都会の怪①
東京に戻った瑞貴は、六花とメッセージアプリでやり取りした。六花たちは五月五日には東京に戻ったようだが、暁父山の妖怪たちの登録作業はだいぶ捗ったようだった。マーキングした妖怪をレーダーで追跡し、実際に接触を試みて、妖怪の棲息状況や全数の情報を集めるのだそうだ。もちろん、すべての妖怪が協力的なわけではなく、逃げ回ったり妨害したりする妖怪もいる。一筋縄ではいかないのだ。
管狐を入手したことも、民保協の二人と千歳には報告した。管狐の逸話を知っている三人は訝しんだり心配したりしたが、管狐がまだ幼いこともあり、まずは外に出さず躾と教育をしていくことになった。いざという時には斬ってやる、と言う蒼に、六花はまた渋い顔をしていた。
大型連休が明けて、久し振りの登校だった。千歳は相変わらず、弁当と一緒にハーブを持たせてくれた。さすがに学校に化粧はして行けないが、六花が背守りを縫い取ったシャツを着て行った。いつも通り、陸上部の朝練に出ると、海斗からユニバーサルスタジオジャパンのお土産を渡された。連休中に家族で行ってきたらしい。陸上部の他のメンバーからも、旅行先のお土産をいくつかもらった。連休中ずっと山奥の神社で修行していた瑞貴とは大違いだ。瑞貴はレジャー気分など微塵もなかったため、お土産なんて思いつきもしなかった。
久し振りの学校で、瑞貴は一つしたいことがあった。昼休み、早々に弁当を食べ終えると、瑞貴は校舎の別棟にある図書館に向かった。学校の図書館には滅多に行かないので、少し緊張する。一歩、足を踏み入れると、独特な香りがした。生徒は何人かまばらにいたが、お互いに気に留める様子もない。どこに何の本があるのか分からず、瑞貴は何列もの書架の間を順々に歩いて行った。
一段と奥まった書架の『風俗・民俗学』という棚の前で、瑞貴は足を止めた。『日本の妖怪伝承』『怪異・妖怪の民話』『河童・天狗・狐狸』。少し眺めただけでも、参考になりそうな図書がたくさんある。瑞貴はその中から手始めに、絵の多そうな本を二冊選んだ。それから、さらに書架を巡り、『宗教』という棚も覗きに行く。神道や修験道の本は、難解なものが多そうだ。ずっと活字を読むことがそんなに得意ではない瑞貴は、もう少し簡単に読めそうなものを探した。そして、『怪異からの護身法』という本に手を伸ばした。と。右側から同じ本に手が伸びてきて、手と手がぶつかる。
「あ……」
驚いて右を見ると、痩せぎすで茶色くブリーチした長い髪を後ろでひとまとめにした男子生徒と目が合う。
「こういうのは、女の子とやるもんだよなぁ」
ぶつかった手を引っ込めながら、男子生徒は破顔した。笑うと八重歯が見えて、人懐っこい笑顔だ。
「……すみません」
初対面で、相手の学年も分からないので、瑞貴はとりあえず丁寧語で謝った。相手は屈託ない笑顔のまま、言葉を継ぐ。
「C組の上条瑞貴くんだよね。オレ、E組の那珂川壱流」
瑞貴は驚いた。クラスでも、どちらかというと目立たない方の自分のことを、何故相手が知っているのか疑問だった。
「なんで、僕のこと……」
「知ってるよー。ね、そういう本、興味あるの?」
那珂川と名乗った生徒は、瑞貴の手にある二冊の本を見ながらそう訊いた。瑞貴は返答に困る。
「あ、うん、まぁ……」
興味があるというよりは、必要に迫られて、といった方が正しいが。瑞貴は曖昧に頷いた。
「そっか。オレもこういうのに興味あってさ」
と、那珂川は本棚を見上げる。そこは、神道や修験道の他、密教や陰陽道の書籍が揃った棚だった。
「その本は譲るよ。オレ、他にも借りたい本あるから」
「いや、僕も別に、これじゃなくても……」
瑞貴もこだわりがあるわけではなかったのだが、那珂川は二人が同時に取ろうとした本を棚から抜き取り、瑞貴に手渡した。
「これね、分かりやすいし、《《実用的》》だからオススメだよ。オレ、一回読んだんだよね」
瑞貴が受け取ると、那珂川は満足げに付け足した。そして本棚の方に向き直り、他の本を物色しはじめる。
「……ありがとう」
ひとまず礼を言って、瑞貴は本棚を離れようとした。
「またね、上条くん」
振り返ると、那珂川が満面の笑顔で、ひらひらと手を振っている。
(変わった奴だな……)
そう思いつつ、瑞貴はちょっと会釈して、図書館のカウンターに向かった。
※カクヨムでも同じ作品を掲載していますが、カクヨムでは章ごと、なろうでは1-2パラグラフごとに更新します。