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第11話「社畜と悪役令嬢と、皇子と帝国の影」 エピソード②

聖都セレスティア

竜騎士団・飛行場


帝国皇太子レオンハルトを竜騎士団長と数名の騎士が出迎えると、黒き双壁の間からもう一つの影が現れた。


それは、軽装の甲冑に身を包んだ妙齢の女性だった。

細身の肢体に漆黒の胸当てが映え、その曲線から覗く豊かな胸元が否応なく目を引く。

背にはマントとともに銀の長髪が流れ、月光のような光沢を放っていた。


その鋭い眼差しと凛とした佇まいは、彼女もまた――誰もが畏れる存在だと物語っていた。


しかし――


「こいつは我が妹、第三皇女ベアトリス・ディア・フェルディアだ」


レオンハルトはそう言って、口の端を吊り上げた。


「……まあ、見た目こそ立派だが、中身はポンコツだ。

 帝国じゃ貰い手もなくてな。誰か、物好きにもらってくれる奇特な奴はいないか?」


「兄上っ……! そういう言い方はおやめくださいませ……!」


ベアトリスは顔を赤らめて小さく抗議するも、レオンハルトは豪快に笑い飛ばした。


その様子に、竜騎士団長が一歩前に進み、低い声で告げる。


「殿下、王宮より迎えの命が届いております。

 聖都到着後は、まず王宮にてご挨拶を差し上げたいと……」


「挨拶? 王宮?」


レオンハルトは面倒そうに大きな肩をすくめた。


「そういうのは使節団に任せる。……なあ、ベアトリス?」


「はい。わたくしたちは、お嫁さんとお婿さまを探しに来たのですもの」


「だそうだ。

 使節団の連中は王宮へ行け。俺とこいつは、まずは学院に行く」


「学院、でございますか?」


「上空から見えた。あれが王立学院だな。

 貴族令嬢や令息が集まるんだろう? 嫁と婿探しにはうってつけだ」


「……勝手な振る舞いはお控えいただきたいのですが」


団長は冷汗が背中を伝うのを感じながら、そう言ったものの、レオンハルトの不敵な笑みに口をつぐんだ。


「俺の勝手が気に入らないなら、力で止めてみろ。

 ……まあ、神聖国の騎士ごときにそんな度胸があるなら、だがな」


そう言い残し、レオンハルトはベアトリスを促して勝手に歩き出した。


帝国騎士団と戦闘ゴーレムが随行しようとするが、

レオンハルトはにやりと笑い、手を差し出す。


「俺とこいつだけで十分だ。おい、案内しろ」


案内しろと言われた竜騎士は、やむなく二人を先導する。


神聖国の騎士たちは、ただその威容と、

「異文化の猛威」が、ついに聖都の中心に迫っている事実に、声もなく立ち尽くすしかなかった。


***


王立学院・七聖環の園。


放課後の柔らかな陽光が降り注ぐ庭園で、ルナリア、シャルロット、ヴィオラの三人はいつものようにティータイムを楽しんでいた。


「セリアもユリシアも、今日はご一緒できなくて残念でしたわ」


ルナリアが静かにカップを傾けながら言う。


「疫病の対応ですものね。……本当に間が悪いわ。

 ランスロットも招集されてしまいましたし……」


シャルロットが扇子を扇ぎながらため息をつく。


「でも……こんなときに、帝国の皇太子が来るなんて……」


ヴィオラは不安げにカップを持ったまま、落ち着かない様子で庭園の入り口を気にしていた。


『まさか、ここに来ることは……ないよね?』


そんなまひるの不安が現実となったのは、まさにその時だった。


「む、良い茶の香りがする。……ようやく見つけたぞ。ここか」


重々しい足音と共に、黒い鎧を纏った大男が窮屈そうに園のアーチをくぐった。

背に巨大な黒い剣を背負い、漆黒のマントが風に揺れる。


その背後には、同じく黒い甲冑姿の銀髪の女性。

そして、彼らの後ろをおっかなびっくり距離を取りつつついてくる竜騎士たち、教師、警備員。


『……うわ、真っ黒な鎧。本当になんか来ちゃったんじゃない……!

 何あのでかい剣。人間に振れるの!?

 見るからに滅茶苦茶怖い人が先頭にいるんですけど……』


まひるの内心が悲鳴を上げる。


「な、なんでここちらへ……」


一直線に向かってくる一団にヴィオラが怯えた声を漏らし、ルナリアは静かにカップをソーサーに戻す。

シャルロットは扇子で口元を隠し、鋭い眼光を向けた。


ルナリアは、座ったままレオンハルトを見つめた。そして――


「帝国の方が学院に何の用ですの?

