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第11話「社畜と悪役令嬢と、皇子と帝国の影」 エピソード③

王立学院・講堂

ルナリアのクラス。


朝の講堂。

窓からレースのカーテンを通して初夏の陽ざしが柔らかに差し込んでいる。

生徒たちは、周囲の生徒と談笑しながら授業の準備を始めていた。


そんないつもの朝のこと――


扉が開くと、授業の担当教員ではなく、

担任のエリオット教師がいつになく緊張した面持ちで教壇に立った。


教室の空気がすっと静まり返った。


「皆さん、本日より我がクラスに特別な留学生をお迎えします」


その言葉に、生徒たちはざわめきをこらえつつ、自然と前方に視線を向けた。


「ご紹介します。フェルディア帝国第三皇女――

 ベアトリス・ディア・フェルディア様です」


その名が告げられた瞬間、空気がぴたりと止まる。


「こ、皇女……!?」

「……この前の魔導戦艦……?」

「フェルディアって……あの帝国の……?」


『え、皇女!? って、まさかこの間の姫騎士……?

 まさかまさか……来ちゃった!?』


ルナリアの脳裏にまひるの声が響いた。


(そのようですわね……何事もなければ良いのですが……)


扉が静かに開かれると、空気が一段張りつめた。

そこに現れたのは、まるで氷で編まれた人形のような少女――

光を跳ね返す銀の髪、澄んだ双眸、貴族用制服が見事に調和し、思わず誰もが息を飲む。


『わぁ、なにこの銀髪ヒロイン登場演出。完璧すぎる……!』


(ええ……この気配、やはり、ただ者ではありませんわね)


まひるの感嘆に、ルナリアも内心で付け加えた。


彼女は教壇の前に一歩進み出ると、長い睫毛の奥の瞳で真っ直ぐに前を見据えた。

顎をほんのわずかに上げ、背筋を伸ばすその所作には隙がない。

清楚な制服は、細身の体にぴたりと沿い――その曲線すら隠しきれない。


「……ベアトリス・ディア・フェルディアにございます」


声は澄み、よく通る。


「神聖国の皆さまと、良き学びの時間を過ごせるよう努力いたします。よろしくお願い申し上げます」


見事な所作で頭を下げた瞬間――

教室の一部が思わず息を呑んだ。


『皇女って肩書きがもう最強だよね……! 背景BGMつきで脳内再生される……!』


(まひるさん、乙女ゲー脳は控えめにお願いしますわ……)


野蛮と言われる帝国から来たとは思えぬ気品、そして――その美貌。


「……すげえ、美人……」

「皇女なのに、なんか礼儀正しい……」

「……制服似合い過ぎでしょ……」

「ていうか……あれ、胸……けっこう……」

「おい、やめとけ。皇女様だぞ……」


『……おーい、男子。どこ見てんだ~』


(まひるさん……そういうところにだけ目ざといですわね)


不謹慎なささやきも含めて、教室のあちこちでさざめきが交錯する中――

エリオットは一つ咳払いをして、ざわめく教室を静かに見渡した。


「ええと……では、席を――」


微妙な空気が講堂に流れる中――


「わたくしの隣が空いておりますわ」


清らかに、澄んだ声が響いた。


ルナリア・アーデルハイトがすっと立ち上がり、ゆるく微笑みながらベアトリスへと手を差し出す。


「ベアトリス様。もしよろしければ、こちらへどうぞ」


差し伸べられたその手には、一切の躊躇もなかった。


『うわあ、出たよ女神ムーブ! 完全にヒロインのなかのヒロイン!

 てゆーか、ルナリアさん! 何事もないといいって……!』


(ええ。もちろんそう願ってますわ。

 この方も、皇族である前に……一人の少女として、きっと不安なのですわ)


『そういうとこ……ルナリアさんの放っておけない体質が事件を呼び寄せる……』


(あら? わたくしが事件を呼び寄せたことなどありましたかしら……?)


『……自覚なさすぎですよ……ルナリアさん』


そんな脳内会話が続く中――。


ベアトリスは、一瞬きょとんとした表情を浮かべ――やがて、はっとしたように、目を見開いた。


(……わたくしにお声がけを……?)

