。さぁ、帰るよ』
口喧嘩の末、三つ面乳母は一つ目小僧の腕を掴んだ。一つ目小僧は嫌々ながらも、それほど抵抗することなく立ち上がる。
『いざって時は、あんたはあたいの妖力を喰らって永らえりゃいいんだ』
「あ、あの……」
瑞貴は引き留めるかどうか迷ったが、三つ面乳母の勢いには勝てなさそうだった。散歩を嫌がる柴犬のように引きずられていく一つ目小僧の背中に、壱流が声を張り上げる。
「おい、一つ目ー。お前の悩み、考えてみるわ。また会おう!」
真っ暗になった誰もいない公園で、二人は妖怪たちを見送った。
※カクヨムでも同じ作品を掲載していますが、カクヨムでは章ごと、なろうでは1-2パラグラフごとに更新します。