 わたくしたちに用があるならご自分から名乗られては?」


『うわぁ~、ルナリアさん、もっと穏便に……』


(いいえ、こういう輩にははっきりとものを申した方が良いのです)


「ふふ……面白いな、お前」


そして彼は胸に手を置くと、地響きのような声で名乗りを上げた。


「俺はレオンハルト・ヴィ・フェルディア、大フェルディア帝国皇太子である!」


風のような圧力を感じ、ヴィオラは身を縮め、シャルロットは扇子の奥の目を細めた。

ルナリアは微動だにせず、視線も外さない。


そして、そっと立ち上がると、優雅に、気高く見事な貴族の礼で答えた。


「野蛮な帝国人でも、名乗れる程度の礼儀は持ち合わせているようですわね。

 ――アーデルハイト公爵家のルナリア・アーデルハイトですわ」


ルナリアの凛とした声が響き渡る。


「ほう。公爵令嬢か。申し分ない。

 ……いい眼だな」


レオンハルトはにやりと笑い、ルナリアにまっすぐ歩み寄る。


「その気高さ。良い。気に入った」


そして手を伸ばし、良く顔を見ようとルナリアの顎に触れようとした瞬間――


「無礼ですわ」


ぱしん、とルナリアはその手を迷いなく払いのけた。


その瞬間、空気が凍った。


けれど、その所作はまるで、冷たい水面に落ちた一枚の銀貨のように、見とれるほど無駄がなく美しかった。


「兄上に……逆らった……!」


ベアトリスが小さく震え、でもどこか興奮したような声音で呟く。


「ふふ、ますます面白い」


レオンハルトはむしろ楽しげに笑みを深め、もう一歩詰め寄ろうとした。


そのとき。


「おやめください」


静かながらも凛とした声が、二人の間に割って入った。

気付けばアルフォンスがルナリアの傍に立ち、その鋭い視線をレオンハルトに向けた。


「帝国の皇太子であろうと、これ以上の無礼はお控えいただきたい」


「ほう……お前は誰だ?」


「私は、神聖国第二王子――アルフォンス・エリディウス・セレスティアだ」


「なるほど、神聖国の王族にも骨のあるやつがいるようだ」


レオンハルトは目を細め、しばしアルフォンスを眺める。

その背後では、ベアトリスが頬を紅潮させて囁く。


「……兄上に逆らう殿方が……こんなところに……」


レオンハルトは一歩、前に出たた。

風がアルフォンスの癖のある髪を揺らし、その目は瞬きもせず、静かに”帝国皇太子”を見つめていた。


「……“その目”も気に入った。騎士として、皇族として、貴様の覚悟――いずれ試してやろう」


庭園に緊張が走る中、まるでそれを吹き飛ばすような笑い声が響いた。


「ふはははは! いや愉快だ。俺に逆らう人間が二人もいるとは。

 いいではないか、神聖国。

 おっと、忘れていたが、こいつは俺の妹だ。こいつも婿探しに来ていてな」


「帝国第三皇女、ベアトリス・ディア・フェルディアにございます」


ベアトリスは胸元に手をあて、騎士のような礼をした。

貴族の礼とは異なるが、きわめて品のある、静かな礼であった。


僅かに紅潮した頬のその上、銀の瞳はアルフォンスから離れない。


ベアトリスが頬を染めながら袖を引くと、レオンハルトは妹に耳を寄せる。


そして何やら耳打ちをすると――


「おお、そうかそうか、心に決めたか」


『え、何を決めたの? どゆこと?』


ルナリアの中でまひるが小さく呟いた。


レオンハルトは満足げに頷き、再び大きな声で笑った。


「ふはは。今日はこのくらいにしておこう。良き日であった」


レオンハルトは手を振り、背を向ける。


「また会おう、佳き娘よ。

 その名と心、俺自ら確かめることにしよう。

 いずれ、お前自ら喜んで俺の名を呼ぶことになろう」


そう言い残し、兄妹は去っていった。

残された一同は、しばし言葉もなくその背を見送った。


『最悪だよ……完全に目を付けられたよ……』


まひるは心の中で頭を抱えるしかなかった。


こうして――

帝国の影は、確かに王立学院に足跡を残したのだった。


『でもこれ、絶対足跡どころじゃなくて……もうすぐ跡形もなく踏み荒らされるやつだよね!?』

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