第6話 視えている世界は
雷鳴と共に矢、いや日本刀が一瞬だけ金色の稲妻を纏い、桜の木と丹村さんごと切り捨てた。
まるで閃光のように美しく、鋭い一撃だった。
「あああああああああああああああああああああ!」
桜が一瞬で黒ずみ、散っていく。それと同時に丹村さんの姿も消えた。霧が晴れ、気付くと空は宵闇に染まりつつある。どうやら現世に戻ってきた──らしい。
「終わった?」
『かかかっ、まったくいきなり走り出したかと思えば、実に我が主人らしい。一番危険な役割を自分でやるのだから、危なっかしいことこの上ない』
それはすぐ傍に聞こえてきた。ダミ声の聞き覚えのないはずの声なのに、何故か懐かしいと感じてしまう。
慌てて振り返ったけれど、そこには誰も居なかった。ただ黒く怪しく光る石ころが落ちているのに気付く。
(あれは未知なる石に似ているような?)
***
その後、浅間さんが飛んできてもの凄く怒られた。「ここには立ち入るなと言っただろう」と言われたが、気付いたら来てしまったので不可抗力だと思う。それを言ったら「それでもだ」と無茶苦茶なことを言われてしまった。解せぬ。
今日も今日とて病室でお説教を受けた後、浅間さんから蜂蜜入りルイボスミルクティーを 受け取る。とても温かいし、美味しい。
やっぱり浅間さんはオカンだと思うのだ。
「まさか記憶を失ったままで、排除指定が決定していたアヤカシを討伐するとはな」
もう浅間さんは言葉を誤魔化さずにアヤカシと言い切った。やっぱり私の予想通り、この世界の怪異事件は、アヤカシと密接な関係にあるのだろう。
「丹村悟。九年前に行方不明になった《MARS七三〇事件》の生き残りだった。書類上、《神隠者》の可能性が高いと判断した。当時は、集団で人が失踪することが多かったので、捜査もそこまで詳しくしていなかったようだ」
「九年前……」
丹村さんは桜が美しいと言ってずっと見続けていた。けれどいつしか自分と同じ仲間を求めて、誘い、そして同族にしようとしていたらしい。あの社にいた神様は消えかけていたのもあり、助けを求める形で私を呼んだらしい。
「私を呼んだのは社のほうだった」
「ああ。その場で何とか出来る者に白羽の矢が立つのは良くあることだ」
「よくあることなんだ……」
浅間さんはぶっちゃけすぎるほど、アヤカシの話をする。これ機密事項とかじゃないのだろうか。私にペラペラ喋っていいのだろうか。
「……それで、秋月燈。お前は何を選ぶ?」
「!」
静かだけれど、真剣な声音に少しだけ緊張が走る。
カップを持つ手に少し力が入ったけれど、すぐに一息ついて浅間さんに向き直った。
「私は記憶を取り戻すことを選ぶ」
「貴様の望む穏やかな生活が望めなくても──か?」
日常、穏やかな生活。それに浅間さんはこだわる。それとも過去の私は穏やかな生活を望んでいたのだろうか。それは今の私には分からない。
「色んなことに巻き込まれる日々だって、既に穏やかとは言えないと思うけど?」
「まあ、……そうだな。貴様にその意思がなくとも、どうやら貴様の巻き込まれ体質は記憶を失ってもいかんなく発揮されるようだ」
「それに関しては嬉しくない」
「だろうな。だが諦めろ」
浅間さんはポンポンと、大きな手で私の頭を撫で回す。なんだかんだ言って浅間さんは優しい。引き取られたのが浅間さんで良かったと思うのだ。
私の決意に対しても「そうか、頑張れ」と否定せず受け入れてくれた。それがなんだか擽ったくて嬉しい。
(お見舞いに来てくれる人がいる。私を守ろうとしてくれる存在がいる、浅間さんは私を引き取ってくれた……。過去の私がどんな生き方をしていたのか分からないけれど、人に恵まれているとは思う)
***
──淡い夢。
ふと気づくと、ある部屋にいた。いつからいたのか、どこから入ったのか不明だ。しかし夢ではよくあることだろう。
六畳ほどのワンルーム。白を基調としたシンプルな部屋で、ドアや窓は無い。天井は遙か彼方に見え──それこそ果てがなくどこまでも続いている。酷く現実味の欠けた空間なのに、なぜか特別に思えた。視界に霧がかかったかのように、周囲が見えづらい。
私はソファから離れて、部屋に視線を向ける。人の気配があるのに、誰も居ない。それは私自身の心象風景にも思えた。
「誰かいませんか?」
返事はない。
けれど何かいる。威圧するような感じでも、怖いというのとも少し違う。
