第1話 記憶喪失者
時々同じ夢を何度も見る。
そして今日も──思い出せない誰かとの夢を繰り返す。
「私と××××との幸福は違うのでしょうね」
ポツリと零した言葉は、花びらの舞う風の音にかき消されてしまった。
桜吹雪が舞う中で、その人は背を向けたままだったけれど、私に気付いたのか振り返った。長い白銀の美しい髪が靡く。その美は人ならざるものだ。
白い着物に羽織りをして、とても美しい男の人。
「そうだろうか」
どこか悲しく、けれど嬉しそうな声で返事が返ってくる。その方は私を見るなり、どこからともなく真っ赤なマフラーを取り出す。
「まだ、寒いだろうから」
過保護だな、と思いつつもその気遣いが嬉しい。影に潜む彼は冷やかすけれど、聞こえないふりをする。
「あと、少し……《あの事件》の事と私自身との向き合う《鏡開きの儀》が終われば……」
貴方に慕っていることを伝えても良いだろうか。
幸せになってもいいだろうか。
その気持ちが溢れてきて、《あの事件》がなんなのか、自分の言葉なのに他人事のように聞こえる。
空を見上げれば龍たちが気持ちよさそうに空を駆けている。木漏れ日には木霊たちがわらわらして楽しそうだ。
アヤカシと怪異、祈りと呪いが溢れる世界。仄暗くも、色鮮やかな美しい世界だというのを私は覚えている。
夢の中では神や、アヤカシがすぐ傍に居た。私には普通に見えていて、接していたのだ。なんとも不思議な光景なのに、何故か胸が苦しくなる。
さああ、と風が頬を叩き、桜の花吹雪が美しく舞い散っていく。
「姫?」
「××××、約束です」
そう笑って告げた。その時、あの方は──なんと言っただろう。
あと少し、もう少しだけと願いながらも、視界は金色の輝きに覆われ──そして焼き切れる。
***
夢を見る。
それは私の過去ったのか、それとも私の望んだ幻想だったのか。今の私には判断が出来ない。なぜなら私、秋月燈は、ある事件後から十五年間の記憶を殆ど失ってしまっていたからだ。
「《MARS七三〇事件》で生き残った貴様は、十年経った2009年の秋に《ある事件》に巻き込まれた」
そう目を覚ました時に、とある刑事が告げた。
医師や警察関係者とのやり取りでわかったことといえば、自分の記憶が虫食い状態なこと。
一番古い記憶はあの忌まわしい《MARS七三〇事件》直後だけ。
《MARS七三〇事件》とは1999年7月30日、梟池駅に直結しているMARS CITYで起こった無差別爆破テロのことだ。
通称、《MARS七三〇事件》。死者五百人以上を出し、重傷者と行方不明者は千人を超えた。当時は、《20世紀最後の悪夢》と新聞やメディアに取り上げられていたらしい。
その日、現場にいた両親と妹は、爆発に巻き込まれて死に──私は奇跡的に救出された。そして1999年8月を境に怪異事件が多発する。物理法則を無視した現場の数々に、未知の生物の目撃情報など。
《MARS七三〇事件》では両親と妹を亡くしたという。その後、親戚に引き取られ、私は納簾県の片田舎で暮らしていたが、そこで《怪異事件》が起こり帝都東京の大学病院に運ばれたという。
「今後の生活面についてだが──」
私に話す刑事──浅間龍我さんは無愛想で、強面な男の人だった。と言うか漆黒のコートに、体格も良く、黒い軍服姿の偉丈夫で、深緑の前髪は斜めに切り揃えており、鬱陶しげな長い髪を一束に結んでいる。猛禽類を思わせる黒い瞳は警察ではなく殺し屋あるいは軍人のほうが正しいと思う。
(刑事……? 本当に刑事?)
「おい、聞いているか?」
「浅間さんは、実は特殊工作員とか特殊部隊所属とか?」
「人の話を聞け」
「……はい」
額に青筋を立てて起こる浅間さんはもの凄く怖いのに、でもなぜだかホッとしている自分がいた。
亡くなった両親や妹の顔は覚えておらず、写真もない。本当に家族がいたのかも怪しいぐらいだ。今までどこに住んでいたのか、誰と過ごしていたのかも覚えていない。
当然、今回巻き込まれた事件の記憶もなかった。
「貴様は俺が保護することになった」
「え!? 毎日鳥のささ身とかプロテインがメインの生活は嫌ですよ?」
「貴様、本当に記憶を失っているのか?」
「はい。でもなんとなく口を突いて出てしまうのです」
「最悪だな。あと俺はそんな偏食はしない」
「それは良かった」
なんと浅間さんとは、以前から知り合いみたいだ。しかしそれなら話していて妙に緊張しないのは、なんというか感覚的に覚えているからかもしれない。
(しかしそうだとしたら、一体どんな関係だっただろう?)
「燈、《MARS七三〇事件》の生き残りは《神の祝福者》と呼ばれていることは覚えているか?」
「はい。生き残った者の大半は精神が病んだ末、意識不明となる《未帰還者》通称、《眠り姫》。ある日忽然と姿を消す《神隠者》、突然この世界を呪い、恩讐に身を焦がし爆破テロを起こす《復讐者》この三種類に分かれるという?」
「そうだ。そのため定期的に貴様にはメンタルケアを受けてもらう。それもあって警察軍の管理下にあったほうがいいということになっている」
そう言われて、自分がその三つに当てはまっていないことに疑問を抱く。大抵の生き残りはこの三つに分かれるはずだ。
「ええっと、私は……本当に《MARS七三〇事件》の生き残り……なんですか?」
「そうだ。ああ、貴様の場合は本当に《神の祝福者》だからだ」
「…………はぁ」
揶揄かなにかだろうか。全然説明になっていなかったが、情報量が多すぎて頷くだけで精一杯だった。
「最後に一つ聞くが、貴様は──視えているか?」
「実は……」
「ん」
「……浅間さんの前髪斜めカットが実は凄く気になっています」
その後、三十分以上説教されました。解せません。
***
「はぁ……」
ベッドに寝そべりながら、情報の整理をする。
何か視えたか。
それはまるで過去の私は、何か視えていたかのような言い回しだった。ふと心当たりがあるのは夢の中で見た光景だ。あの夢の世界では──アヤカシが視えていた。
アヤカシ。
神でもあり零落した存在──妖怪、精霊も含める怪異の総称。確かに夢では視えていた。それを浅間さんに言うべきだったか。
(でも夢であって、過去とは限らないし……)
ふと手を天井に伸ばす。体に傷はなく、火傷の痕や怪我もない。ふと指先が温かくなる。何も見えない、けれど何か傍に居るような感覚に襲われた。
怖くはない。
温かくて、安心する。
(私……これからどうしたらいいんだろう)
考えても答えは出ない。
ふと涙が溢れて、枕を濡らす。
また夢を見たら、何か思い出せるだろうか。
そんな期待を胸に瞼を閉じた。
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