第11話「社畜と悪役令嬢と、皇子と帝国の影」 エピソード④
聖都セレスティア
王宮・迎賓館
王宮の一角、周囲を水で囲まれ、高い天井に輝くシャンデリアに照らされた白亜の会場。
楽団の演奏が流れる中、きらびやかに帝国使節の歓迎パーティが行われていた。
色とりどりの料理や酒が振る舞われ、あちこちのテーブルを囲むのは、
礼服に改めた帝国の使者たち、そして神聖国の高官や貴族たちだった。
談笑のざわめきが会場を包む中、父王に呼び出されたアルフォンス。
「アルフォンスよ……婚約者の件、考えてくれていると思うが、結論は出たか?」
「ヴィオラ嬢のこと……ですね。もう少しお時間をいただきたい」
「よかろう。まだ時間はある。
して、状況がまた変わってな。お前は思いのほか人気があるようだな……。
――おまえに紹介したい者がいる」
(状況が変わった……? 僕に紹介したい者……?)
父王の言葉とともに進み出たのは、
帝国の使節団の一員――第三皇女ベアトリス・ディア・フェルディア。
清楚な銀のドレスが、照明を反射してほのかに揺れるたび、周囲の視線をさらう。
年齢は彼と同じくらいか、あるいは少し年下か。
流れるような銀髪に、光沢のある銀のドレスがまるで一体となったかのような錯覚を覚えさせた。
けれど、まっすぐに向けられた瞳は皇女としての気品をまとい、
並の令嬢とはまったく違う存在感を放っていた。
「この娘は、帝国より送られた“友好の使者”であり……。
おまえの“婚約者候補”だ」
一瞬、時間が止まったような錯覚。
「……冗談でしょう?」
「冗談ならば、わざわざ帝国の皇女を呼ぶものか。
もちろん、最終的な判断はおまえに委ねる。だが……。
彼女は“本気”だ。皇族の威光ではなく、“自分自身”で選ばれたくて――
明日から王立学院に留学することになった」
(先日、七聖環の園で初めて会ったばかりだというのに……。
なぜ僕なんかに……)
父の言葉を受け、アルフォンスは無言のままベアトリスに目を向けた。
少女は臆することなく――むしろ挑むように、彼を見つめ返してきた。
「またお目にかかれて、光栄に存じますわ……。
……明日より、学院でお会いできますことを楽しみにしております。
アルフォンス殿下」
小さく微笑みながら、軽く、けれど完璧な礼。
この表情……以前、誰かに向けられたことがある……。
その時、アルフォンスの思考を断ち切るように、
低く、しかしよく通る声が、会場の空気を揺らすように響いた。
「こいつがどうしてもと言うのでな、俺が王に頼んだのだ」
ワインのデカンターを片手に、
礼装のまま――だがどこか“着られている感”のある――帝国皇太子レオンハルトが、
ずかずかと場の空気をものともせずに歩み寄ってきた。
「何なら、側妃でも構わん。……貰ってくれると、助かるのだがな」
豪快に笑いながら、
アルフォンスの背を、容赦ない力でドンッと叩く。
「兄上っ……お願いなどしておりませんわ!」
ベアトリスの声が、ぴんと張った弦のように空気を震わせた。
彼女は頬を染めながら、慌てて視線を逸らす。
けれど、ほんの一瞬だけ――
その横顔には、止められなかった照れ笑いが滲んでいた。
「……少し、わたくしの想いをお話しただけですのに……」
アルフォンスは返答できず、ただその場で立ち尽くしていた。
その瞬間、なぜか――
ルナリアが彼に向けて見せる“あの笑顔”と、ベアトリスの微笑みが、ふと重なって見えた。
◆
「……選ぶ、か」
アルフォンスは、ルナリアから視線を外すと、椅子に深く腰をかけ、視線を講堂の天井へ向けた。
「選べ、ね……。まるで僕に自由があるみたいに」
確かに、ベアトリスは誠実で立派な女性だと感じた。
同じ王族として、ひとりの女性として、尊敬すべき存在だろう。
ヴィオラ嬢だって慎ましく、聡明で申し分ない女性だと思う。
彼女を表舞台に引っ張り出したのはそもそも僕だ。
けれど――
視線をふと戻すと、少し離れた席でノートに目を落とすルナリアの横顔が目に入る。
選ぶのは僕じゃない。
……彼女だ――。
ノートを開いたまま、彼女は何も知らず――けれど確かに、微笑んでいた。
まるで春の陽だまりのように、静かで、温かく。
(……僕は、もう……)
思考の続きは、誰にも語られることはなかった。
***
王立学院・食堂
貴族席
初夏の陽ざしに照らされた貴族席――もはや定番となったルナリア様の席。
小楽団の演奏と、思い思いに談笑する生徒たちのざわめきに包まれながら、
そこではこの数日、少しだけ風変わりな光景が広がっていた。
セリアとユリシアは聖女の公務でしばらく学院にいない。
完璧に制服を着こなす公爵令嬢、ルナリア・アーデルハイト。
その隣に座るのは、貴族用ではなく平民用の制服を着て、静かに食事を取るヴィオラ・ブランシェット。
向かいには、貴族用の制服を身体に沿うように着こなした帝国からの留学生――第三皇女ベアトリス・ディア・フェルディア。
三人の食卓。
言葉は多くはないが、ベアトリスが質問すると、静かに微笑みながらルナリアが答える。
時折、ルナリアがふと微笑むと、ヴィオラの睫毛がわずかに揺れ、
ベアトリスの瞳も、その笑みに自然と引き寄せられていた。
周囲の生徒たちが視線を向けるなか、
三人だけの空気は、どこか異質で、けれど調和していた。
「……神聖国の紅茶……いつもながら、素晴らしいですわ……」
紅茶をひと口含み、小さく感嘆を漏らすと――
カップを傾けていたルナリアもふっと微笑む。
ベアトリスはふと視線を巡らせる。
行き交う声に混じって、そっと漂う気品と静けさ。
しかし、食堂には笑顔が溢れ、ひとときの交流を楽しむ生徒たちがいる。
――帝国で聞いていた神聖国の印象とは、全然違っていた。
(思っていたよりも、ずっと――)
再びルナリアに目を戻す。
(……温かいのですわね)
*
ルナリアたちの席から少し離れた位置。
ティーカップを手に、令嬢三人組が静かに囁き合っていた。
「帝国人は野蛮と聞いていましたが……」
「そうでもありませんのね。立ち居振る舞いも気品があって、素敵な方ですわ」
「ご挨拶も完璧でしたし……あの微笑みも、まさに皇族の風格」
そう語りながらも、ふと三人の間に沈黙が流れる。
「……それにしても」
「ええ、やはり……あれだけは」
「……どうしても、野蛮な気がいたしますわ」
「わたくしも、ずっと気になっておりましたの」
「ええ、意識せずにはいられませんわね……」
「……はい、わたくしも……あれは……」
三人は揃って、自分の胸元にそっと手を添える。
そして、三人見事なユニゾンで――
「「「あれはもはや……暴力ですわね」」」
その視線の先は――
ベアトリスの、制服越しでも一際目立つ、堂々たる曲線であった。
先日の魔導戦艦の襲来だけでなく――まさに、
帝国の実力を、思わぬところで見せつけられた瞬間であった。
……これは、勝てぬ。
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