(帝国では、”皇女”であるわたくしに、貴族であろうとも距離を詰める者などいなかったのに……)


しゅん、と緊張が抜けたように表情が和らぎ、ベアトリスは小さく微笑んだ。


「……ありがとうございます。ルナリアさん」


心の中では戸惑いが渦巻いていたが、ベアトリスは軽く一礼し、控えめに歩み寄った。

そして、隣の席へ静かに腰を下ろす。


そのとき、ほんの一瞬――


(この方が……帝国の誰もが恐れるお兄さまに、一歩も引かぬ方……

 公爵令嬢 ルナリア・アーデルハイト。神聖国王太子の婚約者)

(でも、婚約など、兄にかかれば関係ありませんわね。

 ああ……この方が……いずれ、わたくしのお姉さまになるお方……)


そんな妄想が、銀の睫毛の奥に、ほんのりと滲んだ。


「ふふ……」


(いけませんわ、なに考えてますの……)


その内心に反して、口元には自然と小さな微笑が浮かんでいた。


(今回の留学の目的は、お婿さま探し。わたくしは、心に決めた方がいるのですわ)

(そのためにも、神聖国のことをもっと勉強しなくては)

(……まずは、この方の隣で、少しずつ慣れていきませんと)


そっと視線を移す。


神聖国第二王子 アルフォンス・エリディウス・セレスティア。


癖のある金の髪に、憂いを帯びた碧い瞳……。

そして、あの、帝国貴族にも恐れられる兄に逆らった時の凛とした声……。


ああ……。


思わずベアトリスは胸元を手で握った。

その姿を見ているだけで胸が熱くなる。


次の瞬間、彼は頬杖を外し、ふと顔を上げ――こちらを見た。


その瞳には、何かを確かめるような、まっすぐな光が宿っていた。


(もしかして……わたくしの視線に気付かれて……?)


ベアトリスの鼓動がさらに高鳴った。


しかし――


――あれ?


視線が交わっていない……。


その瞳は、真っ直ぐに彼女――ルナリアだけを見据えていた。

まるで、確かめるように。問いかけるように。想いを、そこに乗せるように。


え? え?


どうしてそんなに熱い瞳で見つめていらっしゃるの……。


アルフォンスの視線の先、ルナリアに視線を移す。


――そこには、まるで無関心に鞄を机に置くルナリアの姿があった。


彼女の横顔に見とれたまま、紅潮した頬をそっと押さえるベアトリス。


(な……なんだか、わたくしまで見とれてしまいましたわ……)

(この品格、この佇まい……まるで理想の姉君のようで……)

(もし、今すぐにでもこの方をお姉さまと呼べたら……いえ、いけませんわ、わたくしったら……!)


……が、その様子を平民席から見ていたヴィオラは、心の中で少しだけ、もやっとしたものを抱えていた。


(一度お会いしただけですのに……なんだかすごく仲がよろしいような……)


そう思うと、胸の奥がちくり、とする。


(だって……ルナリア様は、いつだって皆にお優しいもの……)

(でも、でも……っ)


……わたし、どうしてこんな気持ちになるのでしょう。


ルナリア様の鞄を開ける手の動きは、どこまでも優雅で柔らかくて――

そっと見つめながら、気付けば唇を噛んでいた


その頃、ベアトリスはとろけそうな目でじっとルナリアを見ていたのだが……。


(あら、思いのほか素直で可愛らしい方ですこと。

 案外、帝国のお姫様も良い方なのかもしれませんわね)


と、ルナリアはと言えば、まったく悪気なく、ほわりと微笑んでいた。


『ねえ、ルナリアさん。熱い視線が三つほど集まってますけど……』


(あら、そうですの? わたくし、視線はあまり気にしないことにしてますのよ。

 きりがありませんもの)


『はいそれ……ナチュラル美人だけが言えるセリフですね……。

 社畜時代は視線におびえていたわたし……一度でいいから素で言ってみたかった……。

 でも、ルナリアさんが乙女ゲーマーなら、全ルート攻略済みですね』


(ふふ……また乙女ゲームですの? いつになったら卒業されるのやら)


『いえ、卒業など絶対にしません! 乙女ゲーは不滅ですから!

 でも……この流れ、間違いなく波乱の幕開けですね……。

 乙女ゲー的に100%イベント発生フラグ……!』


脳内会話は続いていく。

ルナリアの浮かべる微笑みに、ベアトリスはさらに深くときめいているとも知らずに――。



アルフォンスは頬杖を外すと、ちらりとルナリアの方を見た。


その瞬間、頬を染めたままこちらを見ていたベアトリスの視線が逸らされ、

代わりに、彼と同じようにルナリアを見つめた。


「……皇女殿下、ね……」


ぽつりと呟くと、アルフォンスの脳裏に、昨夜の光景が蘇る。


王宮での歓迎式典の後、歓迎パーティにて、

父王に呼び出された時の会話――。

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