化け狸 保守と革新③
三人はカフェでドリンクをテイクアウトして、薔薇の庭園のそばのプラタナスの並木道まで戻り、空いたベンチを見つけて腰を下ろした。
「妖怪から普通の狸に戻って生きていくなんて……一族が根絶やしになっても構わないっていうの?」
六花は憤慨している。瑞貴は、それはそれで良いのではないかとも思ったが、曾祖父に立派な妖怪になりたいと直訴していた子狸のことは気になった。
「狸親爺が。本気でああ言っているわけではないだろう。そうでなきゃ、御苑に移ってまで、狸囃子の怪異を起こすわけがない」
狸親爺とは、まさに文字通り。見透かしたように蒼が言う。
「ただ、民保協には興味なさそうだな。用があるのは宝珠だけってことか」
蒼は前屈みにベンチに座り、ホットコーヒーを啜りながら言った。
「今日は宝珠の力の下見といったところだろう」
六花はまだ納得のいかない表情をしていたが、ふと思い出したように顔を上げる。
「そういえば、いちか狸がいたって言ってたよね……」
「あの、それは……」
ばつが悪そうに、瑞貴は言い淀む。そして、キャンディに見せかけたどんぐりをつかまされたことは伏せたうえで、太月を確保しようとしてゴスロリ少女に阻まれた一部始終を説明した。しかし、相手が妖怪だと見抜けなかったのは事実だ。
「いちか狸は、群馬の館林に棲んでる最近有名な化け狸だよ。文福茶釜の昔話の元になった、守鶴っていう和尚に長年化けてた狸の末裔だって言われてる」
群馬とは、またはるばる遠征してきて、なぜ新宿御苑をキメキメのゴスロリファッションで散策しているのか。とても妖怪とは思えない。
広い並木道に定期的に配置されたベンチの一つで、三人がちょうどその話をしている最中に、瑞貴は声を掛けられた。
「あっ、さっきのお兄さん!ヘッドドレス、拾ってくれたお兄さんでしょ?さっきはありがとう」
視界の隅から圧倒的な存在感で、日傘を差したゴスロリ少女がテンション高く登場する。
「わっ、いちか狸⁉」
六花が小さく声を上げる。それを耳敏く聞きつけたゴスロリ少女は、きょとんとして三人を見つめる。
「あれー、いちかのこと、知ってるの?」
儚くミステリアスなゴスロリメイクには似合わない、甘いアニメ声と屈託のない笑顔。ギャップ萌え的なことなのか。あざとい。
「貴女、本当に館林のいちか狸なの?」
「そうだよ。いちかは、茂林寺の守鶴の八男と、淡路の芝右衛門狸の三女の娘なの。血統書付きの変幻自在化け狸だよ」
いちかはそう言うと、日傘を片手にくるりと一周、回ってみせた。ここまで大っぴらに妖怪を自称されると、却って素性を怪しまれないのかもしれない。
そこへすかさず、蒼が名刺を出し、民保協の説明を始める。どこまでもビジネスライクだ。いちかは、ふーん、と言ってそれを聞いていた。
「いちかは、登録してもらってもかまわないよ。今や、日本を代表する化け狸だからね」
民保協の活動を、理解したのかしていないのか、いちかは事もなげに言って、胸を張る。あまりにもあっさりしすぎて、六花も蒼も拍子抜けしたほどだ。
「あっ、いちかさーん、やっと見つけた」
遠くから、甲高い女子の声が聞こえ、数人のゴスロリ少女の集団が近づいてきた。一瞬、あれが全員化け狸かと疑ったが、どうやら他のメンバーは人間らしかった。少女たちは、薔薇の庭の近くに出ているキッチンカーから、ドリンクとスナックを買ってきたようだ。
「あー。ごめんなさーい」
「はい、これ、いちかさんのレモネード」
「どうもありがとう」
ドリンクを手渡しにいちかに近づいてきた、パープル系のゴスロリワンピースを着た少女が、ちらりと瑞貴の方を見て、そして、固まる。
「上条くん⁉」
「えっ⁉」
突然、名前を呼ばれて瑞貴は面食らった。しかし、顔を見てもまったく誰だか分からない。
「誰……⁉」
咄嗟に、少女はしまった、という顔をした。しかし、引くに引けなくなった彼女は、瑞貴のシャツの袖を引っ張り、道の端まで連れて行く。そして、瑞貴の耳元に顔を近づけ、小声で囁く。
「藤田風子だよ」
「えっ⁉ふ…っ⁉」
「しーっ!」
藤田さん、と名前を呼びそうになって、遮られる。クラスメイトの藤田風子。眼鏡をかけて、いつも教室で本を読んでいる真面目な藤田風子と、目の前のゴスロリ少女が同一人物とは、俄かには信じられなかった。
「何してんの?これ」
「サークル活動だよ。ゴスロリファッションで撮影会とか、お茶会とかするサークル。SNSで写真アップしたり。今、上条くんが喋ってたいちかさんは、その界隈では有名なインフルエンサーなんだから」
午前中に薔薇の庭園を見に行った時、ゴスロリ少女たちが撮影していたのは見かけたが、中の人がクラスメイトと化け狸だったとは。そして、化け狸がインフルエンサーだなんて、適職といえなくもないが、時代が変われば変わるものである。
「でも、まさか、上条くんが男の娘だったなんて、びっくり。思わず声かけちゃった」
「えっ、いや……これは…違うんだ」
「すごくよく似合ってる。大丈夫。上条くん、これは二人だけの秘密にしよう」
そう言って、風子は片目をつぶってみせた。正体を明かされてなお、風子だとは信じ難いが、普段とは異なるその勢いに気圧された瑞貴は、ただ頷いてしまう。
「瑞貴、知り合い?」
と、道端で内緒話をしていた二人に、六花が近づいて来る。何気なく六花を見遣った風子の視線が、そのまま釘付けになる。その顔には、さっき瑞貴と遭遇した時より遥かに色濃い驚愕の色が浮かんでいた。
「あの……り、RICCAさんですか?モデルの、RICCAさんですよね⁉」
それを聞いて、六花はおや、という表情をする。
「そうだけど……」
「うわぁ、私、大ファンなんです。すごい!えっ、上条くん、RICCA様と知り合いなの⁉」
いきなり様付けになり、風子は濃いメイクの上からでも分かるくらい顔を紅潮させている。以前、千鳥ヶ淵に行った時、六花が「身バレ防止」と言っていたのは、こういうことか。やはり有名人なのだ。
「へぇ、お姉さん、モデルなんだ」
会話にいちかも割り込んでくる。その声音には、若干敵対心のようなものが感じられる。インフルエンサーにとって、そこは気になるポイントなのか。いちかは六花の立ち姿を値踏みするように眺め、風子はいちかに一生懸命、六花のことを説明している。承認欲求の世界は大変だ。
なんだか混沌になってきた。瑞貴は軽く眩暈を覚える。風子には何か誤解されているような気がするが、説明もややこしいし、訂正できる雰囲気でもない。雲の切れ間から薄く陽が射すプラタナス並木。人で賑わう休日の新宿御苑は、とても平和だ。いちかと風子と六花、そしてゴスロリ少女集団が盛り上がっているのを見ながら、これがダイバーシティというものか、と瑞貴は一人、納得した。
※カクヨムでも同じ作品を掲載していますが、カクヨムでは章ごと、なろうでは1-2パラグラフごとに更新します。




