第3話 あなたは……だあれ
私の記憶。
それは虫食いのようにめちゃくちゃで、ところどころ記憶が欠如している。ノートに今までの記憶を書き記しても、私がどの辺に住んでいたとかは思い出せても、誰と一緒にいたかがまるっきり思い出せないのだ。
それこそが対価だと言うのなら、私は一体何をしでかしたのか。浅間さんの言葉の一つ一つを思い返し、ある結論が出る。浅間さんは記憶を失う前の私を知っている、そういう立場にいた。彼は刑事だけれど、特殊部隊めいた活動をしている気がする。
それこそ未知な存在、あるいは神話の時代から耳馴染みのあるアヤカシ。摩訶不思議な現象は、この十年で科学が飛躍的進歩を遂げても、解明できないでいる。
(夢の中では、アヤカシがそこら中にいたもんなぁ)
そう夢の中では──。
だからあれが過去なのか、私には判断ができない。やっぱり浅間さんに相談するしかなさそうだ。知り合いもいないし、他に相談したらヤバい人判定させられる気がする。
「はぁ……」
ため息を溢しつつ、PC画面に視線を戻した。
インターネットの普及にAIの急速な発展したのは、1999年8月以降に未知なる原石によるエネルギー源が発見されたからだ。
それまで原子力発電所で賄っていたエネルギー量を持ち、石をある方法で溶かすと石油油田と同じ物質になるという。これが日本を中心に各国で発見された一気に私たちの生活水準が上がったのだ。
未知なる原石は空から落ちてくる。それも重力の影響を受けず、ふわふわと浮遊して大地に落ちるという。
未知なる原石の判別は、専用の器具で行うらしく無効のままでは使えないとか。それも相まって2000年以降、空前のパワーストーンブームが到来した。
またパワースポットの影響もあり、日本は環境破壊に危機を覚え、生活水準を上げる政策は行うも緑豊かな自然あふれる環境を維持し、神社仏閣の保護に協力する団体が増えたことで文化財産や伝統を廃れさせないように取り組んでいる。
(だから病院内でもネット回線が整っているし、インターネットで事故の情報も集められる──って思ったけど)
借りてきたノートパソコンの画面には『閲覧権限がありません』と出てしまう。事件の内容は多少見ることができても、それに関する内容はこのように制限がかかってしまうのだ。
(私の携帯やパソコンは破損してデータが残っていなかった……って言われたけれど、本当なのかな?)
浅間さんに聞いても「破損した」で一蹴されるのはわかり切っていた。
(そもそも平和な日常って……以前の私ってどんな生活していたのよ!? 俄然気になるわ!!)
ニュースに「またもや怪異事件」という見出しに、ふと目が留まった。そういえば、浅間さんに説明された時に記憶を失った事件も《怪異事件》だと言っていたのを思い出す。
(どうしてこんな重大な情報を聞き漏らしていたのかしら!)
自分のポンコツ具合に頭が痛くなった。早速、《怪異事件》で検索をかける。
1999年以降に増えた道理では説明が付かない摩訶不思議で異様なことを《怪異事件》と称した。
よく考えると黒い石による恩恵の副産物あるいは対価と言うかのように、《怪異事件》という現象が横行し出したように思える。
それと合わせて「《怪異事件》はアヤカシと呼ばれる妖怪たちの仕業では?」という記事などもヒットした。ふと夢の中ではアヤカシを普通に見ていたと思い出す。
なんの違和感もなく普通に存在していると認識もしていたし、その世界観を受け入れていた。もしかしなくとも記憶があった頃の私はアヤカシが視える存在だったのではないだろうか。
(それなら色々と納得できる)
つまりアヤカシが視える目と記憶を取り戻したら──日常的な生活とは縁遠くなる。それは、そうだろう。《怪異事件》関係で害のあるアヤカシが犯人だったとしたら、どうやって捜査をするのか。それは視える人の協力が必須となる。
(だから警察関係者である浅間さんと私は顔見知りだった?)
そう考えると色々と納得してしまう。事件が起こる前に何とかしようとして、でも上手くいかずに《怪異事件》が起こって私は記憶とアヤカシを視る目を失ってしまった。そう考えると色々と辻褄があう。
荒唐無稽な話──とは思うけれど、時折感じる視線やこれまでの情報を整理するとあながち間違ってはいない気がする。
(記憶を取り戻すか、日常を謳歌するか。私は……)
そんなことを考えつつ、窓の外を見た。少し暖房が効きすぎているので、換気のついでと窓を開けて網戸にする。
ヒンヤリと肌寒い風が部屋の中に入ってきた。ふと宵闇の中、星々と白銀に煌めく満月が視界に飛び込んできた。「わあ」と声が漏れる。
「綺麗……」
ぶわあぁ、とカーテンが大きく揺らぎ、風が部屋の中に入ってきたので、慌てて窓を閉じた。ビックリしたと、カーテンレースとカーテンが舞う視界の端に誰かが立っているのが視えた。
「え……」
月夜のような美しい白銀の長い髪が靡く。真っ白な着物に上等な羽織り物姿の美しい人。ほくろ一つない白い肌、整った美しい顔立ち、酸漿色の瞳。実年齢は二十歳ぐらいに視えるが、纏っている雰囲気はどう考えても人外のそれだ。
(人じゃない。……でも、なんでだろう、そこまで怖くない?)
