第2話 たとえ記憶がなくても
入院中をしているものの、体は至って健康。浅間さんが持って来てくれた教材など勉強も、その日のノルマが終わってしまうと暇になる。
看護師に声をかけて、病院の敷地内なら散策は問題ないと許可を貰って散歩に出かけることにしてみた。当たり前だが全くもって見覚えのない場所だ。
(あれ……でも、昔、同じように病院に入院していたような?)
既視感のようなものがあった。もっと幼い頃、散策したような記憶がふと浮かび上がる。なんとなく足は病院の裏にある森に向いた。
「わあ」
中庭を通って病院の裏には樹齢三百年以上の桜の木と、苔まみれのお社があった。石で出来ていて、かなり古く、桜の根に囲まれている。
現在は11月と、肌寒い。桜の枝には葉が一枚もなく少し物悲しく見えた。
「桜……」
ふと夢の中で誰かと一緒に桜を見ていたのを思い出す。あの時の会話を思い返す。あの時、私は──。
『私と××××との幸福は違うのでしょうね』
ふとその言葉だけがハッキリと思い出す。「幸福」と、呟いた瞬間、ぶわっと風が舞った。驚くほど温かく、そして優しい風が抜き抜ける。
まるで誰かがこの場に現れたかのよう。
(気のせい?)
「あれ、珍しいな」
「!?」
その声に振り返ると、患者衣姿の青年だった。ミルティー色の髪に、病的なほど白い肌、鳶色の瞳で、穏やかそうだけれど、どことなく儚い印象を受けた。
「こんにちは」
「こんにちは。僕は丹村悟。もしかして君も視える人?」
「え?」
出会い頭でそんなことを言われてしまって、困惑していると「あー、視えないけれど感覚が鋭い人なのかな?」と勝手に解釈をしていた。
自分でもよく分かっていないので、とりあえずそういうことで話を合わせる。
「えっと、たぶん?」
「ここの桜は一年中薄紅色の美しい花を咲かせているんだ。だから僕はそれを毎日見るのが日課というか、楽しみなんだ」
「楽しみ」
「そう僕にとっての幸せとでも言うべきかな」
「幸せ……幸福」
ふと夢の中でそんな話をしたような気がする。夢にしては現実味を帯びたものだった。
「ほら、もう少し近づくと桜が万華鏡のように煌めいて凄いんだ」
そう言って丹村さんが私に触れようとした瞬間、背後から凄まじい風が吹き荒れた。結んでいた髪がほどけそうになるほど、すごい風だ。
「?」
「君の周りは過保護だね」
「え?」
丹村さんは伸ばしかけた手を戻して、にっこりと笑った。よく分からないが、この人には私の周りに何かいるのが視えているのだろうか。
(うーん。でも初対面だし……)
「君にもすぐに、この桜の素晴らしさが分かるよ」
丹村さんはそう満面の笑顔で言い切った。私も視えるようになるという意味なのか、それとも魅入られるという意味なのか──。
なんとも不思議な出会いだった。
***
「──ということがあったのですよ」
「貴様は……記憶があっても、なくても面倒ごとに首を突っ込むんだな」
「それほどでも?」
「褒めてない」
病室に顔を出した浅間さんに相談した結果、うんざりとした顔で言われてしまった。記憶前は分からないが、今回に限っては首を突っ込んだのではなく「巻き込まれた」が正しい。私は何もしていないのだから。
そう正当性を訴えたが「そうか」と言ったあと、「とりあえずもう近づくな」と説教されることに。解せない。
「視えるとか視えないとか、近づくなとかじゃなくて、もう少し詳しく教えてくださいよ」
「はぁ。……じゃあ聞くが、貴様は本当に記憶を取り戻したのか? 本当に知りたいのか?」
「え?」
それは唐突に、けれど浅間さんは姿勢を正して私に問う。猛禽類を思わせる視線は鋭いけれど、真っ直ぐに私を見返す。
「記憶を失った代価──とまでは言わないが、今のお前は普通の人間で、日常を謳歌できる。……普通とは異なる力を、記憶を戻すということは、今までのようなごくごく普通の日常が当たり前じゃなくなるってことだ。貴様にはその覚悟があるのか? 今の日常を壊してまで求めたいと本気で思っているのか?」
「それは……」
分からない。
過去がどんなだったか分からないのに、今の生活ががらりと変わると言われても実感がない。過去を丸ごと忘れて第二の人生を歩む。確かに、それも一つの選択だろう。その道は安全で、きっと穏やかだ。
でも──。
私の中に過去の残滓が燻っている。
瞼を閉じれば、薄らと思い出す。それぐらい強烈な夢。
「私は──」
「別に今すぐ答えを出せとは言っていない。貴様の幸せは貴様が選べ」
「幸せ」
今日は良く聞くフレーズだ。
「アランの幸福論曰く【われわれは現在だけを耐え忍べばよい。過去にも未来にも苦しむ必要はない。過去はもう存在しないし、未来はまだ存在していないのだから】という言葉がある。過去に囚われ苦しむ必要もない。貴様は今の自分と折り合いをどう付けるのかを考えろ」
「…………」
胸に響く言葉に瞼をパチパチしていると、浅間さんは怪訝そうな顔をして私を見返す。
「どうした?」
「浅間さんも本を読むんですね。しかもアランの幸福論とか」
「おい」
「もしかして哲学全般読んでいたり? 意外……これがギャップ萌え」
「哲学書だけじゃないが」
外見はゴリゴリのマッチョで、武闘派かつ直情型っぽいのに実は哲学系読書好きとかギャップ萌え過ぎる。もしかして珈琲はブラックではなくカフェラテとか飲んだりするのだろうか。
「……とりあえず、貴様が俺をどう思っているのかは分かった」
「オカン」
「今の流れでなんでオカンなんだよ」
「総体的に?」
ため息を吐いて浅間さんは病室を出て行った。その翌日には私に哲学的な本を持って来てくれたのだ。やっぱりオカンだと思う。
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