ぺたぺたと室内を回って歩く。フローリングの床は真っ白で冷たい。まるで水面を歩いているようで、足下が不安定だ。
カタン、と音に怯えて振り返ると、いつの間にか白い家具があることに気付く。
「あんなもの、あったっけ?」
不審に思いつつも近づいた。
それは木材で出来たチェストで、乱雑に塗りたくった白いペンキの跡が目立つ。引き出しは全部で五つほどあったが、一番上の引き出しだけ開いた。
中に入っているのは、一通の手紙。封筒の表には「燈」とだけ書かれており、《送り主》は文字が汚れてわからなかった。滲んだ文字を見ても、なにも感じられない。
中身を見ようと手紙の封を切る。封の中から出てきたのは、ポラロイドで撮った写真の束だった。
「え、うわぁ!?」
思わず声が裏返った。それは封筒から魔法のポケットのように写真が溢れ、その数は数百枚を超えるほどの量となった。一枚ずつ写真を拾い上げる。
「これ……」
私と誰かが映りこんでいる写真だ。ただ私以外は黒いインクが滲んで見えない。記憶を失いながらも何かを残そうと、足掻いた結果なのかもしれない。
忘れてしまった誰か。
私は写真を壁に貼り付けていく。中学校の制服姿。ランドセルを背負って笑う自分。七五三の着物姿。クリスマスツリーを飾り付けているもの。一緒におせちを食べて、凧揚げをしているところ──。
写真に涙がこぼれ落ちて初めて自分が泣いていることに気付く。
「あ」
手にしていたのは、満開の桜が咲いている写真だ。これは夢で見た光景に似ている。
独りじゃない、誰かがいつも一緒に写っている。家族を失った私は、誰と暮らしていたのか。
思い出そうとしても記憶は形にならず、霧散して消えてしまう。それでも私は桜の写真を見つめ続けた。
忘れてはいけない何かがあったはずなのだ。
「探すのか?」
ふと男の声が部屋に響いた。
「え?」
慌てて振り向くがそこには誰も居ない。
気づくと瞬間移動したように周囲が夜明け前の水辺へと変わった。どこまでも広がる水辺と雄大な空。周りに建築物はなく、空と水面が鏡合わせのように広がっていた。
眩いオレンジ色の明かりが世界を照らす。
「記憶を──探すのか?」
また聞こえた。
「探す。私は自分の過去を思い出したい」
「忘れてしまったのなら、もう別にいいんじゃないの?」
今度は子どもの声だ。上手くしゃべれないのか、どもりながら燈に尋ねた。
「よくない……! まだ私の中に記憶は……残っているもの」
胸の中に残る想いはまだ温かく、傍にいたのが誰なのか知りたい気持ちが強い。私の失ってしまった物を取り戻したいと思うのは普通のことじゃないのだろうか。
「誰も、思い出すことを望んでいなかったら?」
「誰も待っていなかったら?」
「後悔するかもしれないよ」
「──っ」
夜明け前の暗闇が燈に言葉を投げかける。「楽な道があるから行こう」と誘う。
彼らの言葉を振り切って、遠くに見える光に向かって歩き出す。足元は柔らかく、先ほどよりも不安定だ。もう一歩踏み出したら体ごと水底に落ちてしまいそうだと思った瞬間、足が──身がすくむ。
「もう、十分じゃないか」
「諦めたっていいと思うよ」
「なにもなかった。忘れちゃおう」
「駄目……。忘れたら駄目なの。絶対に忘れないって、思い出すって約束したんだから!」
心から叫んだ。心に残る誰かを忘れたくない。思い出したい。
「だれと?」
「ダレ?」
「だれだれ?」
「誰だい?」
「誰なの?」
「ダレ?」
「だぁれ?」
「だれ?」
「ダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレダレ……」
何十人という声が一斉に責めたてた。老若男女、子どもまでもが繰り返し尋ねる。「それは誰か」と。
「………うっ」
深い闇が燈をさらなる深淵へと、引き入れる。
足が動かなかった。
怨嗟と悲鳴と怒号が、私の声をかき消す。
「それでも私は──過去を捨てない、絶対に諦めない! 私は何一つだって取りこぼさずに拾い上げるんだから!!」
『かかかっ、よく言った!』
理不尽を嘲り笑う豪胆な声が轟いた。
刹那、閃光が煌めく。それは暗雲を断ち切る鋭く激しい光。
「……!」
闇夜はガラス細工のように崩れ──眩い朝日によって泡沫のように消えていく。それは儚くも美しかった。
『ふん、造作もない』
雷のごとき刃は鈍色に煌めき、朝日の光を浴びて白銀となる。刃の先へ視線を向けるとそこには、鎧武者が佇んでいた。
(うわっ大きい! 私の二倍ぐらいはあるかな?)