「姫、醒めたか」
「──っ!?」
風にかき消えてしまうほどか細い掠れた声。それなのに耳朶に響く。どうしてかこの人から目が離せない。瞬きを忘れるほど、美しい。
そして夢に出てきた人に、よく似ている。
でも夢の中でも、今も、私はこの人を知らない。
名前も、なにも、分からない──から、知りたい。
「あなたは……だあれ?」
「──っ」
口から零れた言葉に、眼前の男の人が息を呑むのが分かった。無表情だった顔が少しだけ傷ついたように眉がへにょりと動く。見逃してしまいそうな僅かな変化。
でもなぜか気付いた。
(この人も浅間さんのように、以前の私を知っている……? 一度見たら絶対に忘れないような綺麗な人をと一体どんな関係が?)
「姫、私は──」
綺麗な人が私に何か言って手を伸ばした。ああ、これは夢のシーンと少しだけ似ている。微かに白檀の香りがして、懐かしく思う。
私はこの香りを──知っている。
でも、なぜろう。
いつの間にか視界が赤い。
「あ……れ……ごほっ、ごほっ──ひゅっ」
上手く呼吸が出来なくて、声も、視界も、遠のく。
窓硝子が砕ける音がした気がするけれど、そこで記憶がブツンと、途切れる。
***
次に目を覚ますと病院のベッドの上だった。なんだか妙に体が気だるい。部屋の明かりは付いていて、気のせいか病室が変わっている。
個室の部屋に浅間さんが椅子に座って本を読んでいるのが見えた。質の良いソファなのだけれど、浅間さんには少し窮屈そうだ。何を読んでいるのかと目をこらしてみたら著者アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ作【星の王子さま】の英語版だった。
「ぶふっ!?」
「よし俺のことは覚えているようだな」
笑い転げる私に浅間さんは青筋を立てながら笑った。うん、とっても怒っている。超怖い。だってイメージが、ぶふっ、お腹を抱えて笑いをかみ殺す。
「怪我しているんだ、あんまり体を激しく動かすな」
「え?」
意味が分からなかったけれど、よく見ると腕や頭に包帯が巻かれている。この短時間に一体何があったのだろう。
部屋の時計を見ると深夜1時過ぎだった。普通に考えて面会時間は終わっているのだが、恐らく浅間さんは特別に許可を取って部屋に残っているのだろう。
「とりあえず、これでも飲め」
「ありがとうございます」
渡されたのはまだ温かいホイップ入りホットココアだ。しかもマグカップが猫で可愛い。なんだこの可愛いセンスは。
「浅間さんも?」
「俺のはココア100%にブランデー入りだ」
「でもココア。ブラックの珈琲しか飲まなさそうなのに……っ」
「貴様は記憶があってもなくても、俺に対して何ら変わらないな」
「そうなのですか? やった?」
「なんで疑問形なんだ」
そう浅間さんはどこか嬉しそうに笑った。「ハッ、忘れ去られた彼奴らに今度自慢してやるか」と皮肉めいたことを口にする。浅間さんは世間話をしつつも言葉の端々に様々な情報を散りばめて私に伝えてきた。
その情報を手に私がどう考えるのかを観察、いや傍観、見守っている感じだろうか。私がどの道を選ぶのか。情報を与えすぎず、自分で考えられるように。
(まるで師匠みたいね)
そう思うと口元が綻ぶ。なんの師匠だったのかは不明だけれど。
「ところで、今日は誰かと会ったか?」
「?」
唐突な質問だが、浅間さんはよくこういう質問をしてくる。私は今日一日のことを振り返り、看護師さん以外に会った記憶はないという結論に至った。
「いえ」
「そうか」
(あ、もしかして丹村さんに会ったかどうか心配している? アヤカシ関係だったり? でも社があった。……あれは何かを封じるためにあったとしたら?)
この時、私は自分の影が大きく揺らいでいることに全く気付いていなかった。
フランスの作家サン=テグジュペリ作「星の王子さま」の一節、「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。 かんじんなことは、目に見えないんだよ」と言う言葉がある通り、私はこの時何も見えていなかったのだ。残念なことに。
その結果、あんなことが起こるなんて思ってもみなかった。
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