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宵のハコブネ  作者: 朔蔵日ねこ
覚悟
15/30

覚悟①

 食事を終えた後、瑞貴は着替えて神社まで一人で歩いて行った。今日も良く晴れていて絶好のレジャー日和だ。神社の境内には参拝客も多く、活気づいている。特に宛てもなくフラフラと歩いていると、吏に声を掛けられ、明日の巫女舞奉納の準備を手伝うことになった。

「そういえば瑞貴、悠花さんのお墓、教えてもらった?」

「いえ……」

「もう、千歳ったら、そのくらい伝えてから帰ればいいのに。気が利かないわね。あとで一緒に行きましょう」

 確かに、千歳から滞在中に墓参りに行くようには言われたが、場所までは教わっていなかった。

 巫女舞の観覧席に椅子を並べたり幕を張ったりするのを手伝って、瑞貴はだいぶ汗をかいた。神楽殿かぐらでんは綺麗に拭きあげられて、明日の巫女舞奉納に備えられている。瑞貴は自分も少し習ったのもあり、本番を観るのが楽しみだった。

 母親の墓参りに行けたのは、その日の午後だった。吏の案内で、神社から駐車場へと下る山道を、瀬尾稲荷より手前で右に逸れ、獣道のような細い道を進んだ。山道の分岐は目印もなく、慣れていないと見過ごしそうだった。たとえ千歳から口頭で教わっていても、一人ではとても辿り着けなかっただろう。墓は見晴らしの良い山の中ほどにあった。いくつかの墓石が並んでいたが、すべて上条家の先祖代々の墓だった。その中には、先代の宝珠、祀の墓もある。

 瑞貴の母親の悠花の墓には、おそらく昨日、千歳が供えていった花が、瑞々しいまま残っている。瑞貴は初めて、母親の墓前に手を合わせた。朝に見た夢が思い出される。悠花は、瑞貴にメッセージを伝えに来たのだろうか、それとも、あれは瑞貴の願望だったのだろうか。母親は、瑞貴の宝珠が現れた右手を握ってくれた。

 すべての墓を掃き清め、悠花と祀の墓前に線香をあげて、二人が墓を後にしようとした時だった。通ってきた獣道に、萌黄色もえぎいろの着物姿の雪絵が、気まずそうな顔をして立っていた。

「あら、雪絵さん」

 吏が声をかける。雪絵はもじもじしながら、瑞貴をちらりと見た。雪絵が狐だったと分かった今でも、その仕草は本当に人間にしか見えない。

「あの……、宝珠の坊ちゃん。昨夜はごめんなさいねぇ」

「雪絵さん、困りますよ、本当に。貴女とゆいさんで、瑞貴を誘い出したんでしょう」

 吏が雪絵をとがめる。結というのが、雪絵の娘の灰色の狐の名だろうか。

みずちどのがあんなに器の小さい妖怪だとは思わなかったんだよ。いきなりあんな横暴をするなんてさ」

 慌てて雪絵は弁解を始めた。

「宝珠の力を独り占めしようだなんて、浅はかもいいところさ。今回のことは、山の神さんや遣いの狼たちにも報告しておくよ」

 雪絵はしおらしくうなだれてそう言った。どうやら、雪絵が瑞貴を沼の蛟に喰わせようとしたわけではないようだった。妖怪同士のコミュニティも複雑らしい。

「宝珠の坊ちゃん、お詫びにこれを受け取ってくださいまし」

 そう言った雪絵の手には、黒い竹筒が握られている。護符に見せかけた木の葉を渡されて化かされたことを思い出し、瑞貴は警戒する。

「雪絵さん、それはもしかして……」

 吏が驚いた声を出す。

「ええ。うちの秘蔵の忍びでございます。きっと、宝珠の坊ちゃんのお役に立ちますよ」

 竹筒を瑞貴の前にずいと差し出して、雪絵はにっこり笑った。吏は少し渋い顔をしながら、瑞貴の方を向いた。

「瑞貴、それは管狐くだぎつねだよ」

 クダギツネ、と言われても、瑞貴はポカンとしていた。竹でできた水筒のような竹筒は、側面が黒く塗られ、頂面と底面は朱で塗り分けられている。瑞貴がこわごわ受け取ると、雪絵は開けてみるよう促した。瑞貴が竹筒の栓を外す。ポン、と軽快な音がして、何かが二つ、飛び出してきた。

「狐……?」

 竹筒から出てきた二匹の小さな狐が、元気よくピョンピョンと飛び跳ねている。

ぬしさま!』

『主さま!』

 かまびすしい幼い子供の声で、狐は喋り出す。

「双子の兄妹、タカネとフウロです。まだ百二十年と若いですが、宝珠の坊ちゃんのお側にいれば、元気いっぱいに育ちます。人にも憑きますし、占いもできます。化けることもできるようになりますよ」

 二匹の子狐は、宙返りをしたり、地面に穴を掘ったり、ちょこまかとせわしない。

「ちょっと、お前たち、落ち着いて」

 咄嗟とっさに瑞貴が言うと、くるくると動き回っていた狐たちは、ピタリと並んで地面に座った。

「宝珠の坊ちゃんにきちんとお仕えするように言いつけてありますから、命じれば何でも言うことを聞きますよ」

 だんだん雪絵はいつもの調子を取り戻してきて、にこにこと説明する。

「えっ、じゃあ、自己紹介して」

『はい、主さま。兄のタカネでございます。特技は人に憑くこと、好物は小豆でございます』

『はい、主さま。妹のフウロでございます。特技は声真似、好物は油揚げでございます』

 二匹の小さな狐がちょこんと畏まって座って話す姿は可愛らしい。

「管狐は、あるじに財をもたらすとも言われますが、次々増えて周囲の者に害をなすとも言われますね」

 疑い深く吏が言うと、雪絵はほほほと笑う。

「もう妖力が弱いので、増える力はありません。この二匹は最後の子種で、大事に育てておりましたの」

 戻るように命じれば竹筒に戻ると聞いて、瑞貴は管狐たちに戻れと命令した。すると、二匹はするすると細い竹筒に吸い込まれていった。

「それからね、宝珠の坊ちゃん」

 雪絵はさらに愛想笑いを浮かべて、瑞貴に顔を寄せてくる。

「もしどちらかで、稲荷の狐に会うことがありましたら、秩父の雪絵が婿を探しているとお伝えください」

 えっ、と瑞貴は雪絵の顔をまじまじと見る。婿ということは、あの灰色の狐の縁談ということか。

「娘の結の妖力も、もうだいぶ弱くなって、女子にしか化けられなくなっております。何処いずこかの立派な殿方と縁組をして、妖力を強めたいのですよ」

 妖力がなくなると、私どもは消滅いたしますので、と雪絵は付け足した。妖怪の世界も大変なんだな、と瑞貴は思った。瑞貴の頭の中で、今朝、夢の中で聞いた「必要なのは《《理解》》」という言葉がよみがえった。

 雪絵の期待に添えるかどうかは分からなかったが、瑞貴は、努力します、と答えておいた。そして、吏と瑞貴は雪絵と別れ、山道を神社への帰路につく。雪絵は名残惜しそうに手を振って、二人を見送った。

※カクヨムでも同じ作品を掲載していますが、カクヨムでは章ごと、なろうでは1-2パラグラフごとに更新します。

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