なぜだか浅間さんのように、鎧武者を見て怖くなかった。鎧武者は傲岸不遜に笑う。普通なら絶叫して逃げる場面なのに。
『かかかっ、どうした? 某が恐ろしいか?』
黒ずんだ緋色の全身鎧。五月人形に似たいで立ちで、その兜の奥から燃え上がるような緋色の瞳が煌めいた。私の感覚はもしかしたら世間一般とは少しズレているのかもしれない。なぜなら──。
「よ、鎧武者。……かっこいい!」
『かかかっ! ×××よ。いい加減、名ぐらい思い出して欲しいものじゃ』
瞬間、鎧武者はパッと消えてしまった。
「え、ちょっと、待って!」
ふわり、と懐かしい匂いが鼻腔をくすぐった。白檀の香り──だろうか。以前にも嗅いだことがある。
「────」
それは声にならない囁き。
先ほどの鎧武者とは異なる気配に、振り返った。
誰かが佇んでいた。目と鼻の先の距離なのに、蜃気楼のように人影が揺らぐ。
白、いや白銀だろうか。
長い髪、瞳の色は──。
「××××?」
その人の名を口にするも、声が出ないことに気付く。
覚えているはずなのに、言葉が紡げない。
「───」
手を伸ばして一歩、踏み出したが、一足遅かった。
空を覆うような巨大な津波が全てを飲み込んだ。再会を拒む大波に抗う術もな、私の意識はそこでブツリ、と途切れる。
***
「脱退院。一人暮らし生活!」と、本来なら2009年の年内中に一人暮らしか浅間さんの家に居候となる予定だったのだが、丹村さん以外にも色々あって退院が長引いた結果──高校入学と共に一人暮らしへとシフトしたのだ。
退院したのち、浅間さんの車に乗り込んだ。黒のセダンで浅間さんらしい車だ。これで軽自動車に乗っていたら、ちょっと可愛いと思ったけれどさすがにそれはないらしい。
ひとまず学校が始まるまでは浅間さんの家に居候となる。しかし学生生活というか一人暮らしをする上でお金が不安になった。
「お金が掛かるのなら……浅間さんの家に居候でもよかったのにー」
「貴様は通学時間を徒歩5分から、一時間半にしたいようだな。ちなみに金のことは気にするなら」
「それなら一人暮らしで大丈夫です!」
「現金だな」
浅間さんは口調こそアレだけれど、中々に面倒見がよい。私の中ではこの半年ぐらいで過保護オカン認定をしている。仏頂面だけれど、定期的に見舞いに来てくれるし、勉強も見てくれて新しい生活に必要な物の買い出しも付き合ってくれた。
(良い人過ぎる……。言い方はアレだけれど)
そして分かったことは視えないけれど、何かいるのがなんとなく分かったことだ。特にいつも浅間さんに対してなんか敵視している存在がいる。視えないけれどなんかいるのだ。
浅間さんも気付いて居るらしく、なんか煽っているのを見たことがある。鼻で笑ったりしていたので間違いない。
(……私も視えるようにならないかな?)
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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